第6話 騎士団01

アリアたちと楽しく遊んだ翌朝。

朝食後。

父の執務室に向かう。

そこで、

「ゼクトから第一報がきた」

とゼクト兄様から早馬で届けられたであろう第一報の手紙を見せられた。

その手紙によると、私が発った翌日、さっそく王は謝罪の使者を送ってきたらしい。

しかし、ゼクト兄様はそれを、

『ミリスティアーナはあまりにも憔悴していたため、実家に帰した。謝罪を受ける受けるかどうかは本人次第だ。どちらにしろ今回当家が被った被害の弁償はきっちりしていただく』

とそれを突っぱねたのだそうだ。

そこから交渉が始まり、とりあえず当初の目標にしていた財務卿の入れ替えはなんとかなりそうだという。

そんな報告を見て、私は、

(……さすが、ゼクト兄様。仕事が早いですわねぇ)

と感心しつつ、

「状況は理解しました。王の使者がこちらにやってくるようならそちらも当面の間は突っぱねてください。ゼクト兄様の交渉が一段落して当家の利益が最大化した段階で私も表に出ます。あと、お父様のお名前で出す抗議文には匂わせる程度でかまいませんから『当方の家臣一同、特に騎士団の憤懣やるかたなく』というような文言を入れていただけると助かりますわ」

と父に願い出た。

「ふっ。そうだな。そのくらいはよかろう」

と父が軽く笑って私もほくそ笑む。

私たち親子は朝から少し悪い顔を見せあったあと、

「今日はどうするんだい?」

という父の何気ない問いかけに、

「そうですわね。せっかくですので、騎士団の様子を視察してまいります」

と軽く答えた。

そんな私に、父は、

「ふっ。お手柔らかに頼むよ?」

と困ったような笑顔を向けてくる。

私はそれににこやかな微笑みで、

「うふふ。久しぶりですので、腕が鈍っていないか確かめるだけですわ」

と答えて父の執務室を辞した。


自室に戻った私はさっそく稽古着に着替える。

ほんの少し公女らしいといえば公女らしい上等な生地で作られた稽古着に使いこんだ革の防具を手早く着けていく。

そして、私は準備が整ったのをさっと確認すると、執事のユリウスが差し出してくれた愛用の木剣を持って少しウキウキしながら颯爽と部屋を出て行った。

裏口から出てまずは厩舎に向かう。

そこで、少し甘えてくるジローと少し戯れると、さっそく厩務員に頼んで鞍を付けてもらい慣れた様子でひょいと跨った。

「ひひん!」

と嬉しそうに鳴くジローに前進の合図を出して公城の外れにある騎士団の訓練所を目指す。

カポカポと小気味よく歩くジローの背に揺られながら、城のあちこちに植えられた色とりどりの花を眺めつつ進んで行くと、やがてジローは庭を抜け、城の外側に設けられた小さな雑木林へと入っていった。

春の日差しに映える美しい木立の中を通って、さらに城の外れを目指す。

すると私たちはすぐにその小さな雑木林を抜け、広い空き地に出た。

遠くで私とジローの姿に気が付いた団員が駆け出していく。

おそらく団長に報告にいったのだろう。

そんなことを思いながら、私が稽古に励む騎士団に近づいていくと、騎士たちはいったん稽古を止め、その場で軽く整列して礼をとってくれた。

「みなさん、ごきげんよう」

と、にこやかに声を掛ける。

その言葉に騎士の一団は、

「はっ!」

とかしこまって、ピシッと背筋を正した。

そんな騎士たちに、

「急にきてしまってごめんなさい。私のことは気にせずみなさんはお稽古の続きをしてらっしゃって」

と軽く声を掛ける。

すると、隊長格の騎士が、

「姫様の御前稽古である。気合を入れよ!」

と大きな声を張り上げて、それに騎士たちが、

「おうっ!」

と応えて騎士たちは再び訓練に戻っていった。

私はそんな騎士たちの姿を頼もしく見送り、訓練場の中を進んでいく。

そして、隊長がいる天幕が張られただけの、簡易指揮所の前に到着すると、ジローから降り、

「久しぶりね」

と気さくに声を掛けた。

「ご無沙汰しております、ミリスティアーナ様」

とかしこまって跪いて礼を取ってくる騎士団長のグスタフの態度に苦笑いを浮かべつつ、

「似合わないわ。普通でいいわよ」

と声をかけると、グスタフは少し照れたように頭を掻きながら立ち上がり、

「恐れ入ります」

とはにかんだような感じでこちらに笑顔を向けてきた。

「ちょっと事情があって、しばらくこっちでのんびりすることになったの。これからはまた昔みたいにちょくちょく参加するからよろしくね」

と言う私をグスタフは、

「おお。それはありがたい。若手のいい手本になるでしょう」

と言って歓迎してくれる。

私はそんなグスタフの飾らない人柄を快く思いながら、

「ええ。こちらこそありがとう」

と微笑んで言いつつ、

「で、イクスは?」

と聞いた。

その質問にグスタフが、少しニヤっとしたような笑みを浮かべ、

「は。あいつは今、昼のカツサンドをつまみ食いした罪で外周を走らせておりますが、すぐに呼んでまいります」

と言って手近にいた騎士に、

「おい。イクスのやつを至急連れて来い」

と短く指示を出す。

私はその様子をおかしく、そして、懐かしく思いながら、

「じゃぁ、軽く準備運動をしながら待っているわ」

と伝えて訓練場の片隅で軽く木剣を振り始めた。


ゆっくりと体をほぐすように基本の型を繰り返していく。

(王都でも毎日稽古は欠かさなかったけど、ここ最近は旅で稽古出来てなかったから、やっぱり少し鈍ってるみたいね……)

と思いつつも集中して木剣を振っていると徐々に体の中で魔力が漲ってくるのを感じた。

そして私が、

(よし、温まってきたわね……)

と感じ始めた時、

「お待たせいたしました。イクスを連れてまいりました」

とグスタフから少し笑みを含んだような感じで声を掛けられた。

その声に振り返って、

「久しぶりね」

と、にこやかに声を掛ける。

しかし、私のそのにこやかな顔を見てイクスは、若干引きつったような笑みを浮かべ、

「……お手柔らかに頼みますよ?」

と言ってきた。

私はそんなイクスの態度にちょっとした苦笑いを浮かべつつ、

「あら。それはこっちのセリフよ。そんなことより、私の留守中サボってなかったでしょうね?」

と軽く問いただす。

するとそんなイクスの横から、グスタフが出て来て、

「はっはっは。ご安心ください、姫様。お留守の間もしっかり鍛えさせておりましたぞ」

と豪快に笑いながらイクスの背中をバンバンと叩いた。

「そう。なら安心ね」

と微笑む私に、イクスが慌てて、

「あ、魔法は無しでお願いしますよ!?」

と懇願するような感じでそう言ってきた。

私はそれに、

「えー……」

と不満げな顔を見せる。

しかし、イクスはそこは退けないと言わんばかりに、

「あんな稽古をしてたら命がいくつあっても足りませんよ」

と抗議してきた。

そんなイクスに私はあえてきょとんとした顔を見せ、

「あら。イクスならなんとかできると思うけど?」

と少し意地悪を言う。

するとイクスは、

「はぁ……」

と、ため息を吐いてから、

「身体強化だけですよ?」

と、ほんの少しの妥協案を示してくれた。

「えー……。それじゃぁまだ私の方がちょっと不利じゃない」

と私はまた不満げな顔を見せるが、イクスは少し呆れたような顔で、

「殿下が魔法を使った後は訓練場の整備が大変なんですよ」

と困ったような笑顔を浮かべてそんな言い訳をしてくる。

私はその言い訳が少しおかしくて、

「そうね。騎士団のみんなに負担をかけてもいけないから、今回はそれで勘弁してあげる」

と笑いながらそう言って、

「じゃぁ、さっそく始めるわよ!」

とイクスに言葉を掛けるとさっさと訓練場の中央へと進み出ていった。


訓練場の中央に立ち、イクスを待つ。

イクスはいかにも「やれやれ」というような表情をしながらこちらにやってきた。

私はそんなイクスを見ながら、

(まったく。相変わらずね……)

と思ってそっと苦笑いを浮かべる。

しかし、同時に、

(この男の飄々とした態度に騙されちゃだめよ。こいつは剣を構えた瞬間鬼になるんだから……)

と思って気を引き締めた。

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