「それじゃあ、帰ろうか」

 射殺体が転がるフロアをぐるりと見渡してから、ライラさんは満足そうに一つ頷いて俺に向き直って笑顔を浮かべた。


 連れて来られた時と同じくライラさんに促され、「ごめんねノエルくん、一応これはルールだからね」とエレベーターの中で再び目隠しをされた。


 手を引かれながら建物を出て、辿り着いたワゴン車の後部座席で目隠しを外してもらえた。車種までは詳しくないのでわからなかったが、ここにやって来た時に乗ったワゴン車とは別の車であることはわかった。それでも内側から窓が塞がれているのは同じだった。


 動き出した車に連れて来られたときと同じように揺られ、やがてどこかに辿り着いたのだろう停車してエンジンが切られた。

 呆然としていたせいでどれくらいの距離を走ったのかも定かではなかったが、何時間も乗っていたわけではなかったと思う。おそらく数十分だろう。移動中の外の様子がわからないので時間の感覚もどこをどう移動したのかも覚束なかった。


「着いたよ。おいでノエルくん」

 ここでは目隠しをされることはなかった。車は雑居ビルが立ち並ぶ裏路地のようなところに停まっていた。


 ライラさんが指し示した雑居ビルは少し古そうな見た目は元より、明かりがまったく点いていないせいでそこだけぽっかりと穴が開いたように暗く沈んで見えた。


 隣のビルとの隙間へと歩みを進めるライラさんに従って裏口から雑居ビルの中に入り、暗い通路を進んで小さなエレベーターに乗り込み4のボタンを押す。壊れそうな振動と共に登り始めたエレベーターの階数表示を見上げると、どうやら8階建てのようだった。


「入って。ここが私の事務室だよ」

 辿り着いた4階フロアはやはり明かりは点いておらず、外窓から差し込む夜の街の明かりだけが頼りだった。


 歓楽街というのだろうか、外の派手なネオンの明るさのおかげで黒いコートを纏ったライラさんを薄闇の中で見失うことはなかった。


 開かれたドアをくぐったものの室内に明かりはなく薄暗かった。きっと明かりを点けられない理由でもあるのだろう。いや、充分すぎる理由を経験してきた直後だったことに思い至ってすぐに納得が追い付いてきた。


 事務室と紹介された室内は薄暗いうえにがらんとして寒々しいほど広かった。ほぼ中央にデスクが置かれ壁際に収納棚が二つあるだけだった。

 建物の角度のせいなのか、外から白々しく明滅するネオンの光がくっきり差し込みピンクやブルーの極彩色が室内を彩っていた。


「これが今夜のファイトマネーだよ」

「……ファイトマネー?」

 デスクに腰を下ろしたライラさんから封筒を手渡される。しかし中身が入っているようには見えず、中を覗き込んでみると何やら紙切れが一枚入っているだけだった。

 薄暗くて見間違えているわけではなく、なにか細かい文字や数字が並んだ紙切れだった。


「あの、これは?」

「ノエルくんが今夜のゲームで手にした報酬の明細だよ。そこから借金の返済分を差し引いた額が記載されているんだよ」

 ライラさんの説明通り、封筒から抜き出した紙切れには桁数を数える気にもならない数字が並んでいた。


 明細書というものをどう見て、どう理解するべきなのかわからないため、入っていたときと同じように折り畳んで封筒に戻した。


「……俺、ゲームをプレイするだけって聞かされて連れて来られたんですけど」

「うん、そうだね。ちゃんとプレイしたでしょう、ゲーム」

「しました、けど……」


 確かに、プレイした。

 自室に引き籠もって延々と繰り返しプレイしていたものと同じゲームをプレイした。


 見たことのない筐体とゲーミングチェア。そのチェアを囲む金属質な枠組みのはこ。環境はきっちりと異質でしかなかったが、俺がプレイしたゲームは間違いなく本格オンライン対戦FPS『BATTLE LEGEND WAR』だった。


「私はこういう言い方をするのはあんまり好きじゃないんだけど、今日ノエルくんがプレイしたのは、いわゆるデスゲームなんだよ」

 あんまり好きじゃないと前置きしつつもライラさんの表情は薄闇の中で微笑んでいた。


「デスゲーム……、ですか……」

「噂とか都市伝説みたいな感じで聞いたことってないかな? 地下格闘場で屈強なファイターがルール無用の殺し合いをしてる、とか」

「いや、ちょっと、聞いたことはない、です……」

「噂になるくらいだから一昔前までは本当にそんなことをやってたんだよ。それ自体は別に悪くはないんだけど、ちょっと野蛮だしいつまでも同じだと飽きちゃうでしょ。だから最近は時代に合わせて対戦ゲームを使ったこの形を取り入れたんだよ。アップデートってやつだね。そして対戦形式として最適なのがFPS。これなら複数人同士のチーム戦が行えるし、格闘技みたいに身体の大きなファイターが有利になる体格差も発生しないからすごく平等だよね」

 ピンと伸ばしたしなやかな指先を指揮棒でも振るみたいにくるりと回してライラさんは声を弾ませ続ける。


「本当に便利な時代になったよね。通信環境さえ整えればどこでも会場になるんだから。わざわざリングを設置して実際に観客を入れる必要もないんだよ。さっきのゲーミングチェアと匣と通信設備を移動させて組み立てればいいだけだから、後始末だってとっても簡単なんだよ」

「後始末……」

 防護服たちがチェアから射殺体を引きずり下ろしていた光景が目の前に蘇り、ぶるりと背筋に悪寒が走る。冷え切った室内の寒さとはまるで別物だった。


「一つ問題点があるとすれば、キルされるたびにヘッドセットも一緒に壊れちゃうことかな。後頭部から撃ち抜く形にしてるから仕方ないんだけどね。最初はチェアに座った目の前に銃口が突き付けられてる形で試作してたんだけど、それだとプレイ前からみんな怯えちゃってぜんぜんゲームにならなかったんだよ」

 指先をこめかみに添えてライラさんはわずかに思案する仕草を見せる。けれどやはり口元は楽しかった思い出を語るみたいに微笑んでいた。


「それで、背もたれの後ろに機械が取り付けられていたんですか……」

「うん、そうだよ。何度か試作を重ねていまの形に落ち着いたんだけど、視聴者からは思ったよりも好評なんだよ。キルと連動して後頭部から撃ち抜かれる映像って、こちらが想像するよりずっと見応えがあるみたいだね」

「視聴者って、見てる人がいるんですか……?」

「もちろんだよ。完全会員制の裏サイトでライブ配信してるんだよ。ゲーム内のプレイ動画視点だったり、誰か特定のプレイヤーの表情を映した固定カメラだったりね。わざわざ広い会場を用意して観客を入れるリスクがなくなっただけじゃなくて、プレイヤー視点で臨場感たっぷりなゲームを楽しむことも出来る、本当に一石二鳥だよね。しかもデジタル化したことで賭け金の分配もとってもスムーズになったんだよ。一石三鳥なんて言っちゃってもいいかもね」

「賭け金、って……?」

「観客はみんな勝つチームがどちらか予想して好きな額をベットするんだよ。ベットしたチームが勝てば配当金が支払われる。昔ながらの言い方をすれば賭博だね」


 あのゲーム内容がライブ配信されていた事実に驚いてしまう。いやそれよりも、キルされることで人の頭が撃ち抜かれる映像を見て喜んでいる連中がいることに愕然としてしまった。賭博がどうのこうのなんて遙か彼方に放り投げる勢いでどうでも良かった。


 お気に入りのぬいぐるみを紹介するみたいに嬉々としながらライラさんが説明してくれた話は、確かに驚きはしたが俺の知りたいことではなかった。


 

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