第13話 回想1989 9月の草野球 2R
宮内に近づきがてら、そして去り際に遠ざかりながら、周囲の主に男性の部下たちだろうと思うが、それら「下々の者」全員呼び捨てにして、ぞんざいな感じで配膳に関する指示命令する声も聴いたわけだが、事前知識のとおり休日のほんわかしたムード台無しにする張りつめた威圧感みたいなものを感じ、その声色や調子から学生演劇時代に他大学との横つながりの界隈で有名だった「早稲田の宮内さん」なのではないか?という疑念が、どんどん確信に変わっていった。
自分はあまりそういう「付き合い」好まぬ性質だったので、というか他ではともかく、「演劇界隈」ではなにはともあれ人付き合いの範囲を拡げないようにしようと考えたので、滅多にそういう場には出向かなかったのだが、たった一度赴いた学生演劇サークル横のつながりの宴席で傍若無人の振る舞いをしてた、あの「伝説の学生演劇人宮内さん」じゃないか、こいつ。
向こうがこっちを知らないのはその時も今も変わりないわけだが。自分が大学1年のころに、大学7年だか8年だか9年だか11年だか、って噂だった「伝説の演劇人宮内」ここに現る!みたいなことになってなにはともあれ驚いた。
そんな自分の驚きはさておいて、ここでの注目ポイントは、テキサス西川口メンバーにとって、前の店長=怖かった上司、が観戦にきたっていうこの状況。自分浜井白根笠原そして多分笠原経由で聞き及んだと思われる是川、以外の残りの大部分の者は事前には知らされていないことなわけだが、どういう反応するのか(ライオンズユニの美女木チームの所沢バイト青年は宮内登場直後から萎縮しプレーに精彩を欠き始めた)と。
浜井さんも自分も「休日の私事」だし、べつに幅広く身内に知らせる必要もなかろうと放置してるし、宮内も、自分と浜井さん以外の者たちの方へ向かってわざわざ挨拶に出向くようなこともしない。なのでまあ大体自然に気づいた者だけ、遠目からなんとなく元上司に向かって一礼したりしなかったりという流れになった。
あ宮内店長だ!わあなつかしいー元気ですかーとかいって「人垣」ができるような気配まるでなし。そんなのお互いに誰も望んでないって感じで、よくよく考えるとなかなかに空恐ろしい景色。
ちょっと酔いが回った頭で、いろいろ雑駁に思念を巡らせながら、ふとバックネット方向に目をやると、ベンチシートの、試合の趨勢よく把握できるような、そして周囲どこからも見えるような、「特等席」的な位置にふんぞりかえっている宮内の右隣に、わりと派手目な井出達でスポーティーな身のこなしをしている若年女性がかなり親密な感じでからだ寄せるように座っていて、やにわにオードブルを宮内の口元まで運んで食べさせる恋人しぐさ。
ん?これはいったい?と自分はにわかに緊張し始める。
浜井さんは酔いが回ってるのか、半分眠っているような感じで、この事態に気づいてはいない。そして酒宴&観戦&攻撃時ベンチの是川君のお世話、で動き回る笠原さんの目にもその光景は難なく目に飛び込む位置関係で、ほどなくして白根→笠原→是川の順に、宮内と見知らぬ女のちょっとした嬌態を目視確認し現況を把握。
この光景に心中穏やかざるものを感じる理由をもっているのは、これらの者たちのみであり、他の大多数のものの心を動かすことは無いレベルの動き。動き方に微妙な節度を保ってるので「公然わいせつ」な印象はない。
しかしステディーでブランニューではないラヴァーがいるのなら普通やらないだろ!しかもその本人のいる目の前で!みたいな。深く静かに潜行する手練手管路線は捨てたのか!?みたいな。
ですぐに自分は「あ、そうか是川君のこと笠原さんは宮内に何も言ってないないんだよな。ってことはこれはつまり……そうかサディストの宮内め!笠原さんを追い詰めようとしてわざとやってやがるんだ!ふざけた野郎だなあ」となんかこう瞬時に怒りの感情が湧いてきた、とその時ちょうど攻守交替となって是川君がマウンドに向かう。
自分は最早そんなにちゃんと試合見てなかったんで是川君が投げてたんかあ、とかいま気づいたくらいな感じ。
で笠原さんと白根さんがやぶからぼうに「是川ああああキッチリいてこましたらんかいいいいいい」と下品な声援を送る。
宮内はそれに関してはあまり反応するそぶりはなく、それよりもどうやってこの所沢の女とのラブ・アフェアーな感じを見せつけてやろうかってことに専心しているような気配。
是川君2,3球肩慣らししたところで「宮内さああああああああん」とベンチシート方向に大声で呼びかける。役職呼びじゃなく「さん」づけ。
「統制派」宮内がやめさせたやつ。「ん?あ、是川?是川かあ、おおユニフォーム似合うじゃん」とちょっと面食らった感じで慌てた反応。予想してなかったのだろう。
是川君バイトだし、しかも店長が店にいることのほとんどない早番シフトだし、仕事上接した機会はほとんど無いに等しいので宮内は是川君の印象あまり持ってない。何せ男子はただの「駒」だし。
しかし是川君は「恋敵」として宮内を観察してたし、敵宮内を知ろうという研究欲すら持っていたので、是川側はむしろ相手をよく知る、みたいな。
「野球やりません?打席立ってみてくださいよ。折角いらしたことだし。どうっすか」と実にさわやかないつものスポーツ青年風口調ですすめる。
宮内はこの時、笠原是川間のことは何も知らない。そんなことは露知らずの状態で、『ああ、そうか、あいつが今回みんなで野球やろうとか言いだしたさわやか野郎か、そうかそうか、まあじゃあ付き合ってやるか』と思い定め、
「おお、なんかみんなで楽しんでるところに気使わせちゃって悪いねえ、までも折角のお誘いだし一勝負するかあ」と、ちょっと待ってな、って感じで所沢の女の肩をポンポンと二度叩き、着ていた薄桃色の小じゃれたジャケットをベンチシートに脱ぎ捨て、股間のポジションも入念に調整しながら打席に向かう。
その頃浜井さんも事態に気づきマウンドと打席を交互に見やる。
宮内打席に入り、土をならす。宮内に野球の心得あるのかどうなのか、なんてことは誰もしらないのだが構えに入った宮内の姿は原辰徳のようであった。
荒々しさや禍々しさは感じないが端正な待ちのスタイル。
もしかしてかなりの「やり手」かもしれない。
是川ふりかぶって第一球を投げた!内角高めシュート回転で宮内の左側頭部をかすめその場に倒れこむが、直撃はまぬがれて、頬に擦り傷負った感触だけというのがすぐわかり、宮内は半身になって是川の方向をにらむ。にらまれた是川、怯まずに雄叫ぶ。
「思い知ったかこの糞サディストがっ!」とグラブを地面にたたきつける。なんだあ?このくそさわやか野郎!なにさまのつもりだあ?と宮内がマウンドに走り、ここに「秋津河川敷の乱」の火ぶたが切って落とされた。
そりゃもう四方八方入り乱れて一時騒然となったが、病院にかつぎこまれるような大けがする者もなく、警察がくるようなことにもならなかった。
全く異世界所属の自分のような者からするとこういうことに慣れてる風情の人間多過ぎ!みたいな。どっちかといえば美女木側手際良過ぎ!みたいな。
で驚いたことに「グランド17時までとってあるし」ってことで、およそ20分の乱闘による中断後何事もなかったかのように試合再開。
一方的に負けたのは宮内だった。是川君に「笠原様はおれさまが守るんだあああ」と高らかに告げられ、白根&笠原タッグに声をそろえてさんざん悪態つかれ、這う這うの体で所沢舎弟に抱えられ、スタイリッシュな服飾ほとんど台無しの無様かつ無惨な帰り際「是川に負けたのか……あのさわやか野郎におれは負けたのか……」とうわ言の様にくりかえしていたと人のいう。
筋金入りのサディストかつナルシストにとって青天の霹靂ともいえるまさかの「失恋」。ほどなく「鬱」で出勤不能となり、数か月のうちに退職。どうやら宮内、「高度」かつ「繊細」な放置プレイを笠原さんに仕掛けているつもりでいて、それが「効いてる効いてる」って自己評価だったらしい。
笠原さんにしてみれば「知らんわ」って話である。
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