第15話 2007年 10月 歌舞伎町スナック「知床」にて 3R

 そんな過去回想の会話に集中している間に、他にも3組ほど客が入ってきていて、カラオケの音も響き始め、ホステスたちもあちこち動き回りはじめ、自分達のボックスで大崎がふっとトイレに立ち、自分以外誰もいない状態のときに、カウンターからママが「嘉数ちゃん、ちょっと。ちょっと」と手招きする。


 「さっきの話、遠めから聞いてたんだけどさ、『早稲田の宮内さん』知ってるの?あなた?」

 道産子ママがもともと演劇畑ってのは知ってて、ごくたまにそういう話をすることもあったが、何せホール業界内、自社内、の飲酒派、しかもどちらかというと陽気に騒ぐのが好きな者ども、と連れ立ってくることも多いし、自分はそもそもその方面「挫折」してパチ屋に転がり込んだって経緯もあり、芝居関連の話題を積極的にする気にもならず、そんなに突っ込んだ長話をしたこともこれまでにはない。


「いや、自分が大学入りたてのころに11年生だとかなんとか噂されてた、よその学校の『天井人』だったんで、結局、会った、というか、垣間見た、のが、2回。以上終了ですよ」

「そう。じゃあなた自身は『被害者の会会員』資格ないわけね」

「ええ、まあ、ってなんすかその『被害者の会』とかいう大げさなのは?」

「いや、ちょっとほんと、ここだけの話ってことだけどさ、あたしもさ、やられちゃった口なのよね」

「え?マジっすか」


ということで、

座面が高い位置にある椅子は1脚しかなく、しかもそれはほぼ物置と化していて、基本「客席」の機能はない知床のカウンター席に珍しく客が座ってる景色を、自分とママが形成することになった。一旦、さきほどまで座っていた自分の席に戻ってセーラムライトと100円ライター取ってきたりなんかして。


 「被害者の会会員」だけあって、ママは宮内の個人情報をかなりつかんでいた。そもそも大学演劇界隈で傍若無人の振る舞いをしていた宮内が何故にホール業界に転身したのか?などの細かい流れも把握していた。


 なにはともあれ宮内はそもそも実家が土地持ちで北関東のロードサイドのパチ屋のオーナーでもあり、っていう、ある意味「サラブレッド」でもあったのだ。宮内の実家の「家族構成」がどうでだれで、までは知らないそうだが、宮内自身は典型的な「インテリヤクザ」で、高学力かつ博打や酒色におぼれる典型的なそれも悪魔的な快楽主義者だ、と。


 というような話をしている間に、カラオケで岩崎宏美の「聖母たちのララバイ」のあの長いイントロが流れてきて、なかなかマイク握るのが誰かわからない状況が続く中で、結局、岩崎宏美とは声色全然似ていないハスキーボイスの由紀恵が歌い始めた瞬間にお決まりの「おまえが歌うんかい!(ダウンタウンの「ごっつええ感じ」のコントの決め科白)」がボックス席の客たちから浴びせられるっていうありがちな光景をバックグラウンドにしつつ、ママがそれ以上に寒いというか怖いことを話始める。


「宮内、サディストだってことになってるでしょ?専ら。」

「ええ、まあ自分もそういう認識でしたけど」

「まあ、そりゃ大体みんなそう思うわよねえ。表向きの性格っていうか言動がまあ、いかにもわかりやすく攻撃的だもんねえ。でも、それは表向きなのよ、あくまで」

「と、いうと?」

「あいつは、あげといて落とす、っていうのか、垂直落下っていうのか、まっさかさまにいきなり落ちるデザイアー好きなのよ」

「中森明菜っすか」

「いや、ちょっと逸れたわ。ま簡単な話、頂点まで登り詰めたあとで底に沈むような目に遭うのを好む、っていうのか、大逆転好き、っていうのか、まあその意味じゃマゾよね」

「へえ、なるほど。そんなやつもいるもんですかね」

「ええ、そりゃ世の中なんでもありですわよ。あら、嘉数ちゃん意外に世界狭いんじゃないの?まあ奥さんの尻に敷かれてお小遣い制じゃそれも仕方ないかもねえ」

とか、あまり耳に心地によくないことを言うのでそれはスルーして質問で返す。

「で、ママはそのマゾっぷりを垣間見た、と?」

「垣間見た、なんてもんじゃないわね。その狂気にのけぞった、ってなものよ」

「へえ、そんなに凄いっていうか、それって『伝説の演劇人』の伝説たるゆえんってことですか?もしかして?」

「ご名答!」


 ここからしばらくは、ママの話をまとめるような流れで記そう。

宮内、イケメンかつ筋骨隆々、身のこなしも華麗、かつ弁舌流暢、演出も該博な知識量を背景にいちいち的確、というのもあって「劇団」のような表立った組織とは別個に「宮内軍団」みたいなものも形成されていた。

 で、自然と「ファンクラブ」的に取り仕切る者なども現れ、宮内の関わる舞台には動員かけたりするし、「会報」なども配られ始めた。当初は手弁当的ボランティアだったものが、だんだん「集金システム」も構築され始める。

「美しいもの好み」のママも人づてに噂を聞いて「会報」初号のあたりから宮内を知ることになった。

 会報10号に宮内の「独り舞台」、1回こっきりの秘密興行が行われる旨、発表された。演目は「ラモーの老い」とのことで、ディドロの「ラモーの甥」にかけた駄洒落なのかなんなのか、内容は皆目見当もつかないがとにかく「奇才宮内オリジナル戯曲」との触れ込み。


 興行は寒風吹きすさぶ上州平野部、宮内家所有のロードサイドの駐車場建設予定地にテントを張って行われた。もうこのシチュエーションだけで女9割9分の軍団員たちの期待は否が応でも高まるばかり。どんなに凄い舞台が繰り広げられるのだろう?と。興行チケット代金は7万8千円。高崎駅からの送迎バスサービス料込み。それでも完売であった。200枚弱売り切ったらしい。


 その一部始終を見たママの話では、一見、遠くからはきっちりした作りのように思えたそのテントは、中に入ってみるとかなりお粗末な代物で隙間風も絶え間なく入り込んで、快適などとは口が裂けてもいえないような環境で、独り舞台は、開演時間午後3時過ぎてもなかなか始まらず、それでも忠誠心の高い軍団員たちにはまだまだ動揺のようなものはなく、比較的軍団キャリアの浅かったママは、そのあたりでちょっとイラついてた、とのこと。


 予定より30分遅れで、稽古中のトレーナー&ジャージ的な軽装で宮内登場。

同時にかなり粗末なサウンドシステムにより鳴らされるラモーのクラヴサン曲集が流れてくる。誰の演奏かはわからないがピアノ版。からっ風の音に吹き消されがち。

その音とは別に、何か煙幕のようなうっすらとした靄状のものと、うっすらとした「香り」も漂い始める。

 

 最初、無表情だった宮内がだんだんと涙目というか泣き顔になっていき、ついには嗚咽にむせぶような状態になりつつ、おもむろに全裸に《この小説は「性描写あり」レイティング無設定な為、以下伏字→×&$#!+@?|\"$!=\='%&#"×▽◇〇&#$+*?%&'!=?><\、+*|~='&%$"#、"=~|'&%$#""、<>`~='&%)"#$|、<*}+|'&"#!`@&、&’#$%=~、‘=$%&”#、’&%#~|¥、?*@$+←伏字終わり》そして泣きながらおもむろに立ち上がり一礼してテント裏にはけていった。クラヴサン曲集はそのまま鳴り続けている。


 客席はどよめきとも嘆息ともなんともいえない微妙な「人の声帯」から発せられるおかしな音の集合体に包まれ、だんだんと「なんなの、これ?」みたいな具体的な語句が発せられ始めた。

 

 ごく少数の熱狂的軍団員は「感動」のため息を漏らしているようではあったが、大半は「なんじゃこりゃ?」な、疑念の語句で占められていて、

徐々に「えっとこれは、泣きながら手も何も使わず射精する人、を無理矢理見せられた、ってことかしらね」と具体的に目の前で起きた事実を無感動に言い表す者も出始めて、さらに「これで7万8千円、と」という金額面への不満もあらわれはじめ、しかし、「あの状況で射精に至るって確かに只者ではないわね」という、ある意味「冷静」な時評も出たりなんかしつつも、やはりどう考えても「納得いかない」勢力が主流となって、終演後6~7分くらいであろうか、「宮内を探せ」「宮内でてこい」モードに。むろんママは率先して早い段階から不満分子になっていた。


 テント裏に宮内はいた。丸型の石油ストーブが置いてあり、薄茶色の毛布にくるまり客席にあったのと同じ安いパイプ椅子に座ってストーブで暖を取りながら、ガタガタ震えて泣いていた。


 宮内軍団の中でも最も「太客」と目されていた「マダム」と呼ばれる大柄な初老女性が、静かな口調でたったいま行われた舞台のあれこれを批判しはじめる。それは感情的、というより、論理的な筋道のモノローグと称すべき内容であった。

「舞台芸術」や「美学」の歴史を紐解く、といったような。

ベケットだイヨネスコだといったような語句もちりばめられる。

 

 その周囲でマダムのご高説と全く無関係に「なんなのよいったいこれは!!」「金返せ!!」「くそおもしろくもない!!」といった女たちの罵声、嬌声が飛び交う。


 それをただ泣きながら震えながら寒さに耐えて聴いている宮内の表情には何かしら「恍惚感」のようなものが刻まれていたような気がする、と道産子ママは言う。


 そしてそれが尚一層高まり「泣き顔」が「泣き笑い」のような崩壊感に包まれたのが、「いったいぜんたいその粗末な一物を他人様に見せつけるとはどういう了見なんですか!恥を知りなさい恥を!!」と股間を指さされながら罵倒された瞬間だった。

ああ、この時を待っていた!とでも言いたげに。


 会報「最終号」に宮内寄稿による独り舞台の総括文が載った。

「私の芸術はオナニーでもマスターベーションでもありませんでした。その意味ではジム・モリソンを、頭脳警察を、超えたと自負しております」と締めくくってあった。


これが「演劇人宮内」の終わりだった。




 











 




































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