第10話 サルネさまの優しい願い
「マリーさん、まずは謝るわ。私は今回あなたとお話をするためとはいえせっかくのお茶会を利用するような形になってしまったわ。ごめんなさいね」
「いえ、大丈夫です。別にお茶会も楽しかったですし、騙されたとは思っていませんよ」
私がそう声をかけると彼女は少し安心したような表情をした。こんなの騙したうちにも入らないのにそう罪悪感を感じてしまうのはやはり彼女だからなのだろう。
「それでは、要件を話してくれますか?」
「ええ、じゃあ色々説明する前にまずは率直に要件を言わせてもらうわ。
…マリーさん、どうかクラメルさんの友達になってあげてくれないかしら」
彼女が懇願するように頼んできたのはクラメルとの友人関係に"私が"なることだった。
「友達とは、どういうことですか?」
「それはそのままよ。世間一般で言う友達となんの変わりもないわ」
「サルネ様がなるのではダメなんですか?」
「私では…ダメなのよ。家柄的にも性格的にも。私では務まらないのですわ」
彼女がそう言う時その瞳はやはり寂しさを映しており、やりきれなさを感じる。
私としては家柄的に関わりにくいのはなんとなくわかる、同じ四大貴族で同じ騎士の家となれば対立がある可能性はあるのはなんとなく予想できる。
しかし、性格的にと言うのはわからない。彼女ほど優しく慈愛のある人を私は見たことがない。それなのに彼女はダメだと言う。
「私ね、人の心の色を見ることができるの」
「心の色…とは?」
「いまその人が強く思っている感情が色で見えるようになるの。良い感情なら明るい色で、悪い感情なら暗い色見えるわ」
私はそれを聞いて、社会の授業で四大貴族には稀に特殊な力を持つものが生まれると習ったことを思い出す。確か、先代の四大貴族の功績を讃えて女神が祝福を与えたとされていたはずだ。
話によるとそう言う力を持つ子供が生まれるのは10年に一回あるかどうかだったはず。
その力を彼女は持っているらしい。
「人の心はね、その人の本性を表すの。
例えば、あなたからよく感じるのは優しさや明るさね。本当に温かい色をしているわ。メリーさんで言うとあれは好意ね。ものすごく私を好いててくれるわ。」
「あなた達は本当にいい人だわ。…でも、世界にはそんな人ばかりではないの」
「嫉妬や妬みなどの悪意のある感情ですか…」
それを言う時彼女の表情は少し暗くり、少し頷いて肯定を示した。
四大貴族の令嬢ならばそう言った目で見られることは少なくないはずだ。
それをわかると言うのは考えただけでも恐ろしいことだ。
「昔、私はこの力のせいで周りを信じられなくなってしまったの。だから、人と話すときはいつもマオやハナの後ろににいたりお母様やお父様の後ろで隠れていたの。そのせいで、私は社交辞令もろくにできない落ちこぼれというレッテルを貼られてしまったわ」
彼女は淡々と過去を語り始める。自分で望んだ力でもないのにそのせいで落ちこぼれと言われてしまう。彼女の表情からその当時の辛さが伝わってくる。
「いつも思っていたわ。…どうして私にこの力があるのか。なんでみんなが私をそんな目で見るのか….、本当に毎日が辛かったわ」
「ーでもね、そんなある日私はクラメル出会ったの」
その時、彼女の表情が大きく変わった。その瞳はどこか遠くを見つめ、その顔は憧れを示している。
「あの日私はお父様の誕生日のパーティーに呼ばれたわ。でもその日はマオが風邪をひいていてハナと二人で行くことになったの。
だけど、その日は特に人が多くて、私たちは、はぐれてしまったの。それで周りの目が怖くなった私は逃げるように走り出してしまったわ。」
「それで木の影でひとり泣いていた時に声をかけてくれた子がいたの」
「それがクラメル様ですか」
「ええ、彼女はたまたま通りかかったら泣いている私がいて声をかけてくれたらしいの。そして彼女は泣いて悩みを話す私の頭を撫でてこう言ってくれたわ」
『いい?人の感情はね、一時的なものなのよ。あなたが変わればそれも変わる。大事なのは自分がどう見られているのかじゃなくて、自分がどう見られたいかでしょう。』
「今でも私はその時の言葉と光景が忘れられないわ。私はあれほど澄んだ慈愛の色見たことがまだ一度もないわ。私はそんな彼女に憧れを持ってみんなに優しくしたいと思ったの」
「サルネ様の今の性格はそこからきているんですね」
「ええ、だから私はこの学園で彼女を見つけた時は本当に嬉しかったわ。彼女のともだちになれるかもしれない、って。」
「私はまずは挨拶から始めることにしたわ。家柄とか色々あるし、向こうは10年前のことなんて覚えていないと思ったからね。
でもね、挨拶をした瞬間私はそれ以上の言葉が出なくなってしまったの」
すると彼女の顔が急に暗くなった。さっきまでの明るい表情とは真逆の今度は恐れを感じる顔をしている。
「一体何があったのですか?」
わたしは彼女に恐る恐る聞く。
彼女の顔があそこまで変化するのに心当たりはある。私が最初に会った時のように拒絶されたとか、印象が大きく変わったとかそういうのだ。
「私が挨拶をした時彼女は普通に挨拶をしてくれたわ。それに、笑顔も変わっていなかった。…ただ、色が違ったのよ」
「色….ですか、確かに今の彼女からは拒絶とかの色が見える気がします。」
「いいえ、違うわマリーさん。彼女はからは色が"なかったの"」
「…」
色がないというのはどういうことだろう。話を聞く限り彼女の能力は人の本性を色で表すようなものだ。人ならば何かしかの感情を必ず持っている…その色がないということは……
「感情が…ない?」
「正解よ、」
「!、でもあり得るんですか、人の感情がないなんてこと」
「知らないわ、でも少なくとも私が関わってきた中でそんな状態だったのはクラメルのみだわ」
「それに気づいた私が驚いて、彼女の顔を見直すとその笑顔に違和感があることに気づいたの。…そう、昔と変わらないはずなのに、何か決定的なものがずれている感じがしたわ」
彼女から言われたのは、私が考えていた違和感と同じものだった。
「だから、私はその違和感を突き止めようとしたの。でも、私の性格では彼女にうまく合わないの。」
「合わない?」
「ええ、私は人を大切にする方法を知ったわ、そして人に優しくする方法を知ったわ。
……でも私は人を助ける方法は知らないの、…
私は誰かからもらってばっかりで与えてあげれてない。」
「…っ!、そんなこと!」
彼女が自分を否定する言葉を発した時私は思わず声を上げてしまう。
彼女が与えていないことはない、彼女は私の知る限り最も優しい人で、みんなに笑顔を与えていた。そんな、彼女が自分を否定することなんて許せるわけがない。
「いいえ、私は知ってるの。私は人を笑顔にできても救うことはできないって。だから、私ではこの違和感の真実を突き止めることはできない。だってそれは、無色の色の中に負けないぐらい明るい色がいるの」
「なっ…」
そう言われて私は声が出なくなる。そう、彼女は自分のことを完璧に自己分析できている。その上で彼女は言っているのだ"笑顔にする"のと"救う"のは、違うと。
「…でも、やっぱりなんで私なんですか?」
「私の勘がいっているの、貴方と彼女はどこか似ている、そう似ているのよ。そしてわかるの貴方しか彼女を助けられないと。」
「似て…いる?」
私は彼女の答えに大きな疑問を持つ。
私と彼女のどこが似ているというのだ。私は彼女みたいに人を避けたことはない。それにそこまで高貴な家に生まれたわけでもない。昔はどうかは知らないが少なくたとも今の彼女とはどこも似ていないと思う。
そう、強いていうなら似ているのは…昔の彼女と……
「…待って、あぁ…そうか。似ているんだ。私の記憶にいる"あの子"に似ているんだ!私のあの違和感は見たことがあるというものだったんだ!」
私の頭の中で点と点が線で繋がる。そう、彼女はどこか私の記憶にいる大切なものに似ている。そう思うと私の中にあったモヤモヤがなくなる。
……………まて、
一体誰が似ているのだ?私の知る限り彼女みたいな人を見た覚えはない。一体どこで……
私は急に冷静になりさっきの自分の言動に違和感を持つ。
「あれ、あの子って誰だ。何か大切な気がするのに、何もわからない。どういうこと…?
なんで私はさっきあんなことを言ったの?
何か大切なものを忘れている気が……」
「…リーさん落ち着いてマリーさん。そのままだと怪我してしまうわ」
私は彼女にそう声をかけられて自分がものすごく力んでいることにようやく気づく。あまりに力みすぎて少し血が出でいる。
サルネ様はそんな私を見て驚きつつもとても心配そうな顔をする。
「どうしたの、マリーさん。急に顔が変になっていたわ。大丈夫なの?」
「いえ、大丈夫です。ただ、似ていると言われて、ちょっと動揺してしまっただけです。」
「なら、いいのですけれど…」
「それは、そうと私、決めました。私彼女の友達になります!」
「本当に…!…えっ、でも、なんで急に?」
「私、気づいたんです。知りたいことがあったら動くべきだって。」
そう、わかったのだ。彼女は私の何かと似ており、それを知るためには関わるしかないということ、そして、私自身が彼女と友達になりたいと思っていることに。
「だから、最初に言った友達になってくださいというというお願い引き受けます!」
「……本当なのね。マリーちゃん、本当に…ありがとう。どうか、どうかクラメルさんを救ってあげて…」
彼女は私を見ている。その瞳は自分がやりきれなかった罪悪感、寂しさ、悲しみいろんなものが混じっている。どれが一番強い気持ちなのかはわからない。でもやっぱり確かにわかったこともある。
ー彼女はとても優しいということだ。
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