Ⅰ転生先で異世界転移Ⅰ 〜龍と理想郷〜
鳥乃 雛
序章
第1話 新たなる縁
3月中旬──古いとも新しいともつかない体育館の中で中等部卒業式が行われていた。
ただ生徒の顔にこれといった感慨を浮かべている者はほぼいない。それもここ
(最近,精神年齢が若返ってる気が……これも,転生の影響なのか?)
そう,彼はいわゆる転生者と呼ばれる存在である。前世の名前は
一応,日本のあった地域に再び生まれたことには感謝している。もっとも湊斗に神のいるいないは分からないのだが。
何故「一応」なのか,それは湊斗の知る地球とは様々な差異があったからだ。「私達が住んでいるのは大日本帝国です──」そんな小等部教諭の言葉を聞いたときの驚きは今もはっきり覚えている。とはいえ当時の精神年齢は40超。大きく取り乱しはしなかったが。今では実年齢くらいな気がしている精神年齢だが,それでも影響が残っているのか,あまり一般的な中学生とは言えない状態だ。あるいは前世でもそうだったのか。
他にもいくつか国の数や大きさに差異があるようだ。大日本帝国の存在から推測出来るだろうが,WWⅡも太平洋戦争も起きていない。当然,大統領や首相の名前も違っていた。他にも歴史の主要な事件のあらましが一致しない。まるで,”水翔”のいた地球を知る者が存在したかのように。
気がつけば卒業式が終わり退場が始まっている。この後は自分のクラスに戻り諸々の連絡の後解散の予定だ。
(新しいクラスだけ確認して寮に帰るか)
そんなことを考えていると不意に声をかけられる。
「お〜い,藤室せんぱーい!」
「久しぶりですね,ミナト」
「お前らか。2人一緒とか珍しいな」
声をかけてきたのは湊斗より2つ下──新中2となる学年のお姫様,
そして,湊斗が中2の頃転校してきた同級生,シャルロッテ・アドラー。
「その様子では新しいクラスを確認していないのですね」
「私たち,3人とも同じクラスよ?」
「は?……ってことはSクラスか?そもそも望月に至っては学年違うんじゃ──」
「飛び級。そういうことだからこれからは先輩ではないわね,藤室くん」
表園学園では留学生を広く受け入れている。何でも国際化がどうこうなのだと。
Sクラスはそんな留学生との交流を目的としたクラスであり,外国語能力に優れた生徒が振り分けられる傾向にある。湊斗も例に漏れず英語力はそれなりに高い。読み書き特化型だが。
「これがミナトの分です」
「お,おう。助かる」
クラス名簿を押し付けられる。
だが,彼女らがそれだけのことで接触してくるとは思わなかった。天才児にして問題児。それが湊斗の下した評価なのだから。
「それで……何が目的だ?」
「先に1-Sの教室でまってるよ!」
「それでは後ほど」
どうやら何かのお誘いらしい。わざわざ誘いに乗る理由は無いのだが,湊斗は新校舎に足を運ぶことにする。いや,運ばざるを得ない事情があった。
周りに目を向けながら歩みを進めていく。湊斗の趣味は人間観察になっていた。前世のエピソードは忘れても知識は忘れていない。自分の知識がオタク方面に偏っているのだからかつての趣味は推し量れるというもの。今はそんな金など無いため,こいつはゲームだと最初に死ぬタイプだなと考えながら過ごすようになっていたのだ。性格が悪いと思うかもしれないが知ったことではない。
途中,新しいクラスメイトと思わしき人物を見かけた。趣味の都合上,一方的に知っているというケースが後を絶たない。相手からすれば気持ち悪い以外の何物でもないだろう。
(食堂のメニューは変わらないか。本当に大した変化はないってことか)
図書館と食堂を後にし,コンピュータlab.に向かう。家にその類の電化製品が無い湊斗にとって学園のコンピュータ端末はありがたい以外の何者でもない。無論,通販サイトでの購入やアダルトサイトへのアクセスなどを防ぐため,制限はかかっている。
コンピュータlab.のドアを開けるとひとりの教諭と目があった。
「藤室か。どうしたんだ?卒業式も終わったろうに」
「本田先生……いや,特に何もありませんよ」
そう言ってドアを閉め足早にコンピュータlab.を離れる。どう考えても怪しさ満点だが,他の誤魔化し方を思いつかなかった。
「サイト制限を抜ける裏ワザを探しに」などと言えるわけがない。その裏ワザは入学してから9年間,見つけられないでいたのだが。
(まさか本田がいるとは……運がない)
そして,新マップを探索するかの如く,校舎をひと通り回った後1-Sのドアを開く。
「Too late」
「悪い」
いきなり悪態をつかれた……のだろう。リスニングが不得手な湊斗には自信をもって聞き取れたとは言えない。しかしながら,正真正銘,最後の一人である。当然,白い目で見られる。そんな目で見ない者など,さっき会った2人くらい……に加えて興味がなさそうな数人といったところだ。
歩調を早め,席に付く。その直後に望月が話し始める。彼女は飛び級のため多少なりとも浮いているが,少なくとも表向きは不満を持つ生徒などいないようだ。
「今日,私が皆を集めた理由はふたつあります」
(やっぱり,言い出したのは望月か)
学年のリーダーポジションだった彼女が動くのは自然だが,それを失った新中2は混乱するかもしれない。良くも悪くも卓越したリーダーシップを発揮していたのだから。
「ひとつは全員が仲良くなること。何かあった時相談できるような関係になれとは言いません。けれど友達と言って差し支えない関係を目指すこと。これはもう1つにも関係します」
クラスメイトの顔色に特段の変化は無い。湊斗にはシンプルに受け入れる生徒,どう反応していいかわからない生徒に二分されていると感じられた。湊斗の席の位置は窓際の一番前なので後側に目を向けている。そのせいで彼の評価が不真面目で協調性が無い,というものになったことに彼が気づくのはもう少しあとである。
「そのもうひとつはチームとして動くこと。この学園は何かと不自然すぎます」
(あぁ,やっぱりか)
今度は半数程度の顔が引き締まる。その半数程度は内部生と一致する。湊斗としては納得というところだ。
(望月──お前は学園相手にどう動く?)
「内部生はご存知の通り,この学園には入学式に参加した生徒のうち一人が行方不明になるという伝統があります」
何と物騒な伝統だろうか。初等部,中等部,高等部,そして大学に至るまで毎年4人が消えている。とはいえ湊斗が足を運んだ理由はこれである。クラスがこの問題に対してどこまで踏み込むかの把握。それによって彼は自分の行動を変えるつもりでいた。この件は湊斗も密かに探ったものの何も掴めないでいるためだ。
「誰が居なくなったんだ?というか話題にならないのも不自然じゃないか?」
声を上げたのはハリソン・アームストロング。教室に入ってきた湊斗に文句を言った生徒。彼は外部生だったはずだ。少なくとも湊斗の記憶には無い生徒。当然,この学園を取り巻く状況を知らなくても不自然ではない。なお,流暢とは言えないが発した言葉は日本語だった。
「そうね,ハリソンくん。去年いなくなったのはBクラスの
「そ,そうなのか……?」
(そんなにまくし立ててハリソンが理解出来たかは怪しいけどな)
「それにしても良く調べましたね。私の知る限りだと,記録にも残されていないはずなのに」
「まあ協力者も居ましたから」
(協力者は十中八九シャルロッテだろうな)
Sクラス30人のうち純日本人は10名。そのひとり,
有栖はいくつかの疑問に答え,結果としてクラス全体が秘密裏に不自然を解き明かすアプローチをすることで合意し,第一回の作戦会議が来週,多目的ホールで行われることになった。
湊斗は寮の自室でひとり今日の出来事を整理する……はずだった。
だがなんの因果か,他に4つの人影がある。初等部,中等部のどちらかで同じクラスだった
「なんで俺の部屋なんだろうな」
「まァ,仕方ないっしょ?」
「顔が良いんだから苦労しとけって」
「そうだな。理由になってないな」
「顔が良いといえば1人ザ・イケメンって人いたよねー!」
「ウォン・アジュンだったか?」
「ウォンも外部生だな,俺の知らない顔だった。ま,もう覚えたが」
「でもでも?あれは誰だって一度見たら忘れないと思うよー?」
実際のところ,この4人と縁が無い訳ではない。瑞稀,誠一郎とは初等部で,葵,清和とは中等部で同じクラスだった。
だが,誠一郎と清和が幼馴染で瑞稀と葵は中等部体育祭の実行委員を3年連続で務めている。ここに自分の入る余地などなさげだ。
「湊斗を巻き込んだのはクラスで一番信頼出来そうなのがお前だからだよ」
花山清和が今まで閉じていた口を開く。
(そういえば,なぜか清和は外国を嫌っているんだったな。金髪蒼眼の有栖に抵抗があるのも頷ける)
望月有栖は英3:日1のクォーター。純英国人なのは母方だ。名前としては日本人そのもので日本語も達者だが,重国籍状態だ。日本好きが過ぎる母親にせめて娘の意思を……と重国籍状態に留めさせた父親の苦労が偲ばれる。
結果として娘に利用されているのだが。
(そうなると俺のSクラス入りも仕組まれたのか……?)
なにやら怪しいものがあるが下手は打てない。有栖と敵対するということは彼女とシャルロッテを奪い合うことになりかねない。彼は──そう,彼である。ドイツ語女性名のはずなのだが……。本人に聞いても「確かに珍しいですよね」とイマイチピンとこない回答が返ってくるだけだった。
ともあれ,先の文化祭でシャルロッテと交わした約束は,
・シャルロッテ・アドラーは望月有栖,藤室湊斗両名及びその友達,クラスメイトに害を及ぼす行動を取らない(例外有)
・シャルロッテ・アドラーは望月有栖並びに藤室湊斗の要求に可能な限り応える
・シャルロッテ・アドラーの身の安全の確保に望月有栖並びに藤室湊斗は協力する
──この3つである。対象が両名になっているため,有栖と湊斗が敵対した結果,約束が丸ごと破棄される可能性がある。シャルによる実験の犠牲になった生徒がいる以上,自由にさせたくはない。そうでなくともシャルが有栖側に付けば敵である湊斗への攻撃は(表沙汰にならない範囲で)より苛烈なものになるだろう。
有能な味方を失うどころか,身を破滅させるような選択は取りたくなかった。
「と言う訳で,極力協力は避けたいんだけど……どうだ?」
「私ははんたーい」
織原葵が反対意見を投じた。即答である。
(用意していた回答……か?)
葵と有栖の交友関係は無いと踏んでいたが,アテが外れたのかもしれない。即答するあたり,有栖のサシガネを疑わなければならないだろう。少なくとも,かつて同クラスだった頃の葵はこういう時最初に答えるようなことはなかった。
「うーん,私はどちらかというと賛成かな」
「俺も幼馴染の肩を持つとするよ」
紺野瑞稀と林田誠一郎は賛成した模様。
(この場で葵を孤立させる必要もないか)
「俺は賛成できない。できないが,確かに盲信は危険だろうな」
湊斗は当たり障りのないことを言っておく。考え事のせいでロクに話を聞いていなかったため謝罪ルートも考えていたが,どうやら回避できたらしい。
ともあれ清和に反有栖グループ結成の意思があることと,有栖がそれを察知している可能性があることを把握できただけ良しとする他ないだろう。
「何だよ,全員賛成してくれると思ったのによ」
「まァ,変に言いふらすような人じゃないよ,葵も湊斗も」
「ところで聞いておきたいんだけど,お前らは誰か気になる奴いる?」
「つまり好きな人ってことー?」
「いやそうじゃなくて!単純に気にかけたほうが良さそうな留学生だよ!」
(誠一郎……言葉には気をつけるんだったな)
そう考える湊斗だったが,葵と瑞稀は異性方面で捉え,清和は完全に我関せずといった構えだ。湊斗は助け泥舟を出してやることにする。
「そういう誠一郎は誰を気にしてるんだ?」
「──えっと,あの……やたらガタイの良い奴だよ。名前は忘れちゃったけど……スズキ?」
「いたいた!でも日本人!って感じはしなかったけどなー」
「アルトゥール・スズキ・ペレイラ」
「それだ!」
アルトゥール・スズキ・ペレイラ。その特徴は魅せるというよりは使った結果鍛えられたのであろう筋肉。武力衝突はまず避けたいと思わせる。この学園,暴力沙汰を校則で取り締まらないなどと変な箇所が抜けている。無論,法は適用されるため訴えられた場合は厳しい立場に置かれるだろうが,回避する方法はいくらでもある。「学園の不利益を吹聴することを禁ず」──1番の強敵となる校則だ。
(例の血の文化祭事件後は鳴りを潜めている以上,気にし過ぎるのも問題か)
話を終え,解散となる。葵はアーキル・アーリム・アッラーム,瑞稀はレティシア・ヴィレガスを挙げていた。なお,清和は案の定と言うべきか,全員敵だと言わんばかりの表情で未回答だった。
湊斗としても出来る限り留学生組との交流を広げたかったが,言語の壁は想像以上に高そうだ。例のハリソンとはあの後,言葉を交わしたが軽い挨拶の域を出ない。
──さて,俺もすべきことに取り組むとするか。
表園学園1-Sクラス名簿
※名簿は登録順とする。
アーキル・アーリム・アッラーム
べステ・エルマス
シャルロッテ・アドラー
アイビー・クロフォード
ノア・カッバーニー
レティシア・ヴィレガス
ミンナ・ロヒ
アナスタシア・ガウリーロヴナ・キキモヴァ
ジョバンニ・ジョルジアンニ
ノエル・フランソワ
クリシュナ・パタック
ウォン・アジュン
アルトゥール・スズキ・ペレイラ
アイリーン・ディアマンディス
カタリナ・シュワルツ
ハリソン・アームストロング
エミリオ・ガルーラ
リチャード・ラヴィーン
ツァオ・シーハン
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