第2話 もう一度世界を救ってやろうじゃないか
ジンと少女が森の開けた広場にたどり着くと、そこには不気味な光景が広がっていた。
宙に大きな亀裂が口を空け、全てを吸い込むように突風が大気を巻き上げている。草木が唸るように揺れ、裂け目から放たれる淡紫色の閃光が夜闇を切り裂いて光を放つ。異常な魔力場のせいか、周囲の風景が歪むように揺らいで見える。
「ま、まさか本当に存在したなんて……“世界の裂け目”。初めて見ました」
少女の声は震えていた。これがただの突発的な自然現象ではなく、重大な災厄の前触れであることを本能的に悟っているのだ。
「あぁ。俺もだ」
ジンも険しい表情で裂け目を睨みつけた。
風に乱れる髪を手で押さえながら、眉間に深い皺を刻む。
「ったく、魔王を倒したと思ったら、今度は世界ごと崩壊させかねない天変地異を調査してこいとか……ホント、人使いが荒いにも程があるってんだ」
その言葉には軽口を装う余裕が見えたものの、目の奥では隠しきれない焦りの色が揺らぐ。
「師匠! 急いで王都に戻って報告しましょう。こんなの、魔導士団を率いて来ないと無理ですって!」
慌てて引き返そうとする少女の提案に、ジンは首を横に振る。
「――ダメだ。裂け目の進行が想定よりも早すぎる。ここから王都まで、俺たちの足でも二日はかかるし、団体を率いて戻るとなると一週間は必要だ。それまで持ちこたえられるとは思えない」
「じゃあ、どうすれば!?」
少女が動揺して声を上げると、ジンは一瞬裂け目から目を離し、真っ直ぐに少女の瞳を見つめた。
「――俺たちで閉じるぞ」
その言葉に、少女の目が大きく見開かれる。
「――えっ!? 無茶です! いくら師匠でも、相手は史上最凶の魔法災害ですよ。巻き込まれたら、それこそどんな異世界に飛ばされるかも分からないし、最悪存在ごと時空の彼方に消え去るんですよ!」
「けれど、今ここでやらなきゃ、この世界の全ての人が同じ危機にさらされるんだぞ」
ジンの声は穏やかながらも、その語気には揺るぎない決意が込められていた。
その瞳は一切の躊躇いなく、目の前の危機をただ真っすぐと見据えている。
少女はその目を見て、小さくため息をついた。
(師匠がこんな顔をしたら、もう何を言っても聞かないんだから)と心の中で呟き、覚悟を決めたように口を引き結んだ。
「はぁ。やっぱり、師匠はどうしようもなく英雄ですよ。私なんかじゃとても追いつけない……」
少しいじけたように肩を落としてみせる。
「何だ、突然? 別にそんな大層なもんじゃないさ。俺はただ魔法が好きで、がむしゃらに追いかけてるうちに面倒事にまきこまれてるだけだ」
ジンは肩をすくめて軽く笑った。
「前に話したことを覚えてるか? 俺の元いた世界じゃ、魔法なんて存在しなくて、子供騙しの夢物語だったんだ。それがこの世界じゃ、無限に近い可能性を秘めてそこら中に溢れてる」
ジンの視線が静かに裂け目に向けられる。
「なぁ。お前も好きだろ、魔法? 魔法の事になると、誰よりも夢中に目をキラキラさせてるお前を見てるとさ、こいつなら俺を越えられるんじゃないかって思ったんだよ」
少女はジンの言葉に驚いたように顔を上げた。
「お前は期待通り、いや期待以上の才能を見せつけてくれた。俺が知る限り、世界で一番可能性に富んだ魔法使いはお前だ。だから――頼む、力を貸してくれ。俺はこの世界を消されたくないんだ。この世界が好きだから」
ジンの言葉に、少女は静かに顔を上げた。その表情には、もう迷いはなかった。
「いい顔だ。じゃ、もう一度世界を救ってやろうじゃないか――俺とお前で!」
裂け目の前に立ちはだかると、ジンは素早く手を動かし、次々と複雑な魔法陣を展開していく。
地面に浮かぶ文様は絡み合い、まるで大地に刻まれた精密な機械時計のようだ。それらが光を放つたび、周囲の闇が一瞬にして押し返される。
辺り一帯を覆うように広がる魔法の輝きが、暴走する力を封じ込めるかのように徐々に収束し裂け目を押し縮めていく。
――だが、その威容も束の間。
裂け目から放たれる異様なエネルギーが魔法陣を次々と押し破る。ガラスが砕け散るような鋭い音とともに魔法の光が弾け、輝く粒子となって辺りに飛び散った。
「ックソ、どれだけ張っても足りねぇ!」
ジンは額に汗を浮かべながらさらに魔法陣を重ねていく。
新たな文様が空間を埋め尽くし、裂け目を包囲するが、その度に裂け目の力は暴風となって吹き荒れ、ジンの魔法を次々と粉々に砕いていく。
「魔力と情報量が桁違いだな。閉じる傍からそれ以上に裂けていく……!」
額に汗を浮かべ、ジンの表情が徐々に険しくなる。
「――師匠は裂け目の縫合にだけ集中してください!」
ジンの隣に駆けつけた少女が、毅然とした声で言い放った。
さっきまでの怯えた顔は跡形もなく消え去り、その瞳には偉大な魔法使いの弟子としての決意が確かに宿っていた。
「魔力の安定化と周囲への被害軽減は私の方で!」
少女が展開した魔法陣は、ジンの魔法陣と複雑に絡み合い、輝きながら融合していく。 その模様は精緻で力強く、まるで森の中に浮かぶ一幅の絵画のようだ。
「お前……いつの間にこんな術式を」
「当たり前じゃないですか! 誰よりも傍で――師匠のことを見てきたんですから!」
少女が手を大きく振ると、無数の魔法陣が一斉に眩い光を放ちだした。辺りが一瞬にして昼のような明るさに包まれる。
「――フン、やるじゃねぇか。この世界で面白い事ももう無いかと思ってたが、まだまだ捨てたもんじゃないな」
ジンと少女は裂け目に向かって腕を伸ばし、全身の魔力を込めた。
二人の放つ力が魔法陣を通じて渦を描き、裂け目を包み込む。
「師匠、頑張ってください! あと少しです!」
「黙ってやれ! てか、普通は俺が励ますほうなんだよ!」
憎まれ口を叩きつつも、二人の息は完璧に合っている。裂け目は次第に縮まり、その輪郭がぼやけ始める。
やがて――
「や、やった……やりました!」
少女が声を弾ませた瞬間、裂け目は完全に閉じた。
「あ、あぁ」
静寂が訪れる中、二人はその場にへたり込むように座り込んだ。
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