脱サラ転生者、行動開始
いやー、エグい。いやエグいの通り越してもうグロい。吐きそう。てか吐いた。
『僕に生きる資格なんてなかった』だとさ。ガキになに言わせてんだよ。
俺も自分の前世はまあまあ不憫だと思っていたが、このガキにゃ負けるわ。
自分の価値を否定し続けられて、それでもどうにか耐え続けて、最後に一縷の望みに懸けた結果があれじゃあそりゃ絶望もしようってもんだ。
もう疲れた、もう生きることなんかうんざりだ、もう休ませてくれ、ってな。
いいよ、ゆっくり休め。疲れたなら好きなだけ眠ればいいし、起きたくなったらいつでも起きればいい。
そん時にゃ、お前がちゃんと人生を楽しめるくらいには場を整えておいてやっから、今はぐっすり寝てな。
目が覚めると、知らない天井。いや見覚えはあるが俺にとっちゃ初めて見る天井だ。
どうやらあの魔法鑑定とかいう儀式を受けて、俺は……『ラインハルト』は意識を手放してしまったらしい。
その後しばらく熱にうなされて寝込んでいたが、どうにか起き上がることができたようだ。
さて、ひとまず俺の置かれている状況については把握できた。
ならば、現状やるべきことを整理しますかね。
まずこのクソッタレな家からの脱出。
この屋敷の連中がいかに終わってるかは嫌というほど見てきたから分かる。
今後ラインハルトの待遇がよくなることはまずないだろう。だから逃げる。
グゥ~
こんなとこにいたらいずれいびり殺されるか飢え死ぬかのどっちかだ。
その前にさっさと出ていって腹いっぱい飯を食えるトコにいかなきゃ死ぬ。今も腹が減って仕方がない。あいむはんぐりー。
グゥ~~~
家から脱出してからは……どこか働き口を探して生活の基盤を整えなきゃならん。
どっかで下働きでもさせてもらえりゃいいが、この骨と皮しかねぇような体じゃ力仕事もままならない。
皿洗いのバイトとか軽作業の雑用しかできそうにねぇな。
グゥ~~~~~~~
さっきから腹の虫がうるせぇな!
そんなグーグーと主張せんでも腹が減ってることくらい分かっとるわ!
つーか、今ならなんでも美味しくいただけるくらい空腹なんですけど!
う、うぐ、ヤバい、思った以上に空腹がキツい。
このままだとマジで腹が減りすぎて死ぬ。
とりあえずキッチンからなにか食料をくすねてこようと思ったところで、誰かが部屋の扉を開けた。
「あら、起きていらしたんですね。よくもまあ2日もサボって眠れたものですねぇ、ラインハルト様」
そんな気遣いの欠片も感じられない言葉を投げかけながら入ってきたのは、メイド服に身を包んだ黒髪黒目の若い女だった。
ラインハルトの世話をする専属メイドの『メディア』だ。
だからそれ主人に対する言動じゃねぇだろ。頭湧いてんのか。
「ほら、起きたならさっさと食べてください。私も暇じゃないんですよ」
目の前に出された膳にはいつものように古びたパンと野菜クズの入ったスープ……いや違う。
スープの中に、玉虫に似た虫がトッピングされていた。
おいなんだこれは。いくら腹が減ってるからと言ってもこれはねぇだろ。しかもまだ動いてやがる。
「病み上がりですので特別に具を追加しておきましたよ、よかったですね。あははははっ!」
……ふーん、そういうことしちゃうんだ。
家人全員が俺を見下してるから自分がそうやっても許されるとでも思ってんのかこいつ。
いや実際許されてるんだろうな。アイツら、俺のことゴミとしか見ちゃいないだろうし。
だが俺は許さん。
スープの中の玉虫を拾い上げ、侍女の顔面に放り投げてやった。
「はぐっ!? ゴクッ……ひ、ひいぃいいい?!! む、虫がぁぁあああ゛っ!!?」
Oh。
バカみたいに大口空けて笑ってたせいで口の中にナイスシュートしてしまった。
しかもそのまま飲み込んでしまったようで、顔を真っ青にして悲鳴を上げている。
貴重なタンパク源だぞ、ありがたく消化吸収しろ。
「ブクブクブクブク……」
そのまま泡を吹いて倒れてしまった。
自業自得だアホめ。
「……なんの騒ぎですか?」
部屋の外からやけに渋いバリトンボイスが聞こえてきた。
たまたま通りかかったのか、親父の補佐をしている初老の執事『クラウス』が扉から顔を覗かせてきたようだ。
怪訝そうに問いかけてから、泡を吹き倒れている侍女を見て目を見開いた。
「こ、これは……? いったいなにが……」
「あー、さっき虫が飛んできてさぁ、それがたまたま口の中に入ってきて、そのまま飲み込んじまったらしい。そのショックで倒れちまったよ」
「ぼ、坊ちゃま!? 目を覚ましていらしたのですか……!」
体を起こしている俺を見て、執事がよりいっそう驚いた顔をしながら心配そうに声をかけてきた。
そんな死人が生き返ったようなリアクションせんでも。いや似たようなもんだけどさぁ。
「とりあえずそいつをどっかに運んでやってくれ。あとできればなんか食い物も持ってきて。こんな小さいパンと薄いスープだけじゃ足りねぇっての」
「は、はぁ……。あの、坊ちゃま、なんというか……どうか、なされたのですか?」
「いいから早くしてくれ。腹が減って死にそうだ」
「……畏まりました」
坊ちゃま、ねぇ。
この家の使用人たちは俺のことをゴミ同然に扱っているが、この執事だけは違う。
ラインハルトの記憶によると、過剰に鞭を打つこのクソメイドに苦言を言ったり、しつこくいびってくる親父の話を遮って仕事を持ってきたり、嫌味を言ってくる姉からもさりげなく助けてくれたりしていた、らしい。
立場上おおっぴらに庇うことはできないようだが、他の連中に比べりゃ遥かにマシだ。あくまでマシ程度だが。
しばらく待っていると執事がまともな白パンとチーズ、さらに具沢山のシチューまで持ってきてくれた。
ありがてぇありがてぇ。いっただっきまーす。
胃腸が弱ってるだろうからよく噛んで食わねぇとな。むっしゃむっしゃ。
リフィーディング症候群っつったっけ? 栄養失調の時に急いで食い過ぎると死ぬっていうし、ゆっくり味わいながらいただくとしよう。
「お食事中失礼ですが、よろしいですか?」
「んぉ?」
パンを頬張っているところに、執事が話しかけてきた。
「……坊ちゃまが倒れた後、意識が戻り次第旦那様のところへ連れて行くように命じられております」
「ふぅん。なのに、俺の頼みを優先してこうやってメシを運んでくれたのか」
「ええ、ですのでどうか内密に」
「ああ、もちろん。ありがとな」
旦那様……あのクソ親父が呼んでるってことは、魔法が使い物にならなかったことへの折檻かな。
最悪、そのまま追い出されることもあり得るな。
好都合だ。コソコソ逃げる必要がねぇってんなら、最後に言いたいこと言ってから出てってやるさ。
食事を済ませ、一息ついたところで執事へ声をかけた。
「先に親父のところへ行っておいてくれ。トイレを済ませたらすぐに俺も向かう」
「分かりました。……坊ちゃま、どうか気を強くお持ちくださいませ」
多分、今回の呼び出しがロクなもんじゃないってことを執事も察しているんだろう。
そんな心配そうな顔せんでも。どっちが俺の親父か分かんねぇなコレ。
さーて、親父のトコへ行く前にちょっと色々と拝借していくとしますかね。
手始めに侍女の着服していたヘソクリから失敬しとこう。ざまーみろバーカ。
あとは昆虫採集かな。屋敷の中でこの玉虫がウジャウジャいる場所をラインハルト君は知ってるぞ。覚悟しろクソメイド。
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