勘当とカフスボタン


「この出来損ないがっ!!」



 クソ親父の怒鳴り声が執務室に響く。ラインハルトにとっちゃ聞き慣れたいつもの罵声だ。

 嫌な濁声も相まって鳥肌が立つほど不快だ。



「剣の才もなく領地を治めるための頭脳も手腕もない! 挙句に頼みの綱の魔法適性もゴミのような魔法しか使えんとは何事だ! 貴様は本当に私の息子か!?」


「アンタが母上と寝た記憶があるならそうなんじゃないですかね。それとも自分が種無しだと心配でもしてるんですか?」


「き、貴様っ……?! 自分がなにを言っているのか分かっているのか!!」



 皮肉交じりに応対すると、唾を飛ばしがなり立てながら張り倒された。

 風船の破裂に似た平手打ちの音が鳴るのと同時に左頬に激痛が走る。


 痛ったぁ!? 首から上がもげるかと思ったわ! 馬鹿力めクッソ!

 うーわ、しかも口の中切ったわ。最悪。しょっぱい物食べたら沁みるじゃん。



「気でも触れたか!? お前ごときが私に逆らうとはどういうつもりだ!!」


「ってぇな……親子関係ってのは対等に接してなんぼのもんだと思いますがね。それとも今は親子ではなく領主として接している場でしたか? そりゃ失礼しました、レオポルド公爵サマ」


「っ……!! 随分と生意気な口を利くようになったではないか、出来損ないの分際で!!」



 顔真っ赤で草。出来損ない出来損ないと馬鹿の一つ覚えのように繰り返すなや。

 いや罵倒のレパートリーが豊富なのもそれはそれでヤダけど。


 二日前まで人の顔色伺いながらビクビクしてたのが、いきなりこんな態度とるようになったら生意気だと思われて当たり前か。

 まるで人が変わったようだと思われていることだろう。

 実際変わってるしな。いや代わっていると言うべきか?



「大体、剣の才がどうとか言われても剣術習ってる相手と始めっから互角に剣を打ち合えとか無理に決まってるでしょ普通。俺、6歳なの忘れてます? 兄上が特別なのは父上も分かってるはずだ。俺にあそこまでの才能を期待されても困るっての」


「黙れ! なんだその女のような矮躯の細腕は! ロクに鍛えもしていないくせに生意気な口を利くな!」


「そりゃロクにメシも食わせてもらってないから当たり前だろ」


「なにを言っている! 食事に不満を言える立場だとでも思っているのか!」


「硬ってぇパンにうっすいスープばっかじゃどんだけ鍛えても筋肉なんか付かねぇっての。タンパク質どうこう以前にカロリーが足りてねぇわ」


「能なしに食わせてやってるだけありがたく思え! タンパクだの訳の分からんことを言って誤魔化すな!」



 ちょっとでも反論しようもんならこの有様である。……つーか、栄養素の概念も知らんのかこの脳筋は。

 筋肉がついてないからまともに剣が持てないのに、無能だからと質素なメシばっかで筋肉が付かない悪循環。アホか。


 あと領地経営についてもまだ基礎の基礎しか習ってないような状況でどうしろというのか。

 まだ6歳の、それも領主直々に無能だのなんだの言われてるガキから案を出したところで意見が通るわけねーだろボケ。

 そもそもメシ食ってねぇからまともにアタマも回んねぇんだよ。



 それと……まあ、魔法に関しちゃドンマイとしか言えねぇわ。

 こればっかりは本人の努力でどうにかなるもんじゃねぇし、ガチャが外れたと思って諦めてくれ。

 そんな生まれた時から決まってる素質のことを言われても困るわい。

 あれだ、女がほしかったのに男が生まれたーお前のせいだーとか赤ん坊に言っても仕方ねぇだろ?



「もう許せん! これまでは情けで家に置いてやっていたが、今日この場で貴様はレオポルド家から除名する! 早々に出ていけぇ!!」


「はいはい、分かりましたよ。一応、聞いときますけど出ていく我が子相手になにか餞別か手切れ金なんてものは?」


「貴様にかける金などもはや石貨一枚たりとも無ぁい!! おい、さっさとこのゴミをつまみ出せ!!」


「旦那様、それはあまりにも……もう一度考え直されては―――」


「黙れクラウス!! 早く追い出せと言っているだろうがぁ!!」



 実の息子相手にまったく情もかけず、傍に控えていた執事にそう命じて部屋から追い出された。

 やっぱこうなったか。

 言われなくてもさっさと出てってやるわい、クソ親父めが。



 ……にしても、最後まで名前すら呼ばれなかったな。

 もしかして忘れてたりする? 実の息子の名前を? そんなことある? ……あってもおかしくねぇな。


 それはそうと執事さん、恥ずかしいから抱っこスタイルで運ぶのやめてもろて。

 俺は赤ん坊じゃねぇぞ。死にたい。



「……なんと細く軽い体でしょう。このなりでは屋敷の外に放り出されたところで野垂れ死ぬのが関の山ではないですか」


「しかも無一文でな」



 顔をしかめながら執事が哀れみの目を向けてくる。

 同情するなら金をくれ。先立つものはいくらあってもいいぞ。



「なぜ、あのような反抗的な態度を?」


「反抗的っていうか、アレが普通だと思うがね。親子ってのは喧嘩してなんぼだろ? それすら許されない家なんざこっちから願い下げだっての」


「……いったいどのような心境の変化があったのですか? 二日前に熱を出し倒れて、ようやく回復したと思ったらまるで別人のように……」


「別に。今の状況がどれだけクソか、寝てる間にようやく気が付いただけだよ」



 抱っこされながら適当に相槌を返しているうちに、気が付いたら庭を抜けて屋敷の門の前まできていた。

 クラウスがゆっくりと丁寧に腕から降ろして、門の外へと自分の足で歩いてから無駄にデカい元我が家を見上げた。

 ようやくこの家ともお別れか、せいせいするわ。ファッキュー。



「心苦しいですが、私は雇われの身ゆえに旦那様には逆らえません。……あなたを助けることはできない」


「気にしなくていいさ。この家の中でアンタだけは俺を罵らないでいてくれた、それだけで充分だよ」



 あの家はクソ親父以外だけじゃなく、兄も姉もメイドも使用人も誰も彼もがラインハルトを下に見ていた。

 特にスープに虫を混入しやがったあのクソメイドはマジ許せん。

 せいぜい消化不良で玉虫色のクソでもひり出してろ。



「……こんなことを言える立場ではありませんが、どうかお元気で。ラインハルト坊ちゃま」


「ああ。当てはねぇけどまあなんとかなるだろ多分。じゃあな、クラウス」



 半分強がりのセリフを吐きながら軽く会釈をして、執事に背を向けて歩み始めた。

 屋敷の門が閉じられ施錠された音が聞こえる。もう二度とこの門を跨ぐことはないだろう。



「ゴホゴホッ、オホンッ……!」



 2~3歩ほど歩いたところで、後ろから執事がわざとらしく咳き込んだのが聞こえた。

 なんだその無駄に渋い咳は。……ん?



「……ああ、そうそう。これは独り言ですが、街の東門近くにある魔法店の店主が雑用係をほしがっているらしい」


「……?」


「そこの店主は偏屈で気難しく人付き合いが下手でして、数少ない客の紹介でもないと雇うつもりはないでしょうな」



 そう言った後に、門の内側からなにかが俺に向かって飛んできたのをキャッチした。

 ……ボタン? 執事服のカフスボタンかコレ?



「おおっと、カフスボタンが外れてしまったようだ。その魔法店の特注品だったのに、また注文し直さなければなりませんなぁ」



 ……なるほど、コレが紹介状ってことね。

 白々しくそう言いながら屋敷の奥へと戻っていくのを見送ってから、ボタンを懐にしまった。


 感謝するぜクラウス、この恩はいつか必ず返すよ。

 見ろよラインハルト君、お前さんにもまだ味方がいたみたいだぜ?



 さーて、今はその魔法店に行くことにしますかね。

 正直バイトできるトコならどこでもよかったんだが、せっかくの厚意だ。無駄にはしないでおこう。


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