第1話 目的
グランハザニャ大陸、冒険者の街クルセラタウン──
居酒屋の店内は今日も賑わいを見せていた。
壁には色あせた冒険者たちの記念写真が貼られ、粗雑な木製テーブルには酒瓶や料理の皿が所狭しと置かれている。
冒険者たちの笑い声や大声が飛び交う中、エルナンはカウンター席に腰掛けて、オレンチェジュースをゆっくりと飲んでいた。
店主は皿を磨きながら、ちらりとエルナンに目を向けた。手袋をしているその姿が妙に気になったのだろう。
「兄さん、なんだい両手に手袋なんてしてよ」
何気ない問いかけに、エルナンは眉をひそめたが、すぐに軽い調子で答えた。
「別になんだっていいだろー」
その返事を聞くと同時に、脳内に響く魔獣ザグラの声。
『そうだ、なんだっていい!!』
声はどこか陽気で楽しそうだ。
『この飲み物、美味しいな!!』
(だろ……俺の好きな飲み物だ)
エルナンは心の中でザグラに返事をしながら、店主の興味をかわそうとする。
やれやれ、と店主は肩をすくめながら、笑みを浮かべた。
「そういえば、最近この辺で人型の魔獣がよく目撃されてるらしいぞ。兄ちゃんも気をつけたほうがいい」
その言葉に、エルナンは一瞬だけ表情を硬くした。しかしすぐに肩をすくめて答える。
「へいへい、気をつけますよー」
ゴクゴクとジュースを一気飲みし、エルナンは立ち上がった。
店主は立ち去ろうとするエルナンの背に呼びかけた。
「なんでも、獣の手に漆黒の翼を持つらしい。やつの名をこう呼ぶらしい──」
その言葉に、エルナンは振り返り、店主を指さして言った。
「黒翼の冒険者だろ?」
店主は目を丸くして笑いながら答える。
「ああ、そうだ。気をつけろよな若い冒険者」
「おうよ……」
エルナンは軽く手を振り、居酒屋を出ようとするが、その直前、店主が肩を叩いた。
「おいおい、金を払うの、忘れてるぞ?」
「げっ、バレてたかよ……いい感じの雰囲気になってたのによッ」
不機嫌そうに右ポケットから小銭を取り出してテーブルに置く。
「これでいいだろ!!」
店主はおもむろに小銭を数える。
「10ゴールド足りないぞ……」
エルナンは舌打ちしながら追加の10ゴールドを投げるように渡し、勢いよく居酒屋を後にした。
居酒屋を出たエルナンは、薄暗い街の通りを歩いていた。
夜空には三日月が浮かび、ランタンの明かりが通りをぼんやりと照らしている。
『恥ずかしいな、エル』
ザグラが愉快そうに笑う声が頭の中に響く。
「うるせえよ。ったく、何が気をつけろだよ。俺はただの冒険者だっつーのによ」
『ははは、お前だって半分の魔獣のキメラを見れば驚くだろう?』
「……確かにな。でも、ひでえよ、全くよ」
エルナンはふと立ち止まり、手袋をはめた自分の手をじっと見つめた。
その下に隠されている魔獣の腕の感触が、皮膚を通して微かに伝わってくる。
『本当にこの街にオムニストーンの手がかりがあるんだろうな?』
「ああ、ある。ここは世界最大の冒険者都市。会えるはずだ……勇者ベルゼに……!!」
勇者ベルゼ=パグ。
その名は大陸中に知れ渡る伝説の探検家であり、五大冒険者の一人である!!
「やつならオムニストーンを持っていてもおかしくねえ」
『でもよお、そんなの渡してくれるかあ?』
「ふん、何があってでも奪い取る。たとえ、殺し合いになってでもな……!! あいつを殺すためなら、俺はなんだってやる」
夜風が吹き抜け、エルナンのマントをはためかせる。
背中には復讐心と覚悟が重くのしかかっていた。
通りを歩き続けていると、広場に設置されたギルドの掲示板に人だかりができているのが見えた。
新しい依頼が張り出されたらしい。
エルナンは特に気にせず通り過ぎようとしたが、冒険者たちの声が耳に入る。
「おい、聞いたか? 勇者ベルゼが近くの遺跡に現れたらしいぞ」
「マジかよ!! あの人に会えるなんて滅多にないぜ!」
「しかもオムニストーンがどうとか……」
その言葉に、エルナンの足が止まる。
「……ベルゼが?」
『おいおい、これは面白くなってきたな』
エルナンは拳を握りしめ、小さくうなずいた。そして心の中で決意を固める。
(待っていろ、ベルゼ。俺の目的のために、お前の持つオムニストーンをどんな手を使ってでも奪い取る)
その瞳には、復讐の炎が揺らめいていた。
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