押し売り面接



「つ、着いた……」



 疲労に軋む体に鞭打って、どうにか辿り着くことができた。

 レオポルド家から離れてはいるが、少なくともここまでフラフラになるような距離でもないだろうに。

 どんだけ貧弱なんだこの体は。


 その建物は、明らかに浮いていた。

 周りの景色から浮いているとかそういう比喩的な意味じゃなくて、物理的に浮いてる。

 でっかいカボチャに顔が描かれているジャックオーランタンみたいな建物で、比喩的な意味でも浮いとるけど。

 見た目は完全に宙を浮くデカいカボチャのバケモノですやん。


 執事の言ってた魔法店ってのはここか?

 ……この中に入るの? 入らなきゃダメ? えー。


 まあいい、入るだけ入ってみよう。

 中に入ってダメそうだったら他をあたればいいし。

 そんじゃお邪魔しまーす。


 宙に浮いている建物へ続く階段を上りドアを開けると、中は木製でモダンな雰囲気の部屋だった。

 あれ、思ったよりずっとまともな内装だ。

 外装がアレだし、てっきりもっとこうサイケデリックで極彩色なヤバい店かと。


 並べられている商品は……どれもよく分からんな。

 薬草っぽい植物やら小瓶に入った液体や粉末、指輪やネックレスのようなアクセサリが並べられているが、コスメとか装飾品とか売ってる店なのかな?


 あと、ちょっと埃っぽい。

 しかも床がジャリジャリする。もっとちゃんと掃き掃除はしておけよ。

 ショーウィンドウも汚れで曇ってるし、なんというか清潔感に欠けてるな。


 会計用のカウンターと思しきものが出入り口の横にあるが、誰もいない。

 客も店員もいないが、バックヤードで準備中か?



「すんませーん」



 誰かいないか呼んでみるが返事はなし。

 取り込み中かな、なんて思って5分くらい待ってみたが誰も来やしねぇ。


 ……しゃーない、ここは―――



 っすぅー……




「すぅぅぅううみ゛いいいま゛せぇぇぇええええええん゛ッッ!!!」




 肺いっぱいに吸い込んだ空気全部使って全力で呼び出してみた。あ゛ー、喉痛ぇ。

 すると奥のほうからドタドタと誰かが駆けてくる足音が聞こえてきた。



「やっかましいわ!! 誰だい店ん中で馬鹿みたいな大声上げたのは!?」 


「あ、こんにちはー」



 バックヤードから出てきたのは、モノクルを付けた30代前半くらいの中年女性だった。この人が店主か?

 ボサボサな銀の長髪に赤い瞳、体型はちょっとぽっちゃりというかムチムチしていらっしゃる。

 頭には魔女を思わせる黒く大きな帽子を被っていた。……家の中で帽子被るのおかしくね?



「……んん? 客か? てかちっせぇなー……なんの用だガキ、ウチぁ一見さんお断りだよ。さっさと帰んな」


「客じゃないよ」


「冷やかしならなおさら帰れ。まったく、こちとら魔具の調整で忙しいってのに……」



 しっしっ、と野良犬でも追い払うかのように手を払う店主。まるで相手にするつもりがないようだ。

 人付き合いが下手とか言ってたけど、これコミュ障というか単に人間嫌いなだけじゃねぇのか?



「雑用をほしがってるって聞いたんだが、雇ってくれないか」


「冗談はおよし。誰が見ず知らずのガリッガリなガキを雇うもんか。アンタ、スラムの孤児かなんかかい? 日銭稼ぎなら他をあたりな」


「レオポルド公爵家の執事、クラウスの紹介で来た。ほら、コレが証明にならないか?」


「……なんだってぇ?」



 クラウスが寄越したカフスボタンを差し出すと、店主の目の色が変わった。

 奪うように手に取り、まじまじとボタンを眺めてからなんとも胡散臭げにこちらを睨んできた。



「確かにこりゃあのジジイに作ってやったボタンだね。クラウスの名前を出したってことは落としたのを失敬したってわけでもなさそうだが、アンタいったいどこのガキだい?」


「そのレオポルド公爵家の次男……いや、元次男か。ラインハルトと申します、コンゴトモヨロシク」


「は? 公爵家の次男? しかも元って、どういうことだい?」


「ついさっき勘当されて家を追い出された。去り際にクラウスがこのボタンを寄越して、この店のことを教えてくれたんだ」


「……ぶっははは! なんだそりゃ意味分かんねー!」



 簡潔に説明したら店主が噴き出してゲラゲラ笑い始めた。

 そりゃ笑うわ。最初っから最後まで流れが意味不明すぎる。

 つーか、ホントにクラウスもなんでこの店を紹介したんだろうな。



「はははっ……ったくよぉ、クラウスの野郎も面倒事押し付けてきやがって。こんなガリガリの嬢ちゃんになにができるってん……いや、次男っつってたか? 男?」


「男に決まってんだろ。見て分かんねぇのか?」


「分からん。髪が半端に長いうえにそんな細身じゃ男にゃ見えねぇよ」



 そういや、自分の姿を鏡で見たことがなかったな。

 ラインハルト君も自分の見た目なんか気にしてる余裕がなかったようだが、いったいどんなツラしてんだ俺?

 髪もロクに手入れされてなくて伸びっぱなしだから、まあ女に見えるのも無理ない、のか?



「クラウスの勤め先の内情なんざあんま聞いたことがねぇけど、アンタのなりを見る限りじゃ相当ロクでもねぇ家みてぇだな。そのナリじゃメシもまともに食ってねぇんだろ?」


「まーね。普段は古いパンと水みてぇなスープが定番メニューだった。今日最後にクラウスがお情けで食わせてくれたパンとチーズとシチューは神の味がしたね」


「あーあー悪かった、不幸自慢は止めとくれ。アンタ、ガリガリの体に喋り方から態度までとてもじゃないけど貴族のボンボンにゃ見えねぇが、素行が悪すぎるから躾の一環でメシ抜かれてたとかじゃないよな?」



 ……こんな口調じゃそう思われても仕方ねぇか。

 いや実際に3日ほどメシ抜かれた記憶はあるが、あれは躾の範疇超えてるだろ。



「いいや、ただ親父の期待に沿えなかっただけさ。兄貴と違って剣もまともに扱えないし頭もよくない、おまけに魔法も使いもんにならねぇ出来損ないはあの家にゃいらねぇらしいぜ?」


「……アンタ、いくつだい?」


「二日前に6歳になったばっかだよ」


「6つのガキに言うことじゃねぇだろ……」



 それな。

 店主が顔をしかめ、やるせなさげに頭をかいてうなだれている。

 これが普通の反応だよなぁ、やっぱあの家おかしいわ色々と。



「はぁ~……それで? 追い出されて身寄りがねぇのは分かったが、ウチで働こうにもアンタにゃなにができるんだい?」


「できそうなのは読み書きと簡単な計算に物品の整理くらいかな。この小さな店なら帳簿を付けるくらいできると思う」


「小さいは余計だよ。つっても、いきなり帳簿を任せるわけにもいかねぇし、かといって力仕事は……その細腕じゃ無理だろうねぇ」


「主要簿じゃなくて補助簿の会計だけでも任せてみてくれないか? 最初は消耗品の発注関係だけでもいい。それくらいなら俺に任せても大きな問題にゃ発展しないだろ」


「……小遣い稼ぎにそういう仕事でもやったことがあるのかい?」



 訝しげに俺の顔を睨むように見つめてくる。

 品定めするような目で見られているが、クソ親父どものように最初から『価値がない』と断じられるよりはずっとマシだ。



「どうだろうな? その気になりゃ家事や炊事に洗濯までやってやるぜ?」


「おいおい、貴族の坊ちゃんにそんなことできんのかよ? 初めてやってなんでも上手くいくと思ったら大間違いだよ、坊や」


「まともにできなきゃクビにすりゃいいさ。で、どうするんだ? 雇うか、追い出すか。そっちの判断に任せるよ」


「わかったわかった、やる気があんのは認める。雇ってやるさ。だが、使い物にならねぇのならすぐに孤児院にでも押し付けてやっからそのつもりでいるんだね」


「押忍。お世話になります」



 ……この店主さん、もしかしてめっちゃいい人だったりする?

 クソ親父なんか餞別の一つも寄越さずに放り出したっていうのに、役に立たなかったときに孤児院に預けるところまで見据えて雇ってくれた。



「とりあえず風呂入ってメシ食って寝て、2~3日の間は休んで体調を整えな」


「え?」


「気付いてないのかい? アンタさっきからフラついてるじゃないか。そんなナリでまともに働けるわけねぇだろ」



 およ? そういえば、さっきから視界が揺れるような……?



「……あ?」


「? どうした」



 あれ、なんか、みせのなかが、ななめ、に……?





「! ……おい、坊主!? おい!」






 やべぇ、おもったいじょうに、たいりょくが―――










 ~~~~~










 会話の最中さなかに突然ぶっ倒れちまった。

 かなり焦ったが、どうやら疲労に耐え切れずに気絶しちまっただけみたいだね。

 レオポルド家からここまで来るだけでも、この坊主にとっちゃ相当な負担だったようだ。



「……厄介なもんを押し付けられちまったみたいだねぇ、まったく」



 ベッドでグースカ眠っているガキを眺めながら、つい愚痴をこぼしちまった。

 クラウスの野郎、アタシの店を託児所かなんかと勘違いしてねぇか? いきなりこんなガキ寄越してどういうつもりだ。

 こんな店じゃなくて、最初っから孤児院の場所でも教えてやりゃとりあえず飢え死ぬことはねぇだろうに。



「にしても、まだ6歳とはいえここまで軽くて小さいのはおかしいだろ」



 ベッドまで運ぶ際、まるで重さを感じなかった。

 まだスラムで盗み食いしてるガキどものほうが肉付きがいいくらいだ。

 いったいどんな扱いを受けてきたんだか……。


 確かレオポルド家ってのは昔にとんでもない剣の使い手がいて、それの再来だかなんだか言われてる嫡男がいるのは知っている。

 将来はその剣の腕でもって幅を利かせてくるのは間違いない、とか言われてるんだったか。

 だがその家の中の実情は、このガキの有様を見れば察しがつく。



「殴られたような痕が全身に……。それも、ここ数日でできたようなもんじゃねぇな」



 剣の訓練かなんかでつけられたものみてぇだが、殴った奴らの悪辣さが打撲傷に表れてやがる。

 決して大怪我を負わせないように、しかし長く苦しむよう執拗に満遍なく打ち込んでいるのが分かる。

 特に背中。打撲傷だけじゃなくて、鞭で打たれたようなミミズ腫れがビッシリと刻まれていた。


 これらの痕は教育や指導の域を逸脱している。明らかにいじめや虐待のそれだ。

 いったいどれだけの間こんな扱いに耐えてきたんだか。

 並の子供なら心身がぶっ壊れてそのまま死んでもおかしくねぇ。考えただけで反吐が出そうだ。


 なのにこのガキは怖気づくことなく、ここで雇われて生き延びてやろうと気丈に振舞って自分の価値を示そうとしてきやがった。

 大した度胸だ。コイツを無能だと切り捨てたレオポルド家の気が知れねぇな。


 点滴で治癒ポーションを投与しておいたから、起きた時には大抵の傷はこれで治ってるはずだ。

 あとは数日よく食って寝て休めば、少なくとも急に気を失うようなことにゃならねぇだろ。



「……さて、どういうつもりなのか聞こうじゃないか、クラウス」



 クラウスに特注で作ってやったカフスボタン型の『魔導蓄音機』を眺めながら独りごちた。

 わざわざこれを渡したってことは、単なる紹介状代わりってわけじゃねぇんだろ?

 この坊主をアタシんところへ導いた理由を聞かせてもらおうか。

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