第7話 騎士団02
やがて訓練場の中央にイクスがやってくる。
私たちの周りには自然と見学の輪ができた。
「お手柔らかに頼みますよ」
とイクスがいつもの飄々とした笑顔でそんなことを言ってくる。
私はそれに、
「それはこっちのセリフよ」
と返すと、集中して木剣を構えた。
構えた瞬間イクスの雰囲気が一変する。
先程までの飄々とした雰囲気はない。
(くっ……。相変わらず化け物みたいな隙の無さね……)
と思い、ふと初めてイクスと対峙した時のことを思い出した。
あれはたしか4年ほど前。
私が王都への留学から帰って来た数日後のことだったと思う。
私は今日のように幼い時からの剣の稽古をつけてもらっていたグスタフを訪ねて騎士団の訓練場を訪れた。
その時、初めてイクスと会う。
その時、イクスは入団して1年ほどの若手だったはずだ。
「ちょっと面白いのがいますから、手合わせしてみませんか?」
というグスタフの提案に、
「ええ。いいわよ」
と軽く応じてイクスと剣を交え、完敗した。
向き合った時点で感じたあの恐ろしさにも似た感覚は今でもよく覚えている。
その時私は自分の持つ全力をイクスにぶつけた。
もちろん魔法も含めて全力を。
しかし、結果はイクスが初めて見る本格的な魔法に驚いて少し慌てただけに終わる。
そう。
イクスは本格的な魔法は初めて見るにも関わらず当初こそ苦戦しつつも、最終的にはものの見事に対応して見せた。
私はそれを見て、
(天才っているものなのね……)
と素直に感心すると同時に、それまで身体強化の魔法だけ使えば騎士団のどの団員にも負けないくらいになっていた自分の驕りと弱さを改めて認識させられたことは今ではいい思い出になっている。
それから、私の剣術や魔法に関する考え方はがらりと変わった。
それまでは割と多めに持っている魔力を使ってどちらかと言えば力押しのような戦い方をしていたが、私はどれだけ魔力を効率良く使うかということを考え始める。
イクス本人は、
「自分は魔法なんて便利なものは一切使えないですよ」
と苦笑いしながら言っていが、おそらくそれは違うだろう。
イクスは天才だ。
一般的な魔力しかないにも関わらずそれを異常なほど効率良く使って身体強化魔法を無自覚に使いこなしていたし、そこに天性の剣の才能さえ持ち合わせていた。
その日から私とイクスの研鑽の日々が始まる。
いや、一方的に私がイクスとの勝負に熱中したと言ってもいいかもしれない。
とにかく私はイクスから何か盗めないかと思って毎日のように公務の隙を縫っては剣と魔力操作の稽古に打ち込んだ。
そんなことを考えているところに、イクスの木剣が迫る。
そして私がそれになんとか応じて防ぐと、
「考え事してちゃ危ないですよ」
と、にこやかにイクスが私に注意を促してきた。
「ごめんなさい。久しぶりだったからちょっと昔のことを思い出していたの」
と苦笑いを浮かべつつ素直に謝って再び構えを取る。
そんな私にイクスも苦笑いして、
「行きますよ」
と声を掛けると、いつものようにものすごい速さと強さで木剣を叩き込んできた。
私もそれに応じて動きつつ時折反撃を仕掛ける。
そして、訓練場の中を縦横無尽に動き回りつつ、ものすごい速度で何度も木剣を打ち合わせた。
やがて、私の周りから音が消える。
おそらく私の集中が極限まで高まったからだ。
私はその感覚をどこか心地よく感じつつ、イクスの動きを見定めた。
ほんの僅か、イクスに隙が生まれる。
私はそれを見逃さず、
(そこっ!)
と心の中で叫びながら腰を落とし、木剣を横なぎにしてイクスの胴の辺りを狙った。
しかし、その木剣の切っ先はあと数ミリという所でかわされてしまう。
そして私がそのことに驚き、
(なっ……!?)
と思ったところで私の首筋に「トン」とイクスの剣が置かれた。
「……参りました」
と声を絞り出す。
「いや。今のはこっちも危なかったですよ」
とイクスは言うが、その声にはまだどこか余裕があった。
周囲から、
「おぉ……」
という声が起こる。
私はそんな声をほんの少し恥ずかしく思って聞きながら、
「また完敗ね」
と苦笑いしつつイクスに握手を求めた。
そんな私の手をイクスは苦笑いしながら軽く握り返し、
「久しぶりにヒヤヒヤできましたよ」
と苦笑いで冗談まじりにそう言ってくる。
そんな私たちのもとにグスタフがやってきて、
「相変わらずお見事ですな」
と労いの言葉をかけてきた。
そして、
「お前は普段からそのくらい本気を出せ!」
と言ってイクスの頭を軽く小突いた。
「痛って……」
と小さく声を上げてイクスが頭を抑える。
私はそんな様子がおかしてく、
「うふふ。じゃぁ、これからは出来るだけ顔を出すわね。イクス、よろしく頼んだわよ」
と微笑みながらイクスにそんな言葉を掛けた。
「えー……」
とイクスが苦い顔で不満を述べる。
するとまたグスタフが、
「公女殿下に向かってその言い草はなんだ!」
と短くお説教をしてまたイクスの頭を軽く小突いた。
「痛って……」
と言ってまたイクスが頭を抑える。
私はそのやり取りが本当におかしくて、
「あははっ!」
と公女らしからぬ大きな声で笑うと、イクスも、
「……あはは」
と苦笑いをし、グスタフも、
「はっはっは!」
と豪快に笑った。
私たちの周りからもくすくすと笑い声が漏れてくる。
そして、その後、防御魔法が得意な盾役のグスタフの求めに応じ、遠慮なく魔法を使った攻撃を撃ち込むという稽古をみんなに披露すると、私は適度な疲れと空腹を抱えて屋敷へと戻っていった。
行きと同じようにジローの背に揺られながら、
(結局、訓練場の整備が大変になっちゃったわね)
と炎や氷の魔法で焦げたり亀裂が入ってしまった訓練場の地面のことを思って苦笑いを浮かべる。
そして、無事厩舎に着くとどこかご機嫌な様子のジローをたっぷりと撫でてあげてから自室へと戻っていった。
部屋に入るなり、
「ただいま。食事の前に軽く汗を流せるかしら?」
と聞く私にメイドのユリアが、
「ご準備できております」
と言ってくれる。
(ああ、なんて素晴らしい環境なのかしら……)
と、いつもながら仕事ができるメイドたちに感謝しつつお風呂で軽く汗を流した。
またユリアに髪を梳いてもらってから楽な服に着替え、部屋で軽く食事をとる。
その日の昼はパスタを中心にしたコースで、稽古でお腹が空いているだろう私のためにいつもよりほんの少し量が多めになっていた。
そんな食事を食べ終えて食後のデザートに紅茶のムースをいただいていると、そこへ執事のユリウスが一通の書状を持ってやってきた。
「ゼクト様からでございます」
と言って手渡されたその書状を見ると、そこには今回の婚約破棄に関する大まかな内幕が書かれていた。
結論から言うと、キリシア公国の第一公女ジャニス・エル・ド・キリシアが私への嫌がらせと将来的な自身の勢力拡大を狙って行ったものらしい。
要するに、目先で少し損をしてもいいから将来の王の伯母として権勢を振るうための布石を打ってきたということのようだ。
(バカバカしい……)
と思いながらその書状をユリウスに戻す。
そして、
「それをお父様にもお見せしてきて。あと、これからゼクト兄様にお返事を書くから早馬でお願いね」
と言うと、私は再び紅茶のムースに手を付けた。
午後、自室に入り執務机の前に座る。
(ニールさんの料理は天下一だと思うけど、デザートはもう一歩なのよね……。美味しいんだけど、乙女心ってものがわかっていない節があるわ)
と思いつつ、ゼクト兄様への返事を書く。
内容は至って簡単で、
今回の件は目先の利益を優先してできるだけ果実を得て欲しい。将来的なことはどうとでもなる。今は中央での牽制拡大よりも自国の発展を優先すべき時だと考えているがどうか?
というようなものだった。
そして、その文末で王宮のメイド、シェリーのことに触れる。
まずはシェリーの身の上を心配し、必要なら私の元で引き受けるつもりだ、いや、なんなら積極的に引き抜いて欲しいと綴った。
(あのマカロンの味は、あのロリコンにはもったいないわ)
という少しの愚痴を心の中でつぶやく。
しかし、私はそれ以上に、
(シェリーの腕と私の前世の知識があればこの国……いえ、この世界のお菓子に革命をもたらせるかもしれない……)
という思惑の方を強く抱いた。
そんな手紙を書き終え、ユリアに頼んでジャスミンの香りがする紅茶を入れてもらう。
ひと口飲むとその華やかな香りが私の鼻腔をそっと駆け抜け、心を軽くしてくれるような気がした。
「ふぅ……」
と軽く息を吐き、午後の日に染まる窓の外を眺めた。
少しオレンジ色を増した午後の日に照らされて公城の木々が煌めいている。
「……綺麗ね」
と誰にともなくつぶやくと、側にいたユリアが、
「はい。このお城はとっても美しゅうございます」
と嬉しそうに目を細めながらそうつぶやき返してくれた。
「うふふ。その美しさをこれからも守って行かなければね」
と私も微笑みながらそんな言葉を返す。
そして私はもう一口紅茶を飲むと、
「人の心もこうありたいものね……」
と少しため息交じりにそんな言葉を口にした。
やがて、ユリウスを呼んで手紙を預ける。
そして、私はゆっくりと席を立つと、
「さて。今日の晩餐はなにかしら?」
とユリアに冗談を言い、普段着のまま食堂へと向かっていった。
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無敵の公女様(ビーナス)! タツダノキイチ @tatsudano-kiichi
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