世界を救った最強魔法使い、今度は未来で学園教師をやることに ~未来で始める魔法の再興~
アーミー
プロローグ ニ度目の異世界転生
第1話 冒険が終わった後の世界
深い森の中、木々の間を縫うように少女が歩いていた。木漏れ日が揺れるたびに、薄緑の瞳が光を受けてきらめく。年齢からすればまだ少女と呼べる年頃だが、その表情には大人びた落ち着きと知性が漂っている。
「師匠ー! ちょっと置いてかないでくださいよ。どこまで行ったんですかー!?」
柔らかな声が森に響くが、返事はない。少女は軽く息を吐き、小枝を踏み越えながら苔むした道を慎重に進んだ。ようやく開けた場所にたどり着くと、目の前には小高い丘が現れる。
「……あ、居た!」
丘の上に見えたのは、岩に腰掛けて景色を眺める一人の男。その背中はどこか無造作だが、風格がある。少女は安堵と苛立ちを同時に覚えながら、小走りで丘を登っていく。
「ちょっと、か弱い女の子を一人置いて先に行くって、どういう神経してるんですか!」
息を切らしながら腰に手を当て、頬を膨らませた。その様子はまるでふくれたリスのようだが、文句を言うその瞳には、どこか信頼と尊敬の色が混じっている。
「何だよ、若いくせに情けないな。こんなおっさんに置いてかれてんじゃねぇよ」
男は振り返らず、岩に肘をつきながらあくびを漏らした。その声は低く落ち着いているが、どこか子どもをからかうような軽さがあった。
「無茶言わないでくださいよ!」
少女が苛立たしげに声を上げる。
「かつて魔王を倒し、世界中の魔物を封印した伝説の英雄"ジン・オルディナス・マギア"についていける人間が、この世界に何人いるっていうんですか!」
その言葉に、ジンと呼ばれた男は鼻で笑った。
「まぁ、実際のところ、その若さでこの未踏の秘境を探索できてるだけで大したもんだ。お前を連れてきて正解だったよ」
思いがけず褒められて少女は一瞬驚いたように目を丸くしたが、すぐに顔を赤らめ、恥ずかしそうに微笑んだ。
「さて、目的地はもう近くのはずなんだが……日も陰ってきたし、今日はこの辺で野営にするか。準備してくれ」
ジンが立ち上がり、腰に下げた短剣を軽く引き抜いて木の幹に当てる。軽い音とともに落ちた枝を拾い上げる姿に、少女は張り切った声で応じた。
「分かりました! 私、水を汲んできますね!」
夕暮れが濃くなり、丘全体を黄金色の光が包み込む中、二人は手際よく野営の準備を進めていった。
――
やがて日が暮れ、空は紫から深い藍へと変わっていく。遠くの森に月明かりが降り注ぎ、その輪郭がぼんやりと浮かび上がった。風が吹くたびに木々がざわめき、夜の静けさが丘の上に降りてくる。
焚火の小さな炎が、柔らかく闇を照らしていた。その暖かい光の中で、ジンは黙って薪を火にくべている。薪が弾ける音が、夜の闇を切り裂くように響く。
「……そういえば、何年になる?」
唐突に口を開いたジンに、少女は顔を上げた。
「何がですか?」
「お前が俺の弟子になってからだ」
少女は少し考える仕草を見せ、指を折りながら答えた。
「えっと……次の夏で5年ですね」
「そうか」
短く返したジンの声には、何かしらの感慨が込められていた。火の明かりがその横顔を照らし出すが、表情は読み取れない。少女は少し気まずそうに視線をそらした。
夜風がそっと丘の上を通り抜け、焚火の炎が揺れる。その一瞬だけ、遠い記憶が二人の間を通り過ぎたようだった。
「……また、故郷のことを考えてました?」
少女の問いかけに、ジンは答えなかった。焚火の薪を一つ手に取り、炎の奥をじっと見つめる。その横顔は懐かしい場所を思うようで、言葉を飲み込んだような静けさが漂っている。
「“ニッポン”でしたっけ。こことは別の世界……異世界なんですよね」
少女の声が夜風に溶けていく。再び問いかけられても、ジンは何も言わず、視線を夜空へ向けた。焚火の明かりが彼の横顔を照らすたび、満天の星がその奥で瞬いている。
「師匠がこの世界に来たのが私と同じ18歳の時ですから……もう16年ですね。――やっぱり、今でも帰りたいですか?」
問いが続く。少女の瞳はまっすぐジンに向けられている。沈黙を急かすように、夜風が一つ丘を駆け抜けた。
ジンは微かに肩をすくめ、焚火に薪をくべながら低く答える。
「どうだろうな。元々家族仲も良くなかったし、友達と呼べるような人間もいなかった。こっちに来た頃はむしろせいせいしたと思ってたが……こうやって歳を取ると、自分がこの先どう生きていくべきか、改めて考えるんだよ」
その言葉には、微かに寂しさが滲んでいた。少女は言葉に詰まり、焚火の炎をじっと見つめる。燃える薪が弾ける音だけが二人の間に響く。
少女は一瞬息を飲んだあと、努めて明るく口を開いた。
「ど、どうしたんですか! 師匠らしくない! なんかシワシワのおじいさんみたいですよ!」
ジンはその言葉に、わずかに肩を揺らして笑う。
「はは。お前から見たら俺もジジイみたいなもんだろ」
「べ、別にそんなことないですよ! 私は30代とかも全然許容範囲っていうか……あ、変な意味じゃないですからね! 一般的に、って話で。師匠は全然そういう風には見れないですけど!」
顔を真っ赤にして慌てて手を振る少女。ジンが苦笑して「そりゃお互い様だろ」と言うと、少女は一瞬がっかりしたように笑顔を引きつらせた。
「それにしても、師匠ってホントに欲が無いですよね。王都に帰れば英雄として地位も名誉も好き勝手できるのに」
「いや、魔王を倒した英雄は、俺じゃなくて"勇者"の方だろう。俺はただの旅の仲間の“魔法使い”だ」
「私、それも頭に来てるんですよ! 実力じゃ絶対に師匠の方が上じゃないですか。それをたまたま唯一魔王にトドメを刺せる聖剣を持ってただけで、あの人だけが英雄みたいに」
少女は拳をぎゅっと握りしめ、悔しそうに眉をひそめた。
「まぁ、いいじゃねぇか。あっちはあっちで権力争いやら王族のご機嫌取りで、忙しいらしいぞ」
皮肉交じりに笑いながら、ジンは勢いが弱まりかけた焚火に薪をくべた。
「ほんと、あの人たち何考えてるんですかね。やっと魔物がいなくなって安心して暮らせると思ったのに、今度は人間同士で領土の奪い合い。偉い人たちって、戦争してないと生きていけないんですか?」
「俺に聞くなよ」とため息交じりに漏らしながらも、ジンは何かを思い出したように「……まぁ、どこの世界でもそこは変らないな」とだけ答えた。
「何にせよ、俺はもう争い事はごめんだ。こうやって気ままに冒険者でもしてる方が俺は――」
そこまで言った瞬間、ジンは口を閉じた。
その目が急に鋭くなり、少女も思わず身を強張らせる。
「……どうしましたか?」
「――シッ!」
ジンは少女の口に手を当て、その声を遮った。
耳を澄ませると、夜の静寂を破る微かな音が聞こえてくる。パキパキ……まるでガラスが割れるような音だ。
「……この音、まさか」
「お前も聞こえるのか? やっぱり、大したやつだよお前は。――行くぞ!」
ジンは素早く紋を結び、魔法で水を生み出して焚火を消した。そして、何の迷いもなく丘の上から飛び降りる。少女も慌ててその後を追った。
宙を落下する最中、ジンの目が森の奥に淡紫色の光を捉えた。
「見えたか!?」
「はい!」
二人は地面に着地する寸前、足元に輝く魔法陣を展開。突風が接地の衝撃を相殺し、二人は無音で森の地面に降り立った。
ジンはその場で風を纏う魔法陣を展開すると、少女に声をかける。
「先に行くぞ、遅れるなよ」
「もちろんです!」
疾風のごとく木々の間を駆け抜け、淡紫色の光を目指す二つの影。動物たちの騒めきが響く森の中、二人の姿は一層勢いを増して駆けていった。
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