第3話 初動
水曜日の午後,湊斗は籠っていた自室を離れ気分転換にとあるところを訪れることにした。高等部の緊急用備蓄倉庫──魔術師の隠れ家である。
「結構来てるはずなのに慣れないよなあ」
「そんなことはないんじゃないかねぇ」
「フリスハイラー先輩ですか」
「湊斗くんも来たのね」
「いたのか望月」
既にいた2人と挨拶を交わし,定位置になっている端っこの椅子に座る。日の光も入らない,電気も通っていない,と普通なら過ごせたものではない空間だが,魔術があれば部屋を明るくすることが可能だ。魔術様様である。
「で,そうそう。湊斗くんに伝えないといけないことがあったのよ。丁度いいと思ったのだけど」
「嫌な予感がするな」
「ははっ正解だねっ!」
「先輩」
レインを黙らせた有栖は覚悟を決めたように口を開く。
「シャルロッテが……行方不明になったのよ」
「は? どういう事だ?」
「まあこうなったからには全部話すわ。推測も入るけど。まずはこれを見て」
紙を手渡される。どうやら失踪者リストのようだ。今までの失踪者80人以上が記されている。
「何か見覚えのある名前があるんじゃない?」
「……? いや,何が?」
湊斗は本当に分からなかったのだが,周り2人は呆れ顔だ。
「大学入学式後に消えた人,大半が”ここ”の人なんだよ」
「まじか……」
まさしく湊斗にとっては青天の霹靂とも言える事実だった。魔術師をピンポイントとしていた失踪事件。誘拐か暗殺か,実情はわからない。だが,湊斗にとっても他人事ではない。
「先輩曰く,各学年で1番魔術師としての素質が高い人がいなくなっているらしいわ。おそらくだけど,今年のターゲットは私か湊斗くん」
「望月だけじゃないのか」
湊斗と有栖を比べればその素質は圧倒的に有栖に傾く。湊斗には前世で培った魔術知識──当人はフィクション認定していたもの──があるため,一時期は有栖以上の使い手だった。もっとも,いつの間にか抜かれていたのだが。有栖曰く,この学年で最も魔術の素質があるのは湊斗だったらしい。
「一応魔力の質と量を低く誤魔化してるから,引っかかってくれたらターゲットは湊斗くんになってるはずね」
「迷惑もいいところだな。というか,それとシャルロッテの失踪になんの関係があるんだ?」
「問題はそれよね。実は私以上の素質があったのか,それとも何も関係はなかったのか」
「失踪時期的には関係なしだろ?」
レインの指摘に「今年は盤面を掻き回しすぎて何が起きるのか予想できない」と首を振る有栖。どうも今年のSクラスは全員が魔術の素質がある人材のようだ。
「やっぱりお前の仕業か……余計な事しやがって」
「心持ち的には戦争だったから……出来ることは何でもしておかないといけないわ」
「つか望月,もしや1-S全員俺の部屋に連れ込む気じゃないだろうな!?」
「いやここレイン先輩の部屋じゃないんだけど……」
「事実上俺のだよ!」
((21歳でこれか……))
15歳の少年と13歳の少女は呆れていた。現在,この部屋を知っている人物で1番年上なのはレインである。そして,推定の精神年齢では1番年下である。レインに率いる才能が無いのは分かりきっているため,誰かがリーダーに戴こうとすることが無いのは幸いだろう。
もっとも異世界の魔術師に任せるなど不安でしかないだろうが。
「フリスハイラー先輩にも出会いがあると良いけどな……」
「俺のいたとこじゃ25までに結婚しないと行き遅れみたいなとこあったし,良い出会いがあればいんだけどなあ」
「妥協も大事だと思うけど」
レインの結婚トーク中,ふとあることに気づく。
「これって失踪者の行く先が異世界なんじゃないか?」
「ん? まあそうだろうな」
「そうだとして,なにか出来る訳じゃないのよ」
「仮に俺のいた異世界に飛ばされてるんならヤバイと思うぜ? 魔物とかいたし一般人が生き残れる訳ねぇ」
椅子の背に肘を乗せているレイン先輩,衝撃のカミングアウト。
「本気で言ってるんです?」
「こういう時の先輩は嘘を吐いたり吐かなかったりね」
「なんのアテにもならないじゃないか……!」
「コレばっかりはホントだよ,後輩諸君!」
結局,裏会議はクラスメイトに魔術教室を開催することしか決まらなかった。
有栖による計画の全貌を知らされ,半分失敗に終わりつつあることも把握した。有栖は追って指示するからと予備の携帯端末を渡す。湊斗はスマホに慣れていないのもあり,自分の携帯を持っていなかった。なお,2220年,大日本帝国とは言うものの2020年日本国と文化的にはあまり変わっていないようで,湊斗が携帯を持たないのもそれが理由だった。前世でも敬遠していたのだから。
(まさかとは思ったが,本当に有栖が仕組んでたとはな……)
そう考えながら,集められたクラスメイトのことを考える。いずれも魔術の素養があるとはいえ,本人が受け入れるかどうかは別の問題だ。受け入れそうな人材を集めてはいるだろうが,どう転ぶかなど誰に予測できることではない。それに,魔術の適性も不明だ。虫嫌いが蟲使いの素養を持っているケースもある。無理矢理克服しろと言うのも酷な話なのである。
木曜日,湊斗は多目的ホールで待機していた。始業式を迎えるまでは扱いとしては中学生なので,多目的ホールは中等部のものだ。高等部の敷地にいる時間も長かったので,違和感が無いといえば嘘になるが。
有栖と待っていると最初に入ってきたのはノエル・フランソワ。緑がかった髪を揺らしながら教室に駆け込んでくる。なお,予定時刻の30分前である。
「待たせちゃったかな!?」
「いや,待つも何もまだ30分前だ」
「うんうん,でもまあ早い事に問題は無いわ。先に測定しましょ」
ノエルの顔を見てみれば,何が何なのか分からないといったところだ。昨日のうちに何をするのか連絡は(有栖が)しているはずだ。来ている時点で確認はしているはずなので単に時間を勘違いしたのだろう。
無事に……かどうかは分からないが有栖によってパーテーションの裏に引きずり込まれていた。何やら叫び声が上がっている気もするが気にしない方針だ。
魔術の存在をSクラスに打ち明けることにした都合上,クラス内だけではあるが翻訳の魔術を大っぴらに使えるようになった。有栖によれば,ある人物から術式の提供を受けたとのことで,この類いの魔術に適性の無い有栖が無理矢理使ってもノイズやら何やらが入ることもない。
湊斗の魔術適性は『情報統制』。相手の情報を覗いたり,自分の情報を隠したりなどと割と日常向きでもある。翻訳もお手の物だった。
有栖の適性は聞いていないが本人曰く「普段の生活じゃ活かしづらい」とのこと。おそらく戦闘系だろうと言うのが湊斗の読みである。
「うーん,やっぱり出ないみたいね」
「ええー!楽しみだったのに!」
「基礎を習得してからやり直しだな」
パーテーションの裏から出てきたノエルは結局自身がどんな魔術適性を持つのか分からずじまいで不満気だ。
「にしても,湊斗くんって結構真面目系?」
予定集合時刻まで25分ほど残っている。そんななか,ノエルがおもむろに口を開く。
「どうしたんだ,急に」
「いやさ,最初に教室に入ってきたの最後だったし,アリスちゃんの話も大して聞いてなかったみたいだったから」
湊斗にとって驚きの指摘。確かにあまり話は聞いていなかったが,そこまで不真面目に思われたというのもあまり頂けない。ふと目を向けると,有栖は笑いを堪えているようだった。
「それで,素行不良なんじゃないかって話題になってたのよ!」
「……意味が分からないな」
「分かりたくないの間違いじゃないかしら?」
なんとか出た返答に返された笑い混じりの言葉に湊斗は反論できなかった。
その後時間通りに来た生徒たちに計測をかけるが,ノエル同様,誰一人適性が判明した者はいなかった。一応,シャルロッテを除いて全員が来ていたのにも関わらず,だ。有栖が慌ててフォローに回ることになっていた。
「魔術適性は基本的に初歩をおさえてからじゃないと判別できないからあまり気にしないで良いわ。そういう訳で,今から簡単なものを教えるわね」
「質問。どんくらいかかるんだ?」
疑問の声を上げたのは落合裕信。裕信はクラスメイトの中でも最後の方に来たため,どちらかといえば魔術に興味がないのだと湊斗は思っていたが,食い気味に質問しているのをみればポーズだったのだろう。
「人それぞれね。早い人は1時間かからずにちょっとした術が使えるようになるの」
その一言にクラス全体が沸き立つ。やはり,魔術に興味の無い生徒などいなかったのだ。しかし,そう口にする有栖だったが有栖本人は初回測定で適性が判明していたり,初回の挑戦で初級の魔術はマスターしていたりする 。湊斗を含め,この場に知るものはいないのだが。
そして魔術教室が始まるのだった。教師役は望月有栖と藤室湊斗。生徒はその他である。男子のほぼ全ては有栖に,女子の半分ほどは湊斗のところに来た。どことなく人気の差を見せつけられたような気がした湊斗だったが,授業が終わる頃には教え方の上手下手が発覚したため,人数差は無くなっていた。やはり,天才は教え導くには向かないのだろうか。
「望月さん,こういう感じでいいのかな?」
「有栖ちゃん有栖ちゃん!みてみて!」
「わわっ,これどうしよう!」
「じゅ,順番に回るから待ってほしいわ!」
「藤室くん,これでいいと思うかな?」
「もう少し出力を抑えた方がいいな。外部の衝撃があると,最悪手首が吹っ飛ぶぞ」
「何それ怖いっ!?」
「嘘だと言ってくれ湊斗ォ!」
「死にたくないなら気をつけろよな」
そんな訳で初日の魔術教室は無事に終えられたのだった。
教える側の収穫といえば理解度が深まる……というものだが,あまりにも初歩的過ぎるとその効果も薄れるというもの。
少なくとも入学式までの期間は毎日行われる予定だが,果たしてどのレベルまで鍛え上げることができるだろうか。入学式を過ぎれば誰かが失踪する。それまでには戦力になるように仕立て上げなければならない。
有栖が集めた生徒となれば,その芽はあるのだろうが。
「理事棟への侵入捜査?」
「そうよ。リチャードとエミリオ,アイビーの協力でシャルロッテが向かったはずの図書館棟は洗い終わったのよ。リチャードが痕跡を辿る事のできる適性だったのがありがたかったわ」
「何かあったのか?」
「物的証拠は何もなかったのだけど……魔術を使用した跡が残っていたわ」
「敵と思わしきは2流以下の魔術師ってことか?」
魔術の跡は1流でもない限り隠蔽が難しい。もっとも,その1流が敢えて跡を残すことによって油断を誘っている可能性もあるため,油断は出来ない。
「おそらくね。何かを隠蔽したようだったけど何を隠蔽したかは分からなかったわ」
「悪いな,流石に限界でよ」
「お前が気にすることじゃないさ」
有栖の後ろにいたリチャードを労い,作戦を立てる。
リチャード・ラヴィーン。英語とフランス語に達者で魔術適性は『事実解明』。隠蔽工作に対する特攻のようなものだが,何かしらの”隠蔽”が行われていないとあまり意味をなさないという欠点がある。つまり,未知の技術の解明等には何ら有効手段になり得ないということである。一言で言えば探偵だが,今までの振る舞いを見る限り,探偵気質と言う訳ではなさそうだった。
「捜査は3人でやるのか?」
「流石にそれ以上は増やせないでしょう?」
「それもそうだな。まぁ,こういうのに向いているラヴィーンがいて,それなりに知識のある俺がいて,単純にエリートな望月がいるとなれば成功率は高そうだ」
「いつ侵入するか決めないとじゃないか?」
「いつがいいんだ? 俺としては夜なんだが」
「そうね,捜査は夜にすべきでしょう」
「問題なのは侵入方法か……正面からなんて流石に論外じゃないか?」
「切り札を使うわ」
「切り札? そんなのがあるのか?」
「あーそうか,ラヴィーンは知らないのか。去年,血の文化祭事件という事件があってな。それに加担した教員がいた。関与を隠す代わりに何かあったら協力しろ,という具合で無理矢理動かせるやつがいる」
「お前ら……怖えな」
焚き付けられた不良生徒を無自覚とはいえ更に焚き付けた教員,古典の金子。あの事件は実行犯が軒並み退学措置を受けており,軽くても長期間の停学だ。理事長も首謀者は知らないのだが。生徒の暴走に一役買ったとなれば金子に厳罰が下るのは避けられない。何せ,理事会は今になっても首謀者を探すのに必死なのだから。
「だが,それだけだと厳しいんじゃないか?金子が侵入に自分のパスを使うとは思えない。あいつ,自分の身しか考えていないからな」
「上手く丸め込んだとして,下手を打つ可能性もあるわね。だからもう一枚切り札を使うわ」
「もう一枚あるのか?」
「え?藤室は知らねえのか?」
「あのな……俺が望月のことをそこまで知ってるわけ無いだろうが」
「ん?でも付き合ってるんじゃねーの?」
「「え?」」
「え?」
空気が凍った。リチャードもそのような反応になるとは思わなかったのか,完全にフリーズしている。何とか立ち直った湊斗が場を収めようとする。
「で,でだ。切り札って一体何なんだ?」
「え? あー,えっと……2年近く前なんだけど,ひとつ買い物をしたのよ」
「となると……シャルロッテか?」
「そうね,買ったのは情報科の本田,その教員パスの情報よ」
復活したてのリチャードがまたフリーズした。さもありなん。
「おいおい……シャルロッテが裏で情報屋し始めてから割とすぐってことだろ? どんなに嫌いだったんだ」
本田教員は湊斗のクラスで授業を,有栖のクラスでは担任をしていた。有栖とは性格的に反りが合わないという話だったがここまでだとは湊斗にも予測できなかった。
「ともあれ,その情報を使って偽造パスを用意するというのが今回の作戦よ」
「なるほど。印刷室に呼ばれたのはそういうことだったのか」
「そういうこと……あと5分くらいで金子先生も到着するからそうしたら偽造開始ね」
なお,リチャードは途中から完全にうわの空である。犯罪紛いの行為に加担すると知って余程ショックが大きかったのだろう。合掌……
「何してるのよ」
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キャラクターメモ
『レイン・フリスハイラー』
湊斗たちが高等部1年に上がるタイミングで大学4年生となった先輩。
魔術の腕だけは確かなのだが,正確に難ありである。
有栖は気づいていないが,相手が女性であれば基本的に好意全開ムーブをかましている。
初期構成ではやられ役Aだったが,構成変更により,「本編には関わらないけど重要なキャラクター」となった。大出世。
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次話は少しコントします。こういうのがシリアスを引き立ててくれると思いたいのです……
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