第20話 2007年 11月 パチモン店長VS保科長老 1R

 11月最終週の月曜日、「呼び出し」あったので牛込柳町の本社社屋へ。

最も手狭で「面接部屋」とも呼びならわされていたH会議室で神妙に待機していたところに現れたのは保科総務部長であった。社名「幾千万」からのほとんど創業メンバーなのではないか、という最古参社員で、年齢の割に若く見える、ということで「有名」であり、これは実際誇張なしの話であって、自社とは無関係のアンチエイジングサプリメント商品のCMに出演した実績もあるのであって、幾千万の荒木飛呂彦、あるいは秀光の荒木飛呂彦、と漫画界で有名な「若見え」の荒木先生になぞらえた呼び方もあったが、それよりは社歴の長さからくる「長老」が使われる機会の方が当然多く、自分も保科部長登場のその瞬間、ああ「保科長老きたかあ」と観念した側面ある。「保科長老」、カラマーゾフの兄弟の「ゾシマ長老」にかかっているとかいないとか。とにかくこの「長老」と1対1で話して無事で帰った者はいまだかつてないはず。


 「どうしましたか?秀美部長のもとで息を吹き返したかと思いましたがね」

とのっけから慇懃無礼というか嫌味な感じ丸出しの挨拶抜きの簡潔な問い質し方。


 自分も挨拶ぬきでひとまず

「この度は、報告業務の不手際、誠に申し訳ございません」と簡潔に外連味なく申し伝えた。


 この保科長老は厳しい社内の出世競争、しかも「本社」内での出世競争を勝ち抜いてきた選りすぐりの猛者であり、現場経験一切ナシ。我々下々の中間管理職からすると得体の知れない圧を常々感じる存在であった。

 

 見た目や口調に「威圧感」はいっさいないソフトムードな紳士なところがなお一層怖い。間違いなく60超えた年齢だが毛髪量豊富なうえ白髪全く見当たらずってところも自分にはとても怖い。自分の様に40半ばやや手前で腹出てきているのと大違いでシュッとした体形なのが怖い。スーツの着こなしもこの業界にありがちなちょっと極道チックな気配とか皆無で本物の英国紳士風味なところがとてつもなく怖い。


 「とにもかくにも、お客様の財布は無事で感謝のお言葉までいただけたのは、あなたの日頃の管理が行き届いていたからでしょう。そこまでは実に素晴らしい。しかしこのことの報告が抜け落ちるというのは看過できません」

「はい。重ね重ね申し訳ございませんでした」

「こういった場合の前例通りに『始末書』提出してもらいます。異存はないですね」

「はい」

 起こった出来事を時系列で書き連ねて、文末「いかなる処分もお受けします」で締めくくる、自分にとっては「お馴染み」のフォーマットである。

「お馴染み」とはいっても10回20回の話ではなく、これまで2度、これで3度目。


 1度目は10年程前に「泥酔」のあげく翌出勤日「無断欠勤」したのと、

2度目は3年前「従業員同士の金銭貸借禁止」規則を破って金銭を「貸した」のと、で合わせて2度で、無欠は減給1か月、金銭貸借は譴責、だった。

これらの経緯についてはいろいろ細かい事情があるのだがここでは省く。

ここでは省くのだが、保科長老はおそらくこういう「昔」の個々人のあれやこれやのかなり細かい部分であっても間違いなく把握しているはずで、それで恐れられている側面もかなりあるわけだ。


 尚、国際金融とでもいうのかメガバンクとでもいうのか、仮にそういうところを舞台に「不祥事」があって、「始末書」書かされる場面があったとしたらどうだろう。自分が書いたようなスケールのものではあるまい。ちなみに前述の「金銭貸借」の罪に関してだが、その金額は5千円であった。5万円ですらなく5千円である。

それだけ我々の携わっていることはローカルかつドメスティックな場所が舞台なのである。店の最深部にある金庫が他の日銭商売と違って人の背丈ほどあろうがなんだろうが我々のやってることはそこらへんの市井の者どもの積み重ね程度のものだ。

 

 がしかしスケールの規模に関わらず「不祥事」ともなれば神妙な問答が取り交わされるのはメガバンクであろうがパチ屋企業であろうが変わらない。というかこの保科長老の年収もメガバンクの重役クラスとそう変わらない、と思う。多分。


「さて、あなたは副店長の有馬さんから、この件を報告された時に、お客様が1万円札10枚ほど出されてお礼をしようとしてた、ということは当然把握してますね?」

「はい、聞いてますし、覚えてます」

「10万円を謝礼の意味で置いて行かれようとした、という状況は通常ではなかなかあり得ないことだとは?」

「ええ、まあ『普通』ではないとは思います」

「そういう『普通』でないという認識が明白にありながら失念したので報告できなかったと?」

「ええ、まあ最初に電話口でも申し上げましたように、その日、誤差玉が5万発計上されてきましたので、そちらの原因究明に時間を要し、結果、その原因は突き止めまして、それはあくまでデータ機器上の遺漏であり、金額のうえでの実損は1円たりともなかったのはもう既にご確認済みのこととは存じますが、なかなかに込み入った要素が多く、その説明の文章を書きあげるのに多大な労力がかかった為に、報告書にその文面を書き終えた段階でつい精神的に弛緩した部分があったことは確かであります。この点に関しましては自分の至らなさに臍を噛む思いであります」

このくだりは完全に二重の報告であって丸々いらない気もしたが、長老の反応に興味もあったし、あえてそのまま滔々と発話してみた。長老は表情も口調も変えず、

「さて、先日の『WEB対策チーム』の懇親会ではだいぶご機嫌だったようですね」

といきなりの方向転換。

なんとなく予感はしていたがやはりそっちできたか。

「はい、そちらの件に関しては全く年甲斐もなくお恥ずかしいことで面目有りません」

「あなたは業界の、主にメーカーの、我々の大事な取引先のメーカーへの激烈な批判の熱弁をふるった、と伝え聞いてますが」

「はい、お酒の入った席のことで細かいことまでは覚えておりませんが、そのようなことがあったことは事実であろうと思います」

「将来を嘱望される若手社員も多数参加している場でそのような言動は不適切だとは思わなかった?いくらお酒の席とはいえ?」

「いえ、その時は、パチンコ部門の者でなく、本社IT部門の方と個人的に1対1で話をしていた認識でおりまして、激烈にメーカー批判を皆に向かって述べたというわけでは、というよりむしろ特定のメーカーを誉めたたえる趣旨ではなかったかと……」

「いずれにせよ、あなたが自社で数多く導入している機種を批判する発言をしたことは幅広く伝わった結果になってます。これについては何かありますか?」

「いえ、何か、とおっしゃられても、特にこれといっては……」

このあたりから完全に守勢のしどろもどろ沼にハマっていたのだが、何か言い知れぬ闘争本能みたいなものがふつふつと腹の奥底で煮えたぎりつつあるのは感じていた。

ただそういう気配を察知していたのかどうなのか長老はまた間髪いれずに話題転換。


「さて嘉数さん、ところであなたは数年先の業界の見通しについて何か私見のようなものはお持ちですかね?何か業績に影響がありそうな施策の実施有無などの情報収集などはされていますか?」

ああ、カンニングなしで瞬時に応えられなさそうな質問を矢継ぎ早にしてくる作戦だな、とはすぐに感づいたものの、残念ながらそんなものに事前の策などはない。

「そうですね……」

国民的大定番応答詞でごまかしながらいろいろ考える。



























  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る