第12話 星の護符

 いったい、どれほど眠っていただろう?


 私は、夢の中で、久しぶりにお母さんと再会した。


 お母さんは私ににこやかに微笑みかけ、子供の頃によくそうしてくれたように、私をぎゅっと抱きしめてくれた。

 それから体を離すと、私の顔を正面に見すえ、しんみりとした声で告げた。


『ごめんなさいね、愛。あなたには、ずいぶん過酷な運命を背負わせてしまったわね』


 私の異能力について言っているのだと、すぐに分かった。


『ううん、別にお母さんが悪いわけじゃないよ。ただ、ちょっと私に運がなかっただけ』


 私は肩をすくめ、苦笑する。


『でもね、おかげで素敵な出会いもあったから。むしろ運がよかったのかも』


 獅子戸くんの優しい面影がふと脳裏によみがえり、胸の奥がじんわりと温かくなってくる。

 私は照れくさそうに笑い、心配そうに私を見つめるお母さんに言った。


『だから、ありがとう、お母さん。私を産んでくれて。私、お母さんの娘でよかった』

『愛……』


 たちまちお母さんの表情がほころび、口元から柔らかい笑みがこぼれた。

 お母さんが、さとすような優しい声で私に語りかける。


『よく聞いて、愛。あなたは――』

『ん? なに、お母さん。よく聞こえないんだけど……』


 お母さんの姿が、しだいに白いもやの中に消えていく。


『お母さん? ……お母さんっ!?』


 私は必死に呼びかけたけれど、お母さんが何を言いかけたのか、とうとう最後まで分からなかった――。






 意識の遠いところから、なにやら会話が聞こえてくる。


「坊ちゃんは気づいていたのか? このお嬢ちゃんが異能力者だってこと」

「うん。彼女から話を聞いて、もしかしたらそうなのかなって」

「だったら、もっと早くに教えてくれ。坊ちゃんがどうしてお嬢ちゃんを家に引きこんだのか、ようやく理解したよ」

「へへっ。『敵をあざむくにはまず味方から』って言うでしょう?」

「俺をあざむいてどうする」

「ちょっと意地悪してみたかっただけだよ。誠士郎には悪かったって思ってる」


 頭がズキズキして、夢か現か、まるで判断がつかない。

 会話を交わしているのは、獅子戸くんと誠士郎さん?


「それにしても驚いたな。本当にいるとはな、俺たち以外にも『星の護符』を持つ者が」

「うん。しかも、こうして集まってきている。これが偶然と言えるのかな? なんだか妙な胸騒ぎがするよ」


 やっぱり、獅子戸くんと誠士郎さんが話しているみたいだ。


「なあ、坊ちゃん。この子、俺がもらってもいいか。俺にはこの子が必要なんだ」

「『俺たち』の間違いでしょう? だから、こうして彼女を連れてきたんじゃないか。僕は彼女を譲る気なんてないからね」


 いったい何の話をしているのだろう? 私にはまるで見当がつかない。


「う……うぅん……」


 涙のせいか、まぶたが妙に重い。

 それでもうっすらと目を開くと、瞳に二人の姿が映し出された。


「おや、ようやく目が覚めたみたいだね。おはよう、僕の可愛い眠り姫。夕べはよく眠れた?」

「お、獅子戸くん……っ」


 起きて早々、獅子戸くんの甘いスマイルに顔をのぞきこまれて、頬がカッと熱くなる。


「ここは?」

「安心して。僕の家だよ」

「……どうりでベッドがふかふかだと思った」


 私が安心感に包まれながら、素直な感想をそのまま口にすると、誠士郎さんが笑った。


「ハハ、まだ寝ぼけているみたいだな。でも、無事でなによりだ。坊ちゃんがお嬢ちゃんを助け出さなければ、今頃どうなっていたことか」

「……獅子戸くんが、私を助けてくれたんですか?」

「言ったでしょう、僕が君を守るって。僕はただ約束を果たしただけだよ」


 私の問いかけに、獅子戸くんはウインクをして応えてくれた。


「あ、ありがとう……ございます」


 獅子戸くんの澄んだ瞳に見つめられて、ますます熱が上がってくる。

 胸がドキドキと鼓動を速めて、痛いくらいだ。

 この音を彼に聞かれたらどうしよう……。


「あー、こほん」


 誠士郎さんが軽く咳払いして、続ける。


「せっかくいい雰囲気になっているところ悪いんだが、お嬢ちゃんにはさっそく聞きたいことがある。――その札、いったいどこで手に入れた?」

「札?」


 不思議に思って、誠士郎さんの視線の先を目で追ってみる。

 すると、私の枕元に、木枠に収められた、羊が描かれたポストカードくらいの大きさの絵が置かれていた。


「これ、お母さんの! どうしてここに?」

「君が倒れていた場所のすぐそばで見つけたんだよ。君の物かと思って、持って帰ってきたんだ。迷惑だった?」

「いえっ」


 私は首を横にふった。

 それから上体を起こし、形見の絵を手に取ると大事に胸に抱えこんだ。


「……これは、私とお母さんとを結ぶ、唯一の思い出の品なんです。この絵を見ていると、優しかったお母さんを思い出して、いつも勇気をもらってきました」

「だが、危険な物でもある。よかったら俺たちが預かって――」

「誠士郎」


 獅子戸くんが誠士郎さんの言葉をさえぎり、私にニコッと微笑みかける。


「お母さんとの思い出がつまった大切な絵なんだね。そんなに素敵な絵なら、リビングに飾らせてもらえないかな。僕たちにもよく見せてほしいんだ」

「ええ、いいですけど……」


 こんな古びた絵でいいの? おしゃれできれいなリビングには不似合いな気もするけど。

 でも、この家ならセキュリティも万全だろうから、獅子戸くんに預けておけば安心だ。

 それに、天国にいるお母さんだって、獅子戸くんや誠士郎さんにも絵を見てもらったほうが、きっと喜んでくれるよね。






 けっきょく、この日は体調不良を理由に学校を休んだ。

 どっと疲れが出たのか、体が重く、なんだか微熱っぽくもある。


「ずるい! 僕も一緒に学校休むっ!」

「坊ちゃんはどこも悪くないだろ。さっさと行ってきな。学生の本分は勉強だろ」

「ちぇーっ。誠士郎の意地悪」


 獅子戸くんはさんざんごねたけれど、とうとう誠士郎さんに追い出され、しぶしぶ学校へと出かけて行った。


 獅子戸くんのいないダイニングで、いつもより遅い朝食をいただく。

 テレビには、ちょうど朝のニュース番組が映し出されていた。


『次のニュースです。昨夜、住宅街で火事があり、辺りは一時騒然となりました。台所が出火原因と見られ、焼け跡からは――』


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