第18話 2007年 10月 パチモン店長板挟み
山田が会議の前後や合間に、若手とは元からだとしても、自分や、自分と近い年齢、キャリアの者たちともほぼ会話しなくなり、ほとんど取り付く島のない状態になってきたのには、はっきりとしたきっかけがあって、3カ月前に「360度人事考課システム」の素案が人事部長から口頭で伝えられた際に、山田が尋常じゃないくらいの熱意で猛反対の論陣張った際に、かつてならそれに乗って行きそうな自分やそれに近いポジションの者、誰一人として何も言わなかった、っていうあれからなのは間違いない。
山田の論旨は明快であって、現状の人事考課の進め方ですら煩雑なのに、それに輪をかけて書類作成業務の量が増えそうなそのような新規制度など現場に受け入れる余裕は1ミリたりともない、ということであった。
それに拍車をかけるように既に実施中の「無駄」な管理項目もむしろ削れ、と口角泡を飛ばして、具体的にあれこれ業務名を口に出してやり玉にあげていった。
なんとかかんとか「ですます調」を維持してるくらいな印象。いつべらんめえ口調の敬称略になってもおかしくない、というような。
自分や自分に近しい少数の者は心の中で快哉を叫びつつも、ついぞ誰一人として追随する者はなかった。
この我々のへたれな骨抜きぶりは何に原因があるのか?
一方、山田ただ一人、異様なまでに昂ぶっているのは何故なのか?
いまから2年前の2005年、突如、「営業促進統括部長」という肩書をひっさげて、
東堂秀美という女性が会議の席に現れて淀みなく流暢かつ若さと斬新さに溢れた挨拶をし一同度肝を抜かれた。故会長、現会長、現社長と同じ姓なので、ああ、そういうことかと皆すぐに察したわけだが、何の前触れもなかったし、噂も流れてなかったので、誰の何?つまり経営一族のどの人物の娘なの?妹なの?姪なの?あるいは妻なの?といった部分で事前情報がまるでなかったので誰しも混乱していた。
皆様方とはこれから密にコミュニケーションを図りながらも、大胆かつスピーディーに経営を進めてまいりたいと思います、といってるときの「スピーディー」のところの熱の帯び方の度合が増していたように聞こえたので、老兵としては嫌な予感しかしないし本質的に「敵」な気がしてならなかったんだが、名は体を表す「秀美」、実際にクールビューティーだったので参った。しゃべりよりもなによりも、そこにあてられた者多数であっただろうと思われる。
がしかし、だからといって、学園ドラマのような恋情帯びた者どもの葛藤劇がすぐ始まるっていう世界とは全然違う、魑魅魍魎が集う「パチ屋」店長の集まりであるから、まあ、いろいろと一筋縄ではいかない展開となった。
で、その日、新任営業促進統括部長がぶちあげたのが、適材適所のプロジェクトチームを他分野にわたって立ち上げるので、みなさまの培った知識経験を大いに生かしていただきたいうんぬんかんぬん、という件であって、自分なんかは、ああもうこれ、現場の長って肩書とは1年以内でおさらばかな、と即感じ取り、山田もふくめたベテラン勢は一様に微妙な表情。
首都圏中心1都6県にちらばって25軒展開しているチェーンのなかで、山田が責任者を務めていた鴨宮店は最西端であり、ポツンとひとつ離れていて、小田原からみてちょっと東京寄りに位置する「駅前」と「郊外」両方の特性を併せ持つような店で、
グランドオープンから4年間、異動なしで山田がトップであり続けている。
オープン以来、営業成績は安定しており、その成績に応じて支給される「特別賞与」も上位3位内に必ず入る支給額をガッチリ確保し続けていて、そこに「居る」こと、「居続ける」ことに意義深いものがある、と誰しも思うような「美味しい」店だったのだ。
パチンコ・ホールというものは他の「日銭商売」と比べ物にならない額の現金が物凄い勢いで動くし、人の背丈に届くのではないか、というレベルの堅牢な金庫には、それこそ昔の社名の「幾千万」レベルの現ナマが用意されてるのが常であって、ゴト師のような「外敵」への備えはそれはそれとして、「内部不正」への配慮みたいなものも十分施されており、人を見たら皆敵と思え、みたいな風土もあるわけで、例えばこの鴨宮店のような「美味しい」店に同一人物が開店以来4年も変わらず居続けるというのはかなり「異例」のことなのだがその異例な状況が続いているのには無論山田本人の手練手管が要因になっているのは間違いなく、「異動」の打診はここ1,2年幾度となくあったが、のらりくらりとかわし続けて、いまに至る。単純に「ここの店の特殊性から鑑み、この好成績は経験豊富な自分でなければ無理なことである」という趣旨のことをあらゆる角度から主張し続けて本社サイドを煙に巻いてきたのだ。
利益重視の考えにもとづくならば、「高成績」の店の配置をあえて動かす必要もなかろう、と本社サイドも「合理的」に考え、強敵山田のもとから退却する、という流れ。
しかし、さすがにそこまで我を通し続けると、おまえな、どっちが主だか、思い知らせてやるからな、となるのが世の常。
丁度、2年前、鴨宮でいえば新規開店から2年目に、新任統括部長東堂秀美、新規プロジェクト以外に何を繰り出してくるのか?と誰しも疑心暗鬼の手探りの状態のさなかに鴨宮に現れ、山田に異動打診して、なんのかんのと異動を断られ、ということがあったわけで、悪い意味でその時点で「目を付けられ」ていたのだった。秀美にも。新規プロジェクト参加の打診を「自店舗に集中したい」という理由で断ったのも相当効いたものと思われる。そこから陰に陽に山田VS東堂の戦いが続く。
で、山田以外の他店店長からしてみると、山田と付き合いそれほど長いわけでもない何の義理もない立場で考えれば、そんな旨味のある店に居座り続けるってのはただのエゴであって、一刻もはやく後進に道を譲れよ、ってなるのが、ある意味「合理的」な考えだろうし、さらにいえば「クールビューティー」東堂秀美は若手の大半を掌握していた。何しろ見た目の美に加えて年齢も考え方も自分らに近いということになれば、その面で山田に勝ち目はなかった。
そして自分はどうかといえば、そこそこの成績の「北千住」店から、かつて草野球やってた頃と打って変わって「長期低迷」モードまっただなかだった「西川口」に、「ベテランの力で立て直してくださいね」と若年女性重役のソフトな口調で言われ、何ら抵抗することなくするっと受け入れ、ほいほいと「飛ばされた」かたちになって、まあ今日明日しのげればそれでいいや、という堕落した精神状態で、言われるままの行く先に「安住」していたのだった。
さらに東堂秀美の「新規プロジェクト」の一旦である、「WEB対策チーム」の最年長メンバーとして、のこのこ、ほいほい、と大喜びで会合に参加しまくっていたのだ。何せ店の現場もそれほど忙しいわけでもなかったし。
山田にしてみれば、怒りと軽蔑の対象になるような行動であることは自分にもそりゃ十分わかってはいた。
「心ある」ベテランであるならば全力で抵抗するような新規で珍奇な諸々の施策にも、まあ統括部長秀美さまのおっしゃることだからなあ、と、どんどん「無抵抗」になっていったのである。
よくよく考える、とかせずとも、普通に山田の論の方が正しい、という局面でさえ、まったくの無抵抗になっていた。
いや山田そりゃ、おまえの方が正しい、でも「WEB対策チーム」楽しいんだよねえ、みたいな。
まったくもって最低の振る舞いであったし、いま思えば浅はかであった、というのは、過ぎてみて初めてわかったことであって、当時は流れに掉さすなんてな考えは微塵も浮かばなかった。薄々なんとなく気づいてはいても、老兵として接する「若さ」と「華やかさ」に目をくらまされる日々というのは、それはそれで「快適」だったのは確かである。
しかし、案の定というべきか、そういった「虚栄」の日々は、あっさり幕を下ろされることになったのである。
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