第21話 2007年 11月 パチモン店長VS保科長老 2R
「貸金業法の改正で一旦しまった蛇口が、またもとのように開くとは思えませんので、全体の見通しは明るくないとは思います」
なんとか瞬時に出てきた。しかしこれ以上に何か気の利いたことを言える気はしない。
「その見通しがあるゆえに、あなたは無駄な放出はしない考えなわけだ」
あー、はいはい、もう部下とのちょっとした日常会話レベルも把握してますよ、っていうことですねこれはね。ま、しかし何度も言うように動く金額が大き目な「日銭商売」だけに、店舗責任者クラスの動向、一挙手一投足レベルで掴んでいたとして、それは特段驚くにあたらないし、店舗数25までになってきているのであればむしろそれくらいでないとこっちが不安なくらいだ。なので、そんなこと言ってませんだの、それどこで聞いたんですか?だのと言い募りはしない。
「いや、無駄な放出をしないこと、に関していえば、貸金業法の改正とは関係のない話でして……」
「そう、それは数字をみればわかることです」
「はい、まあそれは、そうでしょうね……」
「あなたのそういう割り切ったところは大いに評価すべき点だと私は考えます。この際、業界の最新動向追うのに不熱心だとかそういうことは不問に付してもかまわないとすら思いますよ。若い人たちは対顧客の局面で『いい人』でありたい願望が強すぎるところがある。それはそれでどうかと私も思う」
んー、なんだかちょっと予想外の展開である。もっと早く激しくぎゅうぎゅうに詰めてくるものだと思っていたので拍子抜けだ。だがいずれにしてもここに来て長老とサシで話をするということは必ず何らかの「処分」が下ること確定演出なわけだ。それはもはや揺るぎない。その処分内容が重いよりは軽いほうがいいには違いないので、この先も、淡々と応答する他なかろう。長老に手練手管は無駄と悟った。
「そうですね。イベントだろうがなんだろうが目標数値を見据えれば、スタート回せない、設定入れられない、という局面で、どうにも甘いんじゃないか、と若い人らを見て思うことは私にも多々あります」
と長老を追認、補足する。媚びを売る口調でなく、フラットに。
「なるほど、そういった部分で、あなたは揺るぎないものを持っている。繰り返しますがその点は十二分に評価に値すると我々は考える。ただあなたが抱えている虚無感みたいなものを周囲に振りまくのは金輪際なしにしてもらいましょう。どうでしょう?できない相談ではありませんね?」
いやまあそれくらいのことであれば異存のあろうはずもなく、
「はい。今後、店舗責任者として自らの言動にはより一層気を付けてまいりたいと存じます」
「わかりました。では始末書提出後の通達については早いうちにお知らせしますよ。話は以上です。、と言いたいところですが一点この機会に聞いておきたいことがあるので質問にお答え願います」
「はい。まあ答えられることでしたら」
「鴨宮の山田さんと一番近しい関係なのは間違いなくあなたですね。というより、でしたね、と今は言うべきでしょうが」
「はい。お察しの通りで」
「今現在の彼の諸問題をここであなたに細かく問いはしません。ただ、あなたなら、彼が今かけられてる嫌疑についてすべてに関し『無罪』を主張しているとして、それをどの程度信じますか?直観で。パーセントで考えて」
「100%信じます」
「なるほど。わかりました。では今日はこれで」
「はい。いろいろとおさがわせすることになって恐れ入ります」
立ち上がって、一礼し、向きを変え、後方のドアに向かうあいだに、
背中越しに長老から、「嘉数さん、あなたいい目をしていると私言いましたねえ」と声がかかった。
そういえば、主任に昇格した頃、釘調習いたての頃に、そう言われたことがあったのを明確に思い出した。そうそう、その頃とほとんど見た目変わってないな長老は、と思い、ふと背筋を悪寒が走る。
「山田さんも同じ種類の目のような気がします。ありがとう。参考にします。では」
「はい、こちらこそありがとうございます。では失礼します」
あまり長居する意味もないので、サラっと1階受付の梶本さん勤続15年の女性に軽く笑顔で会釈しながら、頭を掻く仕草を見せつつ牛込柳町を去り、西川口への帰路につく。
長老の最後の目の話はなんだったんだろう。昔の熱意を思い出せということなのか。と一瞬「良い方向」で考えを巡らせたが、そうではなくて、その目力あるなら他でもやれるんじゃないですか?ということだろうな、とすぐに思考を軌道修正した。
それに「目力」久しぶりに再度褒められたとして、元役者だしさほど嬉しさはない。
山田に関してもそういうことだろう。「目力」他で使う気になってくれればありがたい、っていうような。いまのこの状況で老兵の居場所があり続ける気がしない。そしていまの長老とのやりとりを山田に知らせる気にもならない。
最早互いに群れから離れた者同士である。特に何か言葉を交わす必要も感じない。
長い距離歩いて「湘南新宿ライン」に乗車可能な新宿駅ホームに向かいがてら、今後いかに動くべきか?をあれこれ考えた。考えたのだが無精癖が出て、まあ当面路頭に迷わずなんとか生活成り立てばそれでいい、以外に、何も出てこない。
考えてみると、1989年以降、「幾千万」のなか「秀光」のなかで見知った者たち大半は既に去っていた。同族企業でもあるし、重役の椅子が数あるわけでもないし、コネなしで入ってきた者が「終身」居続ける場所ではない、というのは、はしこい人らは重々わかってて早々に見切りをつけて笑顔で去った印象ある。版権モノの嵐、コンプライアンスの嵐、が来て、長時間労働が当たり前になる前に涼し気に去っていた人ら、ああなんて君らは賢かったんだ!とすら今は思う。自分は文句をぶつぶつ言いながら、しかもパチンコ、パチスロ嫌いになりながら、ダラダラと居続けてしまった。
しかしどう考えても他の「仕事」を素早く計算高くみつけよう、って気にならなかった。それは何故と言うにやはり単に無精なだけであろう。
長老との面談を終えた週末には「店長」→「店長代行」への降格人事が、事由に該当する就業規則の条文の番号と共に全社全店舗の掲示スペースに貼り出された。
自分としては大体想像通りの内容であって、驚きもなく淡々と受け止めたが、逆に副店長有馬をはじめ自店内の者たちは、え?何故?軽微な出来事のわりに処分が重いのでは?といったような疑問を直接ぶつけてきたが、まあいまは何事にも厳しい世の中だし、と、適当に受け流した。『実質45歳定年みたいなものだし』というような夢も希望もぶち壊すようなことは内心にとどめ、言わずにおいた。
「WEB対策チーム」は必要な情報収集を終えた、ということで発展的解消となり、従来「管財」の下に枝分かれでついていた「IT担当セクション」が、情報システム部という名称で独立した部門になり、プロジェクトチーム参加者の中から若くて有能と思われる者を現場から幾人かピックアップして組織編制された。もちろん自分は呼ばれない。なので最後に苦杯をなめるかたちになったが、基本、概ね楽しく過ごした「懇親会」の機会もなくなった。
さて「店長」→「店長代行」になっても給与の下げは軽微であって、実質的な「痛み」はないようなあるような、というところではあるが、どう考えても「代行」がとれてもとの「店長」にもどることはほぼ絶対にない、のも確実なので、気分的には面白かろうはずもなく、長老に言動を気を付ける旨約束はしたが、「長期低迷」中の西川口であってもなんだかんだで隔週ペースで新台入れ替えあったりするのが、どうにもこうにも鬱陶しい、という内心の怒りが爆発しそうなところで、ちょこちょこと自分名指しの「ヘッドハント」電話が店にかかってくるようになった。
週一ペースくらいである。自動音声なのか?というくらいな抑揚のない喋り方をする中高年男性の声だ。
もちろん「同業他社」への誘いである。この流れで実際に同業他社へ移った者も数多くいたんだろうなあ、と遠いところを見る目つきになりつつ、都度すべて断った。
年明けて、2008年1月半ば、現場職から本社付け「資材管理チーム」への異動の辞令が出た。本社付けとはいっても机も役職的な肩書も何もない一構成員ということである。
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