43話 癖

 曇り空から漏れる光が明るさをもたらし私の目を覚ましてくれる。


「…ん〜、あーよく寝たぁー」


 体を伸ばして大きく息を吸う。昨日のことがあったのに皮肉な程に気持ちの良い目覚めである。マリーちゃんの用意してくれたであろうベットは思ったよりも私にあっていて、昨日の疲れが見事に吹っ飛んだ。


ーコンコンー


「マリーちゃん起きたー?朝ごはん持ってきたよー。あけてー」


「はーい。」


「うん、おはようマリーちゃん。」


「おはよう、メリーちゃん。」


「はい、今日の朝ごはん。」


「おお、…お?あれ?おおくね?」


 目の前に出されたのはしっかり一人前あるオムライスと野菜スープそしてサラダだ。見るからにふわふわでとても美味しいそうだが、流石に朝には多すぎる気がする。


「…私もそうだけど、マリーちゃん昨日の夜何も食べてないでしょ」


「あ、そういえば…今日夕食も食べてなければなんなら昼食も食べてないし、お風呂にも言ってない…。う、そう言われるとものすごいお腹が空いてきた…」


「…私も普通に昨日そこらへんのことやるの忘れててさ、さっき同じくらいのオムライス食べたんだよね。ごめんね、流石にお風呂とか食べ物はさすがにつくろうとしてたのに…だから、とりあえず朝は私の一番得意な料理を頑張って作ったから食べてね」


「…うん、いただきます。…うわ、この卵お店で見るぐらいふわふわだ」


 朝ごはんは食べていたとはいえ二食も抜いていたことに気づきお腹が痛いぐらい空いていることを自覚した私はその目の前にあるオムライスが本当に美味しそうに見える。

 お店で見るぐらいふわふわでとろとろの卵を前に我慢なんてできるわけもなくケチャップをつけてそれを口に運ぶ。


「…何このオムライス。食べたことないぐらい美味しいんだけど」


「…ふふ、良かった。じゃあ食べ終わったらお風呂連れてくから前みたいにベル鳴らしてね」


「ふぉわった。」


「…食べなら喋るのはやめようか」


「…ご馳走様!」


「…!?まって、ちょ、マリーちゃん?え?早すぎたじゃない?もうそれ噛んでないよね?私普通に1.5人分ぐらい作ったらつもりだったんだけど!?」


「あ、ごめん。お腹ぺこぺこだったことあまりに美味しかったから、はぁ、もうお腹いっぱい。


「はぁ…まあいいよ。じゃあお風呂連れてくね。食器は私が持ってくからついてきて」


…確かに我ながら爆速で食べすぎたな。これじゃあ流石に体に悪いかも…まあ、美味しかったからなんでもいいや。

 さて、次はふろー!普通に入ってなかったからさっき言われてすごい違和感出てきたんだよね。…それはそうと女の子なのにお風呂忘れるって、私大丈夫か?


***


「はぁ〜生き返るぅ〜」


 メリーちゃんに案内されて私は今お風呂に入っている。やっぱりメリーちゃんも貴族なだけあってお風呂はとっても大きく前世でいう旅館のお風呂ぐらいのサイズをしている。

 我が家のお風呂もこれくらいのサイズとはいえやはり前世の記憶があると大きく感じてしまう。


 温度も当然ちょうどよく、昨日入っていなかった分お風呂が本当に体に染みていろんなものが流れていく様な感覚を感じる。


「…はぁ、これからどうしようかなぁ」


 お風呂浸かりながら私は今の現状について色々考える。お風呂というのは確実に一人でゆっくりとできる時間であり、どうしてもいろんな物事が頭をよぎるのだ。こんな状況なのもあってやはり悩みが尽きることはない。


 前回、こっそり周りを見渡したのだが、今回お風呂に連れて行ってもらう過程で下の階に普通に連れて行ってくれたため、簡単に下の光景を眺めることができた。

 そのため、完全に無駄骨だったと気づき結構落ち込んだのはのはもういいとして、今考えるべきはこれからなにをすべきかと言うことだ。


 現状を簡単にまとめるなら誘拐されて監禁されてこっそり動いたのを一回バレている、つまり無警戒の状態よりも圧倒的に動きにくいため、こっそり逃げる手段を探すのが難しいというなかなかに手詰まりな状況である。

 

「…けど、このままってわけにもいかないしなあ」


 メリーちゃんが大切にしてくれているのもあって別に待遇自体が悪いわけではない。むしろご飯も美味しいし、きちんとベットとかもいいもののため、心地よい環境であることは間違えないだろう。


 ただ、家にいるルイちゃんがお母さんたち、それにサルネ様やミリー様とか心配をかけてしまう人もたくさんいるし、私だってやりたいことはある。

 だから家に帰りたいという思いは変わらない。そう、変わらないからこそ困っているのだ。


 すぐに思いつくのはやはりこっそり逃げる、または誰かに助けてもらうと言うこと、しかし後者はともかく前者はもうほぼ不可能であると言ってもいいだろう。それに助けだって誰が攫ったのか、どこに屋敷があるのかなど不確定要素が多く、いつになるかはわからない。


 となると、やはり何かしらの行動を私自身が起こさなくてはならないと言うことになるだろうか…。


「…私自身にできること。メリーちゃんを説得するとかか?」


 …だけど今のメリーちゃんにどう説得すればいいんだ?私が家に帰りたいって言ったところで特に何か変化があるわけではないだろう。なら、もう無理しないって嘘をつくか?…いや、おそらくそれをしてもすぐにバレるだろう。

 かといって根本的な原因を説得するには圧倒的に情報が足りない。


「…もういっそ武力行使にでも、…これはないな、」


 だが、考えうること全部ダメとなると、いよいよどうしたらいいかわからない。

 …なんか頭もぼーっとしてきたしそろそろお風呂出な…

 

***


「…あれ?ここは?」


「あ、マリーちゃん大丈夫?お風呂長いから気になって見てみたらのぼせて倒れてたからびっくりしたよ。」


 目が覚めると私はリビングらしき椅子に座っていて、目の前にメリーちゃんがいた。

 頭には冷たいおしぼりがのっていてどうやら彼女に助けてもらったらしい。


「…あ、ごめん。…っ、頭痛い…」


「とりあえず冷たい飲み物飲んで涼んでて、お昼はとりあえず冷たいお蕎麦にするから」


「うん、ありがと」


 メリーちゃんにキンキンに冷えたお水をもらいそれを体に染みるようにゆっくり飲むと熱を持った体がゆっくり冷めていくのを感じる。まだ頭は痛いがだいぶましにはなってきた。


「…はぁ、いやーまさかのぼせるとは。」


 確かに考えることに集中していたとは言えここまで集中してしまうとは思わなかった。…考えてるときに周りが見えないのは私の悪い癖だな。

 さて、反省はそこまでにして、せっかくリビングにこれたなら少し周りでも見ようかな?


 周りにあるのは、おしゃれな家具や観賞用の植物、棚には食器が相手あり、その上にはいくつかの写真とラベルのない薬が置かれている。

 ここで気になるのはやはり薬一択だ。ラベルがない上に遠目で見ても使用されている薬。

 これが普通薬とかならラベルを剥がすなんてするはずがない、そんなことをしたら中身がわからなくなってしまう。そう、もしラベルを剥がすとするならそれはきっと…


「人にバレたくないような物」


………気になる。

 こう、あからさまに何かの大切な情報であるとわかる上におそらく滅多にこれない場所にある薬。

 それを理解した私は見たいという思いが、一気に湧いてきた。

 ただまだ少し落ち着いてきたとはいえ、のぼせたばっかでまだ頭も痛いし、多分ゆっくりとしか動けない。

 もし途中でマリーちゃんが戻ってこようもんなら私は元の場所に戻る前に見つかってしまうだろう。 しかもその薬はここから絶妙に遠くしかも廊下から見えるときた、そんなリスクを犯して見たとてラベルがない以上よく見てもなんの薬かわからない可能性も大きい。…ただそれでも、そうだとしても…


「気になるものは気になる…!」


 そうして好奇心に負けた私は、まだ立つこともままならない体を無理やりおこし、立ちくらみやめまいで倒れないようにゆっくり、ゆっくり近づく。

 よく音を聞いてちらっと廊下を覗いてもまだマリーちゃんの影はない。


 そうしてようやくその薬の目の前まで近づきそれを手に取る。

 あんまりのんびりはしていられないだろうかなできるだけ手短に…


「…んー、蓋とか底に書いてあるのを期待したんだけど…なってないなぁ。成分がわかれば推測とかもできたのに、それすら載ってない。」


 こうなったらいっそ一粒飲んでみるか?…さすがに危ないか。中身が何であれ不明なものを飲んだらどうなるかわからないしな。

 とはいえ、さすがにどこかに内容物についての言及があるはず。…おや?瓶の中になんか入ってるぞ…


「えーと、なになに?忘れ薬の効能と取り扱い説明書…?…え!?説明書じゃん!!」


 瓶の中をあさっていると薬で隠されているように埋もれていた折り畳みの説明書を私は発見する。

 ようやくお目当てのものを見つけれたことに興奮し、すぐさまその紙を取り出して広げていく。そしてそこにはこのように書かれていた。


____


忘れ薬の効能と取り扱い説明書。


  主成分:特殊麻酔(mm16) 

      効能促進剤

      以下秘密

  内容量:

      120g(約1年分)


  主な効果:

 脳が記憶しているものの中で最も恐怖を感じでいるもの、いわゆるトラウマと呼ばれるものに対し、それを記憶している部分に微弱の麻酔が作用して2週間ほと一時的にそのことを忘れることができる。


  注意点:

 本当に記憶から消えたわけでないためその事柄に関することに対しての恐怖は消えず、また関連することを見ると記憶が戻る可能性がある。また使い続けすぎると効きにくくなるほか脳に麻酔が残り感情などがおかしくなる可能性がある。

____


「…」


 …これだ。メリーちゃんはこれを私に飲ませたんだ。ずっとなんで記憶が曖昧だったのか不思議だった。でもこの効能を読んだらわかる、私はおそらく誘拐される前にこれを飲まされたんだ。

 …でも、なんで?この話の通り、私は何か忘れているトラウマがあるのか…?

 まあ今はそんなのどうでもいい。問題はこれをどうするかということ。まだ誘拐されて2週間たってないのに中身が内容量のおそらく半分より少ない、つまり私ではい誰か、そうおそらくメリーちゃんはこれをすでに半年以上使っているということになる。もしかしたらこれは新しいので以前から使っている可能性すらある。


 メリーちゃんが忘れたいであろうトラウマ、それには心当たりがある。入学してからずっと、ずっと彼女が怖がっていたものそれは…


ーガシャンー


「…マリー……ちゃん…?…それは…」


「………………あ」

 

 考えをまとめ結論を出そうとしたその瞬間何かかが落ちる音がしたためそっちを振り返ると、からだが震えながら私を指さすメリーちゃんの姿がそこにあった。

 足元にはきっと私のために持ってきてくれたそばが落ちている。


「……ッ!!」


「…!!まって!メリーちゃ…っ!頭が…。」


 すぐさま逃げ出した彼女を追いかけようと一歩踏み出すも頭痛と立ち眩み、めまいによってはばかられる。

 頭がくらくらしながら私は走ってゆくメリーちゃんの背中を見ることしかできない、そんな中私は考え事に集中して周りが見えなくなる自分の癖を恨むことしかできなかった。


 雲からは少し水粒が降り始めていた。

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