42話 守りたい

「戻ってきたよ、マリーちゃん。」


「…あ、おかえり」


「ん?どうしたの?笑顔がぎこちないよ、ほらもっと笑って笑って」


「う、うん。」


「うん、いい笑顔だね。…じゃあお話、しよっか」


 あれから本当にちょうど5分後、メリーちゃんは言葉の通り私の部屋に戻ってきた。

 彼女はあいも変わらず笑顔で、優しく私に声をかけてくれる。だけどもう今はそれが逆に恐ろしくて、さっきの言葉が怖くて、もう今の私には脱出について考える余裕なんてなくなってしまっていた。


「マリーちゃん、そんなに怖がらなくてもいいんだよ?大丈夫、マリーちゃんが大人しくしている間は何もしないから」


「…もし、逃げようとしたら?」


「うーん、まあもう2度と部屋を出ることはないかもね」


「…そうなんだ」


「うん、だからさ…いい子にしてね。」


「…うん、わかった。」


 私がそう言うとメリーちゃんはうんうんとうなずいて少し安心したような表情をした。

 逃げなければ何もしない、裏を返せば逃げようとしたら彼女言葉通り私はきっとこの部屋から出られないように拘束されるか、閉じ込められるか、それかもっとひどい…

 人間の最悪の想定は基本一度考え出したら止まることはない、一度考えたらずっとその恐怖が頭に心に残り続けてしまう。…そう、ここにきて私はようやく本格的に誘拐されて恐怖を感じ始めたのだ。


「…うーん、ちょっと怖がらせすぎたかな。…まぁ、逃げられるよりはましだし…これでもいいか。」


「…ん、メリーちゃんなんか、言った?」


「ううん、なんでもない。それより声が震えちゃってるよ。大丈夫だから、落ち着いて、私は別にあなたに特段危害を加えるつもりもないし、守りたいと思っているんだから」


「…守りたい…?…な、なんで?」


「あ〜、これも忘れてるのか。…うん、わかった。じゃあまた教えてあげね。」


「…ねぇ、忘れてるってなんの話?朝私から出た言葉もあるし何を隠してるの?」


 そう、私が尋ねた瞬間。その笑顔を崩さないまま彼女はまた私に一歩近づいてきて、私の頭を撫でてきた。

 …ただそれだけで私は体が動かなくなってしまった。


「よしよし、やっぱりマリーちゃんは賢いよね。…だからさ、……わかるよね…?」


「…ひっ」


 ずっと明るい声が急に威圧感を低さを持った時のその声はただそれだけで私の肩を跳ねさせて思わず声が出てしまう。


「うん、やっぱりよくわかってるね。…私もあんまり怖がらせたいわけでもないからさ、そう言う話はあんまりしないでね。」


「う、うん。わかったよ。気をつける…ね」


「…じゃあ教えてあげるよ、私があなたを守りたい理由。…といっても単純な話、あなたを失いたくないだけ」


「…失いたくない?」


「…ほらマリーちゃんってすぐ無理するでしょ。それに私がいくら忠告してもクラメルに近づこうとするし。だから、何か起きる前に私が閉じ込めて守ってあげようと思ったんだよ。」


「…な、何?その理由。そんなのほぼ…、あ、いやなんでもない」


 …相手がメリーちゃんなのもあって無意識に言葉が出てしまう。でも、やっぱりすぐは恐怖が出てきてその言葉をすぐに撤回する。

 メリーちゃんの一挙一動に目が言ってその度に恐怖が増していってしまう。


「ほぼ、私の都合って?…そうだよ、これは全て私のわがままでそれをあなたに押し付けているだけ。…それとね、マリーちゃん、私は普通にあなたと話したいんだよ。だからそんなに言葉につまらなくていいよ…ね?」


「…ひっ」


「…ありゃ?これ、思っているより怖がってるな。私がちょっと動いただけで体が震えちゃてる。…うーん、どうしたものか。…あ、そうだ。」


「…ふぁ?」


 言葉だけ聞いたらそこまで大きな恐怖を感じるようなものではないことはわかっている、私が過剰反応をしていることぐらい頭ではわかっている。

 ただ私はもう、彼女の行動一つ一つが恐怖にすり替わるようになっていて、メリーちゃんが喋るたびに動くたびにその恐怖は増していってしまう。

 だから、もう彼女が何をいっているのか聞こえていても理解することができない。言葉が頭に入らない。


 メリーちゃんは感じ取ったのだろうか?彼女はまた今日一番私の近くにきてそのまま私を抱きしめてきた。


「…大丈夫だよ、マリーちゃん。落ち着いて、大丈夫だから」


 その言葉には、声には優しさと温もりが詰まっており、体温が温もりが私の心を落ち着けてくれる。

 言葉だけ聞いたら、誰のせいだ…とツッコミたくなるような台詞だがその温もりは間違えなく私の心を恐怖一色に明かりをもたらした。


「…落ち着いた?ごめんねマリーちゃん。そこまで怖がらせるつもりはなかったのに」


「…うん、もう大丈夫だよ。…一応」


「よかった。…うん、今日はこれ以上はよくないね。夜ご飯になったらまたくるからここで休憩しておいてね。」


「…うん、わかった。」


 今は、もうさっきみたいな恐怖はない。誘拐されていると言うのに何故か心が落ち着いて、温もりを感じている。

 そう、直接感じだからわかる。今まだ見てきたからわかる。

 きっと、あれが本当のメリーちゃん。ずっと私が見てきたメリーちゃんだ。


「…私を守りたいってどう言うことなんだ?。」


 メリーちゃんは私が無理をしているから、クラメルに近づこうとしているから、とそう言っていた。たぶん、その言葉自体に齟齬はないのだろう。

 しかし、問題はなぜなのかと言うことだ。

 私とメリーちゃんは親友と言える関係にあるのは間違えない。それに、私自身もメリーちゃんは大切だし、友人としてとても好意的に思っている。

 だから、逆の立場だったとしたら無理している私が心配な気持ちはよくわかる。


 しかし、いくら心配だからって流石に誘拐して監禁しようと言う考えには至らないだろう。

 つまりは、そこの差だ。そこの行動の差にきっと根本的な原因があるはずだ。誘拐という行為までに踏み切ってしまう様な大きな原因が…

 それこそ大切な人を失ってしまうぐらいの大きな…


「…ダメだな、心になんか突っかかりはある気がするのにその先が何も思いつかない。この記憶のやつもなんとかしないと…」


 すっぽ抜けた記憶、誘拐からの脱出、メリーちゃんがこうなった原因の解明、私が今やらなくてはいけないこの3つの事項。ただ…


「圧倒的に手がかりが…情報が足りない。」


 …かといってもう、私にはこっそり探索しようとする勇気はもう、ない。…だったら、私は一体どうしたらいいんだ…


 …結局その日は、もう何も思いつかず精神的疲れもあって私はベットに眠りについてしまった。

 どうしようもないという絶望感が少しづつ心に広がっているのを感じながら…


***


「マリーちゃんはもう寝たかな?」


 思い切って踏み込んだ誘拐、それは案外うまく行っている。私が彼女を守るためにも本当に成功して良かった。


「…まぁ、あんなに恐怖が根付いているとは思ってなかったけど」


 マリーちゃんは今、あるもののお陰で一時的にトラウマがあるものを忘れる様になっている。

 しかし、記憶として存在していなくとも体はその恐怖をトラウマを覚えている。だから彼女は私が怖がらせたとき過剰に怖がっていたのだ。


「…でも安心して、私がゆっくりその傷を癒すから。だって…」


 私はもう2度と優しい人を失いたくないから。


 壊れた優しい少女のその笑顔は夜の中に溶けてゆく、静かな夜には黒い重い雲が立ちこめつつあった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る