第1話 始まりはいつも突然に


ここはどこだろう

目の前の少女は一体誰だ


懐かしい...


何か大事なことを忘れている気がする

忘れてはいけない

思い出さないといけないなにかを





..ろ..

起きろ!永司!


朦朧とした意識の中で、誰かが僕を呼ぶ声が聞こえた。

寝坊したのかと思い、急いで意識を覚醒される。

背中に冷たい嫌な感覚が走ったが、朝のホームルーム前に仮眠をとっていたことを思い出し、ほっと胸をなでおろす。


「まったく、こっちは朝から部活でクタクタだってのに、のんきに寝てるとはいい身分だな。早くいつものジュース買ってきな。外の自販機にしかないあれな、前みたいに間違えるなよ?全く...毎回朝練後に頼んでるんだから、いい加減この時間には用意して手渡せるくらい気を利かせたらどうだ?」


見下すような口調でそう言ってきたのは、同じクラスの早坂未来(はやさか みらい)だった。


濃い黒髪は光を美しく反射し、背中まで届きそうな長い髪を、使い古したピンク色のヘアゴムで後ろにまとめている。そのポニーテールだからこそ露わになる、きれいなうなじとスレンダーな体型は、一見華奢で繊細な印象を与える一方。下半身はしっかりとしており、身長は170cm以上と高い。全体としては見た時にはガッチリとした頼もしを感じさせる。


それもそのはず、彼女は女子サッカー部のエースであり、運動神経抜群の天才だ。

たしか中学生の頃に全国大会進出したとかなんとか。会った当初、その時の記事をわざわざ家から持ってきて、僕に自慢していた。


また整った顔にキリっとした青色の目は先ほどの体型も相まってか「かわいい」というよりは「かっこいい」と形容する方がしっくりくる。一言で言えば、「女子高の王子様」といった風格だ。


まあ、実際のところ、ここはスポーツが強いだけのよくある男女共学校なんだけどね。


 さて、そんなスーパーエリートでイケメンな彼女が、なぜクラスの隅にいる陰キャな僕にちょっかいを出してくるのか――正直、言って謎だ。


始業式の日に初めて会ったその日から、なぜかこうして絡んでくる。


流石に鬱陶しいので一度理由を尋ねてみたところ、

「あんたが気に入らないから」とか「認めない」とか、よく分からないことを言われた。

 「えぇ……」と、その言葉を聞いたとき、思わず困惑した。別に気に入らないなら、無理に絡まなくてええやん


――そう心の中で思いつつ、僕は彼女の言動をのらりくらりと受け流す日々を送っている。


 「てかさ、朝から寝るくらい時間が余ってるなら、部活にでも入ったらどうなんだ?とりあえずサッカー部でいいだろ?……あ、でも今のあんたはヒョロヒョロすぎて、補欠どころかいるだけで迷惑かもな。まぁ、ど~~~しても入りたいって言うなら、特別に私が顧問の先生に頭下げてやってもいいけど、どうする?」


 「ははは、いいよ、早坂さんの言う通り、僕なんかいるだけでサッカー部に迷惑になっちゃうし。あ、じゃあホームルームが始まる前に、ちょっと買い物行ってくる」


財布の中身を確認して、僕は逃げるようにして廊下へと出た。

別に、彼女にからかわれるのが嫌で離れたわけじゃない。それについてはもう慣れっこだし、いつものことだ。ただ、部活動がどうこうの話題は、あまり触れたくない内容だった。


 「サッカーかぁ、昔はやってたんだけどなぁ」


教室へ向かう周りの生徒に聞こえないよう、小さくつぶやいた。その言葉とともに、昔の苦い経験が思い出される。



中学に入学する前、僕は交通事故に遭った。


当時、小学校を卒業したタイミングで親の都合で引っ越しをしたのだが、新しい場所に引っ越した興奮と、通学用に新しく買ってもらった高性能な自転車に乗っているという無敵感。

この二つが融合召喚された結果、引っ越し早々、町を爆走するというモンスターが生まれた。


それが大変よくなかった。


結果、車に巻き込まれる形で事故に遭った。あまりに妥当すぎる結果で、驚きすらしない。「少し考えればこうなることぐらいわかるだろ!」と思い返すたびに呆れる。昔の僕、バカすぎない?


まぁ、幸いにも命に別状はなく、頭を強く打った程度で特にこれといった後遺症もなかった。だが、すぐに日常生活に戻れると思っていたが、仮にも頭を強く打ったという理由で入院や検査が続き、しばらく行動が制限される日々が続いた。


そのせいで、中学の入学は夏休み明けとなり、かなり遅れての入学となった。夏休み明けともなると、クラスの友達グループはある程度固まっていたし、部活に関しても今さら入部してもなじめる気がしなかった。安静期間が長かった影響で筋力が著しく落ち、モチベーションがドロドロのゴミゴミだったのもあり、結局最後まで帰宅部だった。


別にサッカー始めてたきっかけもよく覚えてないし、そこまで思い入れのなかったから別にそれはそれでいいんだけど。


多少話してくれる人はいたものの、友達と言えるほど仲のいい人はできず、僕の中学生活は灰色のまま終わった。


せめて何かしらの文学部にでも入っておけばよかったなと、今さらながら後悔しつつ、今もなお帰宅部でいる。その時点で、自分はダメダメな人間で、環境ではなく自分に問題があることは言われなくても理解している。



そう思うと、こんな僕でも毎日かまってくる未来の存在は嫌いではない。中学時代は誰と一緒にいても、心にぽっかり穴が開いたような虚しさを感じていたが、あいつといると、なぜか心が満たされる気がする。


思春期を過ぎて心に余裕が生まれたからなのか、それとも単純にあいつが美人で目の保養だからなのかは分からない…おそらく前者だと思いたい。そうでないと、僕が中学校で孤立していた原因がただの色ボケ野郎だったことになってしまう。それはさすがにあんまりだ。


ただ、嫌ではないといっても、さすがに毎日絡まれるのは時々鬱陶しく感じるし、今日のように寝ているときくらいは静かにしてほしい。

欲を言えば、もう少し普通の友達みたいな関係...もっといえば、その先の男女関係になりたい。でも、中学時代ぼっちだった僕には、「普通の友達」になる方法すら分からない。


はっはは、悲しいし虚しいね。

やはり自業自得とはいえ、貴重な中学生活を棒に振ったのは今さらながら辛いな。あの事故さえなければ、普通の友達ができて、未来ともいい感じの関係からスタートできた…はずだ…自信ないけど。


そもそも健康状態に問題はなかったのに、なんであんなに観察期間が長かったのか、いまだに謎だよな。一時期は家から出るのもダメだと言われていたし、親も医者も、過保護すぎるよ。まったく。


もし昔に戻れるなら、中学入学前に戻って、事故が起きない世界線に変えてやる!そして、失われたバラ色のスクールライフを堪能するのだ!


そんな突拍子もないことを考えながら、目的の自販機に到着する。

買うのはいつも彼女が飲んでいる、昔ながらのオレンジジュースだ。正直、果汁が低すぎて僕はあんまり好きじゃない。安くて量は多いけれど、子供騙しというか、子供向けというか、ほぼ砂糖水というかそんな風な味である。仮にもアスリートが飲むものではないと思う、知らんけど


以前、善意で結構高い値段の果汁100%オレンジジュースを買って渡したのだが、「これじゃない!そんなこともわからないの!」と割と本気でキレられた。

解せぬ。


正直、そこまで怒るほどのことじゃないだろうと、今でも思う。一応、「このままじゃまずい」と焦って、急いでいつものジュースを買って渡したけれど、彼女はその日一日中ずっと不機嫌なままだった。

やっぱり、人付き合いって難しいね!


ガコン!


ボタンを押すと、少し心配になるほどの勢いでアルミ製の缶が出てくる。もしこれが炭酸飲料だったら、一大事だな。無駄に縦長な形状で持ちづらいが、落としたらまた面倒なことを言われそうなので、指先で慎重に取り出す。缶全体がキンキンに冷えていて、持つ指が少し痛い。


「後で渡すときに、これが好きな理由でも聞いてみて、そこから話を広げてみるか。」


そうつぶやきながら、缶を指でコンコンと叩きつつ、彼女が待っている教室へ向かう。今年の目標は、未来と普通の友達関係になることだ。少しでも円滑に会話ができるように、イマジナリー未来を脳内で作り、次に会ったときのイメージトレーニングをしながら歩く。


すると、突然、大きな声が響いてきた。


「危ない! よけて!」


その叫びとほぼ同時に、

「ゴンッ!」

鈍い音とともに、激しい衝撃が頭を襲った。


バランスを失い、体の力が抜け、前のめりに倒れ込む。


視界が急速に狭まっていき、世界が一瞬にして闇に包まれる。


何とかしようと必死になるが、手足は重く動かせない。次第に意識が遠のき、頭の中がぼんやりと霞んでいく。


意識が途切れる直前、見知らぬ少女が泣いているのが見えた。

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