第1章 たどり着いた先は未来の学園

第4話 ゴミ捨て場で寝てるような大人にはなりたくなかった

「――……ですか? あの、大丈夫ですか?」


 微かに耳に届いた声。

 どこか遠くから響いているようで、現実感が薄い。そっと目を開けると、ぼやけた視界の向こうに見慣れた蒼い髪が揺れているのが見えた。


「……あ、あぁ。――裂け目は? 何とか、なったのか? 痛てて……お前の方も無事か、シエラ……」


「……え?」


 俺の問いに、何故か一言だけ声を漏らし、そのまま返事がない。


 かすんでいた視界が徐々に鮮明になり、やがて目の前の人物がシエラではないことに気づいた。

 シエラのものよりもさらに濃い蒼の髪を風に揺らし、見知らぬ少女が、心配そうにこちらを覗き込んでいる。


「……ここは?」


 慌てて上半身を起こし、周囲を見回す。

 目の前に広がるのは、さっきまでいた森とはまるで異なる光景だった。

 青々と生い茂る木々の代わりに、廃棄物が積み上げられた巨大なゴミの山。そしてその遠く向こうには高層ビル群が霞んで見える。


「……ゴミ処理場ですけど」


 少女が俺の問いに淡々と答えた

 その目には若干の困惑と不審の色が浮かんでいる。


 よく見ると、その服装も見慣れないものだ。

 グレーを基調に白のリボンがあしらわれたセットコーデ。洗練されたデザインの制服らしき衣装で、まるで日本の高校制服とアイドル衣装を掛け合わせたような不思議な服装だ。


 不意に吹いた風が、懐かしくも、思い出したくもない不快な臭いを運んでくる。


「……臭いな」


「それは……ゴミ処理場ですから。――あの、本当に大丈夫ですか?」


 少女が再度、怪訝そうな顔で俺に問いかける。

 まぁ、そうだよな。ゴミ捨て場で寝てた大人なんて、不審者以外の何者でもない。

 どこの世界の繁華街でもたまに見かける光景だが、その度にああはなりたくないと思ったもんだ。


「あぁ、すまん。大丈夫だ」


 何か言い訳を考えようとしたが、頭が回らない。とりあえず立ち上がり、服についた汚れを手で払う。だが払うたびに変な臭いが立ち上がり、思わず顔をしかめた。


「びっくりしました。こんなところで人が倒れているなんて」


 少女は軽くため息をついて立ち上がり、ふと表情を和らげ笑ってみせた。


「でも、大きな怪我もなさそうでよかったです」


 さっきまでの警戒は、俺の怪我を心配してだったのか? こんな不審者相手に、随分と親切な子だ。


 もう一度周囲を見渡す。

 遠くに見える近代的な街並み――それは、明らかにさっきまでいた世界のものとは違う。

 まさか……俺は日本に戻ってきたのか?


「わるい、いくつか聞きたいことがあるんだが――えと、俺の名前は"ジン"だ。とりあえず名前を聞いてもいいか」


 ゴミ処理場で女子高生をナンパするつもりは無いけれど、とりあえず名前を知らなければ会話も進められない。


「あ、え? 名前……ですか?」


 悪気は無かったのだが、少女は明らかに動揺して口ごもる。


「いや、変な意味じゃない! ほら、この通り、俺は別に怪しい者じゃないから」


 素早く立ち上がり、両手を広げてその場でグルリと回った後に、精一杯爽やかに笑ってみせる。

 幸い(?)持っていた短剣など物騒な物は全て裂け目の中で落としたようだ。


「ご、ごめんなさい。怪しんだわけじゃないんですけど……。あの、ジンさんは他の街から来られたんですか?」


 ふと視線を逸らしながら、少女は困ったように質問をはぐらかす。まぁ、見知らぬ男にいきなり名前を聞かれて素直に答える女子高生もいないだろう。これ以上怪しまれないよう、話を合わせる。


「あぁ。少し遠くからな。それで、道に迷ったんだ」


「道に迷って……ゴミ処理場にたどり着きますか、普通」


「それが、たどり着いたんだよ。普通に」


 そう言って無害なおっさんを装い笑ってみせるが、少女から再び怪訝な視線を送られてしまった。


 事の経緯を説明しようにも、とても信じて貰え無さそうだし……どう話を続けたものかと悩んでいると、ふいに背後のゴミの山が音を立てて小さく崩れた。


「――あ、危ないです!」


 少女の声が上がると同時に、視線を向けた先――


『ギィ! ギギギギ!』


 ゴミの山から姿を現したのは、小柄な緑色の体――ゴブリンだ。

 薄汚れた肌に錆びたナイフを握るその姿を見た瞬間、日本に帰ってきたかもしれないという俺の仮説は、残念ながらあっさりと否定された。


「あの! 離れてください、危険ですから!」


 少女がゴブリンから距離を取りながら俺に叫ぶ。

 この状況でか弱そうな女子高生が冷静に対処しているあたり、この世界でもゴブリンは大した脅威ではないのだろう。


 それなら――


「大丈夫だ。任せておけ」


 少女を庇うように一歩前へ出る。


 周囲は不安定に積まれたゴミの山。

 可燃性のガスが発生している可能性もある。炎や岩の魔法は避けるべきだろう――氷結系の魔法で氷漬けにするのが無難か。


 いつも通り、略式で魔法を発動させようとして――重大な事実に気付く。


「――は? マナが、ない?」


 どんな場所であれ、少なからず大地に存在するはずの、魔力の源である“マナ”。

 それがこの周辺一帯から一切感じられないのだ。


 困惑する俺を見て、反撃の手段が無いと悟ったのかゴブリンが勢いよく飛びかかってくる。


「うお、ちょっと待て! 危ないから!」


 錆びたナイフの一撃をギリギリでかわす。


「あ、あの! 本当に大丈夫なんですか?」


「だ、大丈夫だ! 任せとけ!」


 いくら魔法が使えないとはいえ、ゴブリン相手に女子高生を戦わせるわけにはいかない。

 ……とはいえ、長らく魔法に頼り切っていたせいで身体が追いつかない。すばしっこいゴブリンの攻撃を避けるのに手いっぱいで、防戦一方だ。


 ナイフの横薙ぎを避け、後ろに距離を取ろうとしたところ――足元のゴミの塊が大きく崩れた。


「――やばっ!」


 大きくバランスを崩し、地面に片腕をついて倒れ込んだところにゴブリンが勢いよく飛び掛かってくる!

 手に握られた錆びたナイフ――さすがにあのひと突きで死にはしないだろうけれど、これだけ衛生環境の悪い場所での刺し傷は後が怖い。


 少しでもダメージを避けるため、急所を守るように蹲ったところ――

 突然飛来した閃光がゴブリンの足元で炸裂し、小さな火柱を上げた。


「――ファイヤーボール!?」


 飛んできた火の玉は、明らかにマナを帯びた魔法だ。いったいどうやって……?


 火球の飛んできた方を振り返ると、そこにはさらに驚く光景が。

 先程の少女が、イカつい銃を両手で構え、こちらを狙っていたのだ。

 いや、何か違う。 銃は銃でも、俺が知っているような拳銃よりも一回り大きく、銃身に奇妙な光のラインが走っている。


 その銃口からは微かな硝煙が立ち上り、排出された薬莢が地面で跳ね、微かな金属音を響かせた。


「ごめんなさい。やっぱり危なそうなので、私がやりますね!」


 魔法を警戒して距離を詰めれずにいるゴブリンに向かって、少女はさらに数発銃を打ち込む。


『ギ、ギギギッ!』


 勢いよく放たれた火球がゴブリンの足元で次々と炸裂し、そのうちの一つがゴブリンの右肩あたりを直撃した。


『ギ、ガァーーー!』


「あっ……!」


 ゴブリンが悲鳴を上げると同時に、少女は何故か戸惑うような声を上げ、さっと銃を下ろす。


 致命傷とまではいかないが、片腕に大きな傷を負ったゴブリンは、もう片方の腕で傷を抑えながらゴミの山へと逃げていった。

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