第4話 理事棟侵入作戦
「こ,これでいいんだな?」
「お疲れさん……またなんかあったら呼ぶから,ちゃんと来てくれよ」
足早に印刷室を出ていく金子を目で見送ってから完成した偽造教員パスに目を向ける。内部のデータを用意することが出来ない都合上,魔術で誤魔化すしかない。無論,この場にいるメンバーは到底一流と呼べるものではない。有栖はそう遠くないうちに一流の域に踏み込むだろうとレインは言っているのだが。
魔術の跡が残ると言っても相手にそこから特定できるほどの使い手はいないと言うのが湊斗たちの推測だ。相手に一流がいるのならレインを筆頭とした隠れ魔術師に手を打たない訳がない。状況からそう判断するしか無いが個々の実力差はそこまで開いていないと信じたいところだった。
「っ! 一体俺は何を!」
「ようやく復活したのね」
「えーと?」
「今のところ,計画は順調だ。金子が空のダンボールを裏口に置いてるはずだから,中に入った後はそこでやり過ごすぞ」
「りょ,了解であります!」
「口調,おかしくなってるわよ」
「見つからないよう慎重に,な」
日が傾きはじめたころ,3人は裏口付近で様子を伺っていた。今回使う裏口は初等部側にあるものなので好奇心旺盛な生徒──というより児童に見つからないように気を配る必要があった。探検ごっこと称して姿を見られるなどたまったものではない。本来児童がいる時間ではないが,万一ということもある。
「よし,人影は無いようだな」
「行こうぜ」
「こっちよ」
偽造した教員パスを押し当て魔術を行使する。さも本物であるかのように見せかけるのは湊斗の仕事だ。
扉が開くとすぐにダンボールに入り込む予定になっている。サイズはそこまで大きくないがいくつか繋げて置くことで何とか3人とも入ることが出来るレベル。「明日運び込みます 事務室」と書かれた貼り紙を貼っているので入りさえすれば安全……なはずである。なお配置はじゃんけんで決められた。湊斗は扉を開く関係上最後なので関係無いと言えば関係無いのだが。
じゃんけん自体は湊斗が『情報統制』の魔術を使えばほぼ確実に勝てるのだが,流石にアンフェアだと止められていた。
「よっしゃダンボールに入るぞ!」
「ちゃんと影になる方に置いてくれて助かったわ」
「むしろそれすらこなせないのは不味いだろ」
金子への信頼などあってないようなものなのだ。外見はただ積み上げただけではあるが,簡易的なダンボールハウスとも言えなくはない。じゃんけんの勝者リチャードがそのままダンボールに飛び込んで行く。続いて有栖,湊斗の順だ。
「にしても,結構苦戦したな。本格的な魔術対策も完備って,なかなか出来ることじゃない」
「結果として無事に入れたんだ。別に良くねぇか?」
「後は理事棟内部の人間が出ていくのを待つだけね」
しかし,それでも狭いことは狭いのでほぼ密着である。と言うよりは最初に入ったリチャードが想定の1.5倍程度のスペースをのびのびと使っている。正面を向いてダンボール内に入っていったのも,実のところ故意である。そのせいで有栖と湊斗は1.5人分を2人で使わされていた。そのうえその1.5人分も普通に考えたら1人分でしか無いようなスペースだ。
(まさかこうなるとはな……もう少し大きめにしておくべきだったか?あっちで試した時はもう少し広かったと思うんだが……)
リチャードの行動に気づかず,そう考える湊斗だったが,有栖の方もリチャードに文句を言う素振りは無かった。男女で物言われるのを好まないのもあれば,じゃんけんで負けた以上,文句は言えないと思っているからか。文句を言う資格云々に関しては,そもそもじゃんけんに参加できなかった上に狭いスペースに押し込められている湊斗の方にこそあるのだが,湊斗はそもそもリチャードの行動に気づいていないのだから文句を言うにも言えなかった。足を極力伸ばして抵抗はしてはみたが。
(ちょ,ちょっとこれどうなってるのよ!?)
外側に足を向けた「ん」の字になっているリチャードとダンボールの内側に取り付けた取っ手を抑えながら体育座りで背の低い二等辺三角形のようになっている湊斗。2人に挟まれている有栖は一切動けないような状況になっていた。
それでも何とかスペースを確保しようとする。主にリチャードを何とかしようと身をよじった……のだが,それが事件を生むことになる。
ダンボールが傾いて……倒れた。
「いってぇ……! おいおい何倒してんだ!」
「しょ,しょうがないじゃない!」
「もうどうにもならないから喋るな……!」
小声で言葉を交わす。倒れてすぐ,湊斗は何が起きても良いように取っ手に針金をかけて軽く抑えつつ両手を開けていた。こういった機転が効くのは他2人にはない湊斗の長所である。この面でも有栖に抜かれたら,湊斗としては立つ瀬が無くなってきているのを危惧しなくてはならない状況だ。
この状況で3人が3人とも焦りに焦っていたのだが,そのベクトルが全員違うという奇妙な事態が起きていた。リチャードは自分の善意が思わぬ方向に作用した可能性に,湊斗は有栖の息が首筋にかかっていることに,有栖はダンボールが倒れたことで自分の想い人である湊斗の後頭部に額が触れていることに──少々緊張感が足りないが,彼らにとってはこのくらいがちょうど良かったのかもしれない。
(コレってヤバいよな!?だがうまくやってくれお前ら!)
(ち,近い,近すぎるんだけどー!?)
(というかさっきから望月の息が首筋に当たってるんだが……?)
話し声は無かったが頭の中は割と阿鼻叫喚なのであった。音を立てることも動くことも許されてはいない。3人にとって,永遠にも思える時間になるのは必然だった。
「今日も疲れたなー」
「ホント,あの教頭人使い荒いからなぁ」
「おかげさまで今日も俺達が最後だぜ? 嫌になるってもんよ」
2人の男性教員が出ていく音が聞こえた。彼らが気づいた素振りは無かったが当初の予定通り5分程待ってからダンボールを開ける。
「取り敢えず,話は後だ」
急遽,ダンボールも持って最寄りの物置部屋に駆け込む。ダンボールを物置に押し込み,3人もそこで一息つく。
「で?何であんなことに?」
問いかける湊斗に有栖もリチャードも目を合わせない──合わせることが出来ない。
「バタバタと動いていたのは望月だと思ったんだが?」
「え,えっとそれは……な,なんか練習の時より狭かったからで……」
(ここまで望月が取り乱すのも珍しいな……)
湊斗は面白いからもう少し追及したいという思いを今は作戦中であるという事と,事が落ち着いた後が怖いという2つの論理的思考の元で何とか取り払う。
「ラヴィーンは──」
「ホントすんませんでしたっ!!」
「うるさい黙れ」
反射的に暴言が飛び出た気がしたが,何度も言うようだが今は作戦中である。中に人はいないはずとはいえ,目立つ真似はできない。
気を取り直し,捜索を開始する。リチャードは隠蔽の痕跡を,湊斗は情報の精査を,有栖は周囲の警戒と時間管理を。何だかんだで相性が良い──はずのメンバーである。実際,捜査は他に問題なく進んでいる。
問題があるとすればコレといった手がかりが無いことだろう。
「後は理事長室と地下だけど……理事長室は厳しいわね」
「地下は地下で危険そうだがな」
「確か……学園側の魔術師?がいるんだっけか」
「そうなのよ。数も質も不明……まあ質は私と湊斗なら単体で1人は抑えられるはずよ」
「俺は?」
「厳しいと思うわ」
「そんなっ!」
「いちいちふざけなくていいからな」
覚悟を決め,扉に手をかけようとしたとき,湊斗の『情報統制』に反応があった。
「湊斗くん!」
「分かっている」
「何が!?」
リチャードは分かっていないようだったが,魔術師の気配だ。
「敵だ,先手を取るぞ」
「お,おう」
「【世界に情報の隔絶を──
湊斗の行使した魔術により虚無の境界が展開される。『情報統制』の力を借りた,湊斗が持つユニークスペルの1つだ。
「相変わらずインチキよね,それ。周りから観測できなくなるだなんて」
「俺の『事実解明』ならどうにか出来るかもな」
「変なことはするなよ」
「わ,わかっとるわい!」
(言って正解だったかもな)
2人のやり取りを横目に有栖は敵に向かって駆け出して行く。直後,振りぬかれた拳が顎を直撃する。
「やっ!」
「な!? ぐあっ!」
「一撃かよ……流石じゃねーか」
湊斗が魔術を解除すると視界が元に戻る。実は,ヴォイドボーダーには大きな欠点がある。”虚無”によって外部からの情報を遮断するため,当然光源も限られるのだ。幸い,今回はヴォイドボーダー内にも蛍光灯があったがそれでも少し暗くなっていた。
湊斗は倒れた敵──魔術師と思われる男の体を弄っている有栖に声をかける。
「何か分かったか?」
「いいえ,めぼしい情報は持ってなさそうね。見た感じ,ここでのランクは低そうよ」
「なるほどな」
「ただ……足を負傷していたみたいね」
「ホントだ。足に包帯巻いてやがるぜ,コイツ」
「にしてもお前ら,よくそんな奴触れるな」
湊斗の呆れ半分の声に2人は理解を示さない。有栖は何か仕掛けがあるなら触る前に気づけるという自信から,リチャードは単純に考えが行き届いていないが故に。正反対とも言える実情だが,コレを知らない湊斗はただ小さく溜息をつくだけだった。
結局,魔術師の男から得られたのは身分証だけだった。少なくとも湊斗には他に役立つ物があるとは思えなかった。有栖は彼の持っていた小物をいくつか盗む──もとい徴発していたが,湊斗もリチャードも何の価値があるか分からなかった。本人は「この魔導具は凄いのよ」と自慢気だったのだが。
再び意を決して地下室の扉に手をかける。
突然,警報と思わしき音声が鳴り響く。
『侵入者です。総員警戒して下さい。繰り返します──』
「っ!?ヤバいか!?」
「引くわよ!」
「さっきの倉庫に戻るぞ!」
扉から手を離し,走り始める。去り際,リチャードが地面に転がされていた魔術師の男を扉にぶん投げていた。
(彼,こういう時意外と大胆なのね……)
ちょっと引いている有栖を横目にドヤ顔のリチャード。
「おいラヴィーン,そんな顔する余裕があるならスピード上げるぞ」
「どんと来いだぜ……!」
身体強化はどのような魔術適性を持つかに関係なく扱える基本の魔術だ。当然,魔術の腕が顕著に表れる。有栖,湊斗に比べればラヴィーンの魔術など素人の領域を出ない。それでも何とか食らいつくあたり,こういった極限状態でもスペックを発揮できるタイプなのだろう。
一番前を走っていた有栖が倉庫の扉を開ける。
「どこかに隠れないとな」
「特に使えそうなものが無いのだけど……」
「さっきのダンボールを使うしかねえ!」
「……よし,それでいくか。組み立てるぞ」
乱雑に打ち捨てられていたダンボールを急ぎ修復し端に寄せる。が,そこに入ることはしない。無かったものがあると思われれば一貫の終わりだからだ。湊斗達はダンボールとは反対側の壁に寄りかかり小さくなることにした。実際に小さくなるわけではないが,気持ちとしては,それはもうミニマムに。
しかし,湊斗の
「確か
「ああ。それと望月,どうにか窓ガラスを割れないか?」
「出来ないことはないけど……」
「出来る限り早くだ」
有栖が「分かったわ」と応じている最中,リチャードは1人自分に出来ることを考えていた。彼の腕では基本魔術も十全に使いこなせない。そもそも基本魔術は行使が分かりやすいため,隠密には基本向かないのだが。彼の魔術適性は『事実解明』。隠れたいときに役立つものでは無いし,それが余計に焦燥を掻き立てていた。
(何か……何かねえのかよ……)
突如,何かが割れる音が耳に入る。
「よし,ちゃんと割れたみたいだな。あそこから逃げたと思ってくれれば御の字だな」
「とはいえ,魔力は足りるの?」
湊斗の魔力量は普通の魔術師よりも高い水準にあるうえ,まだ成長も続いている。ただそれ以上の天才が身近にいる故に目立たないだけで。【虚無境界】と【情報遮断】程度で尽きる訳無いのだが,有栖は理事棟に入ってから【情報世界】を使い続けていることを見抜いていた。コレは行使に一切の痕跡を残すことも周りに違和感を与えることもない。だが,何だかんだと行動を共にすることが多いからか有栖は湊斗ならずっと使っているだろうと思っていたし,事実それは当たっていた。
「ああ,何とかな。脱出までもたない可能性もゼロじゃないが……」
魔力量が多いとはいえ,まだ粗削りの魔術師である湊斗は効率よく魔術を使えない。それも減り続ける魔力に拍車をかけている一因だった。有栖としては,魔力切れで倒れでもしたら,その体に触れる大義名分が手に入るため文句は無いが,そのせいで追手に見つかりでもしたら無意味なのは当然承知している。
音を立てて倉庫の扉が開かれる。【情報遮断】により相手から直接見られることはないが一気に緊張状態になったように感じた。
「おい,見つかったか?3人って話だけど」
「うーわ,窓ガラス割られてるぞ」
「くそっ,連中舐めたマネしやがって……」
声は3人分。足音も3人分。追手は確実にそれ以上いるはずなので,他の魔術師達は裏口まで行ったのだろう。
「窓が割られたってことはもう連中は外かよ?」
「まあ落ち着け。痕跡探しするしかないさ」
「俺は裏口に行った奴らに知らせてくるわ」
1人が倉庫を出ていく。しかし,他の2人は暫く倉庫内に残りそうだ。更に,時間を掛ければ出ていった1人含め,増援が現れるだろう。しかし,耐え続けるしか無い。有効な一手が打てない以上,下手に動けばただ状況を悪化させるだけだ。
(思い出せ!俺は何を学んだ?何を聞いた?)
追い詰められたこの状況でリチャードもまた頭を巡らすのだった。
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キャラクターメモ
『リチャード・ラヴィーン』
表園学園に高等部から入学する新1年生。薄い青色の髪が目立つ少年。魔術適性『事実解明』を持つ。
早い段階から有栖に目をつけられているが,その理由は英語を母語としているため。翻訳魔術の手間が省けるらしい。
実はサブカルチャーへの造詣が深く(美化表現),魔術が使えるとなってウッキウキである。
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