第2話 進学の裏側
表園学園は外側からは決して感じ取れない歪さがある。所属する生徒の学力差が大きすぎるのだ。同じ学園にいるには違和感が付き纏うほどの成績の差がそこにはある。受験の裏で何か行っている可能性が高いというのは生徒間で公然の秘密と化している。面接試験と言われると黙るしかないため,深い詮索を成功させたものはいない。
他にも挙げればキリはないだろうが,そのような歪みに気づける程強い生徒はいない。そこには何かしらの魔術が絡んでおり,外から見ても分からないのはある種当然のことでもあるのだ。
翌日,湊斗は目的のため校舎のエントランスに足を運ぶ。
その目的は2つ。有栖が話していた2名,石橋涼太と蔵元愛莉を知る人物を探すこと。春休み真っ只中のため,狙って見つけるのは困難を伴うが,1日もあれば見つかるだろう。
もう1つは有栖とシャルロッテの動きを探ること。湊斗の知る限り,血の文化祭事件以来今の今まで2人が接触することはなかった。
(にも関わらず接触したのなら必ず何らかの意図があるはずだ)
彼女らの行いが危険なものでは無いと直感してはいるものの,クラス全体で学校の歪さを共有した時点で何が起こるか分からない。
そんな状況だからこそ,クラスの事情は極力すべて把握しておきたいのが実情なのだった。
卒業式の1週間前,望月有栖はとある人物に接触を図っていた。名前はシャルロッテ・アドラー。いきなり現れた要注意人物。湊斗に協力を要請しなければどうなっていたことか,まるで検討もつかないが,面倒なことになっていたのは確実だろう。
血の文化祭事件以後,有栖から接触を試みるのは初めてだった。
シャルロッテと交わした約束的にも,学年を率いている有栖と直接会話するのはリスクが大きい。それを考えれば今回すんなりと会えたのはありがたい話である。
「シャルロッテ?」
「はい,ここにいますよ」
中等部体育館の裏……の茂みの向こうに移動する。
「勝算はあるのですか?」
「当然。新しく入ってくる留学生組も私の集めたい人がちゃんと来てくれたみたいだし」
その眼は有栖から目を離さない。その青緑色の瞳に何を見ているのか。分かる人物はいないだろう。魔術師である有栖でも無理なのだから。
身長で言えば幾分か有栖の方が低い。そのためか真っ直ぐに向けられるその視線は余計に鋭さを持っている。
「なぜキヨカズをSクラスに入れたのですか?単に不和を産むだけだと思いますが」
「確かに彼は外国人を敵視してるわ。けど優秀ではあるから。克服出来ればきっと優秀な戦力になるわよ」
既に覚悟は決めている。身の安全の確保に協力すると言った以上,学園に喧嘩売るから協力しろなどと言える筋はないが,それでも協力を要請するしかない。問答を繰り返し,納得の表情が浮かんだところで口にする。
「お願いよ。協力して貰えないかしら。あなたにとっても悪い話ではない筈だし」
「……分かりました。詳しい話を聴きましょう。ボクもあなたを好いていますから」
まずは今までの失踪者を調べて貰おう。感謝の言葉を口にしながら有栖はそう考えるのだった。
中等部卒業式までの1週間,飛び級の手続きを終えた有栖は,足繁くとあるところに通っていた。高等部の敷地内に忍び込み,緊急用備蓄倉庫の鍵を
隠し階段を降り廊下を進むと認証用の台座に手を乗せる。
「今日も来たわよ」
そう声をかけて魔術師の隠れ家に踏み込んだ。
「最近は毎日来るね〜?暇なの?」
「いやいや,そんなことないって。レイン先輩こそ,私が来る度にいるみたいだけど?」
「それは,君が来る予感がしていたからだとも!」
レイン・フリスハイラー。新大学4年生で21歳。本人曰く異世界から来た魔術師で,ここに潜みながら魔術の研究をしているらしい。学園の理事棟地下にも魔術師がいるという情報をくれたのもレインその人だ。性格に難あり,ではあるが。
彼の情報が正しいとすれば件の伝統や校則違反した生徒への処罰も納得出来る。そのため疑ってはいなかったが出来る限り関わりたくない。
特に,有栖は自身への好意全開の態度には正直呆れていた。有栖の誕生日は4/2のため,あと1ヶ月も経たずに14歳になるとはいえ13歳相手にそれは如何なものかと思う。そもそも既に有栖は身の振り方を決めている。とはいえ,どうこう言うつもりは無いのだが。
卒業式の朝,シャルロッテから失踪者リストを渡された。出来る限り多くと言ったが開校してから今までの全員分のデータが貰えるとは思わなかった。きっと,可哀想な教員が減給かクビになるのだろう。
シャルロッテが転校してきてから2年間で3人の教師が不審な退職をしている。そのうちひとりは有栖と湊斗がシャルロッテに依頼した翌日だった。察するしかない。
「すみません。時間がかかってしまいました」
「いいの,気にしないで。それより新しいクラスメイトを集めたいから1-Sに集まるように連絡して貰える?」
シャルロッテ・アドラーは厄介な性質ではあるが,有栖の知り合いの中でも飛び抜けて優秀だ。その力が良い方向に振るわれることが殆ど無いだけで,それを除けば優良なのだ。
Sクラスに魔術師の素養がある少年少女を集めることができたのもシャルロッテの功績によるものが大きい。協力を依頼したのは有栖だが,Sクラスの生徒はその多くがシャルロッテが見繕ってきた人物である。
「了解です」
中等部体育館に入ると,教員の死角になる位置で携帯用端末を使い葵にメッセージを送る。
卒業式を終え,湊斗のいる3-C教室前でシャルロッテを待つ。携帯用端末でとある人物にメッセージを送りながら。
その画面には[to
卒業式を終え,アリス主催の顔合わせを済ませた後,シャルロッテは大学敷地内の図書館棟に足を運ぶ。学生証を提示し2階に上がっていく。基本的に別の学部に入ることは禁じられているが,図書館棟のみが特例となっている。 理事棟付近を経由しなくてはならないため学園側に把握はされていると考えるべきだが。
いくつか本を抱えながら右から3番目の席に付くと,10秒後,左隣の椅子が引かれる。
「俺に何か用か,嬢ちゃん」
「いいえ,単なる噂の検証です」
「どんな噂か,聞いてもいいかい?」
「月曜日に大学図書館棟2階に特定の本を持って座ると悪魔に喰い殺される,と言うものです」
シャルロッテに声をかけたのは痩せた不健康そうな風貌の男。力ない振舞い,口調,それでも目は鋭く予断を許さない。質問も,答えないなら答えさせるといった類の圧力を孕んでいる。
「へぇ,嬢ちゃんは大胆だな。もしくはバカか変人かだ」
「実際に人喰いがいるのなら学園側が手を打っていると思いますが。そもそも──」
「そもそも,何だ?」
「いえ,何でもありません。ボクはこれで」
「待ちな,嬢ちゃん。その言葉の後を吐いて貰わない限り,帰らせはしないぞ?」
失言に気づいた時にはもう遅く,シャルロッテの肩は掴まれていた。痩せこけたその風貌からは予期できないような握力。既に,右肩が悲鳴をあげている。シャルロッテも警戒していたというのに想像以上の速さだ。
シャルロッテは咄嗟に体を捻って拘束を脱し,向き直る。
「話したとしても,内容次第でどうなるか……ですね?」
「理解が早いようでなによりだなッ!」
2mほどあった差を縮め,男は拳を打ち込む。シャルロッテが避けるより遥かに速く打ち込まれた拳は一瞬でその腹部に命中する。
「──っ!」
「おや?まだ意識があるのかい。割と本気だったんだがね」
「正直,逃げ果せることなど出来そうにありませんが」
血を吐きながらそう返すのに精一杯。あとあと,図書館を汚したと小言を言われるのだろうとぼんやり考える。
「なら,さっさと捕まってくれや。面倒なんだよ,俺も」
「出来ない相談──」
瞬間,男から蹴りが放たれる。右からの蹴り。シャルロッテの読み通りだ。左腕を使って受け止め,右手で懐からナイフを抜いて足の健を切断する。
「チッ,待ちやがれ!」
迷うことなく逃走を選ぶ。とはいえ,未だ痛み続ける腹部と,蹴りを受け止めた衝撃で砕けていたと思わしき左腕を抱えてどれだけ距離を離せるか。おおよそあの体格の人間が出して良い威力ではなかった。
非常用出口を開けたところで複数の人影に囲まれる。
「本命はこっちだったのですね」
「えぇ,それはまぁ,ね?」
正面の女が答える。5人の男女混合,年齢は全員30歳程度。それが何か突破口になるという訳でもないが。
精々,老けていると煽れるかどうかである。
一か八か,人の多い広場側である右側を突破すべく,ナイフで斬りつけようと試みる。
「あら,なんのつもりかしら?」
「違う……君に斬りかかった覚えはありませんが」
「それをキミが知る必要はないわ」
「え……?」
後ろから突き抜けた刃を見ることしかできず,シャルロッテの意識は沈んでいく。
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キャラクターメモ
『望月有栖』
金髪に青い目の少女。湊斗より2つ下の学年なのだが、飛び級してこの学年に。本人曰く、湊斗の学年は異常。
魔術師として天才とも言うべき才能を持っているが、その他の分野にも秀でている。
物語開始時(3月下旬)では13歳なのだが年齢不相応な振る舞いが目立つ。
湊斗とは有栖がここに入学式した時(要するに約7年前)から交流があり、魔術的な事件が起きたときにはしばしば協力をしてきた。
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今回は短めですが基本は各話5000字くらいを目安にしています。
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