第4話 帰省02
翌朝。
(あら。この腸詰美味しいわね……。ハーブの香りがとってもいいわ)
などと思いつつ美味しく朝食をいただいてから準備を整え、さっそく宿を出る。
ここから公城までは2日。
途中ちょっとした峠はあるが、それ以外に難所らしい難所はない。
私は農作業に精を出す国民たちに感謝し、その姿を愛おしく思いながら順調に歩を進めていった。
そして、2日目の夕方。
公城の門をくぐる。
見事な礼で私を出迎えてくれる衛兵たちに軽く手を振り城の中へ入っていくと、広い庭を回り込むように移動し、家族だけが使う比較的小さな玄関へと回った。
(入った瞬間抱き着かれたりするんだろうな……)
と思いつつ、門番が開けてくれた扉をくぐると案の定そこには父がいて、
「ああ……、ミーナ……」
と涙ぐみながら手を広げ、勢いよく私を抱きしめてきた。
「ただいま帰りました」
と苦笑いしながら、帰還の挨拶をする。
そんな私に父は、
「大丈夫か?どこか痛くないか?ああ、もう、なにから心配していいのか……」
と言って涙を流しながら私の頬を優しく両手で包み込んできた。
「大丈夫です。お父様。そんなことより私、お腹が空きましたわ」
と軽く冗談を言ってみせる。
すると、父は、
「すぐに晩餐の支度を!」
と側にいた執事に命じ、
「大丈夫だよ。今日も美味しいご飯をたくさん作らせておいたからね」
と泣き笑いでそう言って優しく私の肩を優しく撫でてくれた。
「うふふ。お父様、私は本当に大丈夫ですわ」
と、また微笑んで見せる。
しかし、父にはそれが強がりで痛々しいとでも映ったのだろう。父はまた私を強く抱きしめると、
「泣きたい時は泣いていいんだよ……」
と優しくそう言って私の背中を優しく撫でてくれた。
そんな父の、少しだけトンチンカンな優しさを心から嬉しく思い、私もその背中に手を回す。
そして、その広い胸にそっと額を預けると、
「大丈夫ですわ。ミーナは強い子ですから……」
と、まるで幼いころに戻ったような口調で優しく父に語り掛けた。
その後、ようやく泣き止んだ父が目元をハンカチで拭いながら、
「さぁ。ご飯を食べよう!」
と少し無理をした笑顔でそう言ってくる。
私はそれに、
「はい。もう、お腹ペコペコです」
と半分本気、半分冗談で明るくそう応え、父と一緒に城の中心にある私たちの住まいへと歩いていった。
まずは自室に戻って旅装を解く。
私は少し迷ったが、あえてドレスではなく、家事修行をする時に使っていた動きやすいワンピースを選んだ。
「あの、ミーナ様……!?」
とユリアは驚いたような顔を見せたが、そんなユリアに、
「こっちの方が動きやすくて楽だから、今日はこれにさせて?」
と言って自分でさっさとその作業着にしては豪華な、ちょっとした商家の娘さんが着るおしゃれ着といった感じのワンピースに着替え始める。
そんな私を見てユリアは驚いたような顔を見せていたが、着替えが終わると、
「せめて御髪を」
と言って、私の髪を綺麗に結い直してくれた。
「ありがとう」
と礼を言ってユリアに微笑みかける。
すると、ユリアは、
「いえ。ミーナ様は一度言い出したら聞かない方ですから」
と言って少し困ったような笑みを浮かべた。
「うふふ。そうね」
と私も苦笑いを浮かべる。
そして、
「晩餐のご用意が整いました」
と言って呼びに来てくれたメイドに案内され、私は慣れ親しんだ実家の食堂へと足を向けた。
食堂に入り、
「えっと……、ミーナ?」
と絶句に近い言葉を発した父に、
「申し訳ございませんが、今日からは出来るだけこういった楽な恰好をさせてください。ああ、もちろん人前ではいたしませんから、ご安心を」
と言って微笑む。
すると父は少しぽかんとしながらも、
「うん。ミーナは何を着てもすっごく可愛いよ」
と少しズレた言葉を掛けてきた。
そんな父のおおらかさに感謝しつつ席に着く。
そして、次々と運ばれてくる料理を美味しくいただいた。
食後、
(あの鴨のローストは良かったわ。肉質がいいのもあるけど、火の通し加減が絶妙で鴨独特の筋張った感じもなかったし。あとで、ニールにお礼を言っておかなきゃ)
と相変わらず腕の良い我が家の料理長のことを思いながら、デザートにラズベリーがたっぷりとのったチーズケーキを食べる。
そんな私に、父が、
「お腹は落ち着いたかい?」
と少し心配そうに微笑みながらそう声を掛けてきた。
「ええ。おかげ様で大満足でしたわ。あとでニールにお礼を伝えたいくらいです」
と明るく微笑みながらそう返す。
すると、父はにこりと微笑んで、
「それは良かった……」
と気のせいでなければ少し涙ぐみながらそう言ってくれた。
「やだ。お父様ったら……」
と笑いながらも父の優しさを想う。
しかし、私はその幸せに浸るのを少しだけ我慢して、
「では、詳しいお話をさせていただきますね」
と言って父にやや真剣な眼差しを向けた。
そんな私に父が重々しくうなずいたのを見て、私は今回の顛末を話し始める。
すると、みるみるうちに父の顔が厳しさを増し、剣豪とか剣鬼と呼ばれ恐れられている父のもう一つの顔が如実に現れてきた。
そんな父に私は、
「冷静になってくださいましね?」
となるべく優しく声を掛ける。
すると父はハッとしたように表情を緩め、
「すまない。……家族に見せていい顔ではなかったね」
と素直に反省の言葉を口にしてくれた。
「いいえ。それがお父様の優しさだとわかっておりますので」
と微笑んで返す。
そんな私に父は少し照れたような笑顔を見せると、
「そうやって微笑む姿は本当にユーリそっくりだ……」
と言って懐かしそうに目を細めた。
そんな父に、
「うふふ。私お母様に似てきているのですね……」
と答えて私も懐かしさに目を細める。
そして、私たち親子の間に少ししんみりとした空気が流れたが、私はその空気をそっと払うように、
「とにかく、この一件は当面の間ゼクト兄様と私にお任せください。お父様のお気持ちもわかりますが、私たちには私たちのやり方がございますので、ご理解いただけると助かります」
と言い、もう一度父に真剣な眼差しを向けた。
父が私の目をじっと見てくる。
私はその視線を正面から受け止め、無言で父を見つめ続けた。
「……。わかった。任せよう」
という父のひと言に、
「ありがとう存じます」
と言って頭を下げる。
すると父は、
「とにかく無事でよかった。とりあえず明日はゆっくりしなさい。今日はあえて遠慮してもらったけど、ミリーもアリアもとっても会いたがっていたからね」
と柔らかく微笑みながらそう言ってくれた。
「うふふ。じゃぁ、明日は朝からとっても楽しくなりそうですわね」
と微笑む私に父も微笑みながら、
「ああ。特にアリアは毎日ミーナに会いたいと言っていたからね。きっと朝からべったりだよ」
と言ってくる。
私たちはそんな家族の話題でひとしきり盛り上がると、少しだけ寂しい気持ちを抱えつつ、それぞれの部屋へと戻って行った。
自室に戻り、お風呂に入る。
一人用の小さな浴槽に浸かりながら、
「ふぅ……」
と息を吐いて、なんとなく物思いにふけった。
先程、話に出て来た亡き母のことを思い出す。
母は私が5歳の時に亡くなった。
その記憶は曖昧で朧気ながら、強くて優しい人だったことをしっかりと覚えている。
そして、本当に小さい頃、母に見せてもらった花火の魔法を思い出した。
(あの花火すごかったな……。あ、そうだ。明日アリアにも見せてあげようかしら?……ああ、でも町の人たちをびっくりさせちゃいけないから急には無理よね……。そのうちお父様に許可をとったら特大の花火を見せてあげましょう)
と思いながら目を細める。
父曰く母は「煉獄の魔女」という物騒な二つ名で呼ばれるほど火魔法が得意だったそうだ。
そんな母に憧れて私も小さいころから火魔法の練習には人一倍熱心に取り組んできた。
父は今でも母のことを語る時、
『いやぁ、若い頃は二人して無茶をしたものだよ……』
と言って懐かしそうな、しかし、どこか気まずそうな顔をする。
そんな父の顔を見ていると、私もつられて、
(ああ、お母様って本当に素敵な人だったんだろうな……)
と思い心から嬉しい気持ちになったものだった。
そんなことを思い出しながら、また、
「ふぅ……」
と息を吐いて軽く伸びをし、お風呂から上がる。
そして、ユリアに髪を梳いて乾かしてもらうと、ベランダに出て風に当たりながら町の灯りを眺めた。
(あのひとつひとつに営みがあって、私たち貴族はそれに支えられているのよね……)
と思って感慨深くその灯りを見つめる。
そして私は、
(国母になることはできなくなったけど、私にはこの国を守っていく責任があるのよね……。これから先、どんな人生が待ってるかわからないけど、私は私にできることを一生懸命するだけよ。もう、迷わないわ。私きっと自分のやりたいようにやって素敵な人生を送ってみせる!)
と自分に自分で誓いを立てると、部屋に戻り、明日という日に向かって今日という一日に幕を閉じた。
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