ヒトの口に戸は立たない、だから私の”言語”で覆うのです

渡貫とゐち

それが解読できない答えだった


「はいはい集合っ! これ見て覚えて一緒にやるよ!!」


 びっしりと、ノートに徹夜までして書き、必死に考えた私たちの新しい言語だ。

 日本語でも英語でもなく、もちろんその他の言語でもない独自の言語。


 これがあれば、いつ、どこでも私たちは秘密の会話ができる……ゴシップは喋り放題、恋愛相談だって堂々と授業中にだってできちゃうってものよ!


「こいつ、またなにか始めたよ……その熱意を他の方向に回せないものかねえ」


「んー、でも、これでいいんじゃない? だって見ての通り空回ってるし、これが別の方向へ向いたところで、やっぱり空回るだけだと思うよー。つまり、誰の迷惑にもならない範囲で空回って被害が抑えられているなら、文句を言って矯正しない方がいいってこと。ふんふん……いいじゃん、独自言語。覚えないけど」


「覚えて! あと、誰が空回ってるのかな!? どこがっ。私がいつ空回ってるって!?」


 すると、親友ふたりが私を指差し、『まさに今』と声が揃う。

 さらに、指先がずいずいと近づいてきて、あと少しで目が突かれるところだった。危なっ、いま目を閉じたら徹夜だし寝てしまうところだったよ!


「もうっ、ひとまず見てよ! 諦めるのは挑戦してから! なんでもかんでも第一印象で決めて切り捨てるのはよくないよ!」


「顔を合わせただけで男子の告白を断るあんたが言ったらダメでしょ。振る前に一度でいいから遊びにいけばいいのに……そのくせ、彼氏が欲しいとか、コイツマジかよ発言するんだもんなあ……。何様なわけ?」


 う。

 ウルフカットで王子様的な迫力がある友人の鋭い視線は、私のため、ということが分かっていても怖い……。


【このメンクイめ】


 と、ノートをぺらぺらとめくっていたもうひとりの友人が、既に独自言語を使いこなしていた。……私でもまだちょっと使い方に迷いがあるのに、一回の速読だけで内容を理解したってこと!? ……さすが、勉強しないくせに成績だけはいい女だ。


 体にゴテゴテとアクセサリーを付けたツインテールの美少女だ。彼女は爪がヤバイのだ……色々と乗っていて、それだけで体重が少し増えてしまいそう……。


「あっ、言語、使ってくれてる……って、別にメンクイじゃないもん! 私はね……優しく、親切で、心が綺麗な人がいいの……」


「えぇ……あんたは徹夜で作った言語を使わないの? ……まあいいけどさー。あと、挙げた三つ、全部同じことじゃない?」


 じゃないの。とにかく、私の理想の男子は未だ見つからず、これはもう探すのではなく育てた方がいいんじゃないかな、とか思っていたりする。

 ふたりに、理想の男子の育て方の相談もしたいのだから、いつ、どこでもできるように、この独自わたし言語をマスターしてほしいわけ……分かった!?


 だってさすがに、人前で相談できることじゃないでしょう?

 プライベートのことだって言わなきゃいけない時もあるわけだし……。


「じゃあ勉強してみるけどさー……あんたはもちろん、マスターしてるんだよね?」

「え、あ……うん。うんうん、してるしてる」


【そのままのあんたで男子にアタックしてみればいいんじゃない? ずっと受け身だから結果が出ないだけで、顔は良いんだから前向きに、積極的に行動すればいけると思うんだけどね】


「え、なに、なんて?」


「マスターしてないじゃん。……はぁ、相談に乗る前に、まずは言語の試験を繰り返して、この独自言語をマスターさせるのが先決ねえ……。だよね?」


 視線を横に。彼女のツインテールが揺れた。


 横からノートを覗き込んでいたウルフカットの親友が、【スパルタでいくかー】と、私には分からない言語で話している。


【慈悲はなし?】


【なしでいいだろ。心を潰すつもりで鍛えあげていいと思う……甘やかすとすぐに調子に乗るし、すぐに楽をするからな……。そこが良さでもあるが。というかさ、こいつ発信なんだから、つらくても自業自得の結果じゃん。文句は言わせねえ】


「あのー……こそこそとふたりでなにを……? なに喋ってるか全然分からないんだけど……?」


【 【あんたをどう料理してやろうか相談していたの――独自言語でね】 】


「ねえごめんってっ! 分からないから日本語で喋ってよぉ!!」


 そして、あっという間に半月ほどが経ち、私は随分と遅れて独自言語をマスターした……作ったのは私なのに。

 地頭の差を見せつけられた気分だった。でも、覚えてしまえばこれ以上の発展は、私が手を入れなければおこなわれることはなく、これでやっと、私たちは対等だ。

 独自言語での会話が板についてきた頃、学内のゴシップや恋愛相談――私の理想の彼氏を作るための相談が盛り上がっていた頃だった。

 隣の席にいた非モテ(暗ーい、陰キャ女だ)が、ちらちらと私たちを盗み見しているのが分かった。ここ一週間くらい、ずっと……話しかけたそうにうずうずしているような……。


 独自言語はもちろん、周りに聞こえている。内容が分からないように言語を特殊なものにしているわけで、独自言語は当然、聞かれているわけだ。

 なんなのそれ、と言われることは想定済みだ。既に何人かに聞かれているけれど、三人だけの暗号だよ、と返すと納得してくれた。

 私たちほどぺらぺらではないけれど、他のグループでは簡単な暗号……独自言語が作られているらしく、狭い中でちょっと流行っている。


 私たちは私たちの独自言語しか知らないので、他の人の会話を盗み聞くことはできなかった。

 声が聞こえても言語が違うので内容は分からないのだ。


 だから、隣の陰キャ女子も、私たちの会話なんて分かるはずがなく――――



【あの、わたしも話に加わってもいいかな……】


【無理よ、だって言葉が分から……え? 分かるの!?】


【うん……ずっと隣で聞いてたから、なんとなく、だけど……解読できたよ】


 陰キャ女は自分のノートを取り出し、私たちの言語の調査メモを見せてくれた。……的確ぅ。的確に、私たちの言語を解明している。隅々まで筒抜けだった。……全部バレてる。

 ということは、え? 私たちの会話は――そしてなによりも、私のプライベートは、隣のこの口が軽そうな陰キャ女に全部バレてるってこと……?


 裏アカであることないこと暴露されてるってことかも!?!?


【どこまで知ってる!!】


【どこまで……? ……えっと、この席で話していたことなら、全部、かな……?】


 前髪で目元が隠れた彼女は、特に表情が読み取りづらい。友達がいなさそうでもSNSを使えば拡散は簡単だ……まずいよ、早くこの女の口を封じないと……。

 でないと、私のあれこれがバレちゃうじゃん!!

 世界の笑いものだよーっっ。


【安心して、誰にも言わないから】


【……ほんと?】


【うん。だって、大したこと話してないでしょ?】


 重要なことなんですけど!

 と思っていたのは私だけだったようで、友人ふたりは【確かに】と、うんうん頷いている。


 こ、こっちは捨て身のつもりで明かしているのに……っ。


【だから、安心して。それに、協力者がいれば相談内容もすぐに解決できるかもしれないよ? ――ね、みんな】


 と、陰キャ女の声が教室中に響き、昼休み中、残っていた女子と、少ない男子がこっちを見た。

 そして答える――私の言語で。



【――みんなで相談に乗るよ】



「なんで!? 解読されてるじゃん!!」



 みんなにバレないために作った言語が、たった半月で解読されて…………

 うそっ、攻略本でも配られてるわけ!?!?


「あのさ……だって、解読する……手間はあるけど、難しくはないぞ?」

「そーそー。複雑そうに見えてシンプルだもん。勘のいい子なら時間をかければ法則に気づくし、法則さえ気づけば、解読なんて余裕なんだから。数人が分かれば全員が分かったようなものだよ」


「え、じゃあ、さ……最近の私の相談事って、みんなに……」


【もちろん、全部聞いてたよ】


 ……死にたいわ。

 隠し通せていると思っていたら、ずっと筒抜けだったわ……頑丈な壁だと思っていたのにっ!


「まあ、穴だらけだったしなあ」

「軽く小突けば崩れる脆い壁だったよね」


「うぅ……」

「そう悲しむな。逆に考えれば、説明がいらず、協力者がたくさんいるってことだ――相談相手がこんだけいるんだから、あんたが満足する答えが出てくるはずだよ」

「……それは、確かに」


 私は彼氏が欲しい。優しく、親切で、心が綺麗な男子が――――


 さて、私はそんな彼氏を、どう手に入れたらいいの!?

 教えてみんな!!


【トライ&エラーを繰り返せ、以上】


「え、なになんて……――ちょっと誰よっ、私の言語に手を入れたやつ! 答えが分からないじゃない!!」



 いつの間にか新しいルールが増えていて……私の手から離れてしまった私の独自言語はもう、私でも理解できないところまで進化していた。


 ……結局、くれたアドバイスの内容は分からず、誰も教えてくれなかった……はぁ。


 仕方ない。

 とにかく気になった男子には声をかけてみて……当たって砕けて、を繰り返して理想を見つけていくしかないみたいだ。



 …了

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ヒトの口に戸は立たない、だから私の”言語”で覆うのです 渡貫とゐち @josho

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