第12話 回想1989 9月の草野球 1R

 9月第一週目の水曜、秋津河川敷総合運動公園軟式野球場第六グラウンド昼過ぎ13時。テキサス西川口VS美女木びじょぎ整備士有志の会の草野球試合にむけての準備がゆるくぬるい雰囲気で始まった。


 グラウンドそのものは17時までたっぷり四時間抑えてあった。

対戦相手の美女木整備士有志の会はこの催事のそもそもの提唱者テキサス西川口バイトリーダー是川君の叔父にあたる筋の人が経営している整備工場とその周辺の車好きが集まっているチーム。まあ速い話、是川君が連れてきたっていうこと。


 さてこの総合公園はグラウンドの横にバーベキュー実施可能な設備が整っていて水道も両ベンチ脇にきちんと複数以上あり、その周囲を見渡して両チームに同じくらい存在した「飲食目的派」がそれぞれの陣営で、いいじゃんいいじゃんイケるじゃんここ使えるわー、とウキウキ声をあげて急ピッチで酒宴に向けた準備をスタート。

 で、飲食ではなく野球目的の者たちはチームごと二手にわかれてキャッチボールやらランニングやら柔軟体操やらで各自ちょうどいい具合に身体をほぐし始める。


 ユニフォームは双方決まったものはなくどっちのチームもバラバラ。学校あるいは地域チームの野球ユニフォーム着ている者、プロ野球の贔屓チームのユニフォーム着ている者、トレーナーとジャージの者、ランニングに短パンの者、等等。割合からいうと「トレーナー&ジャージ」が7割といった印象。自分もその部類。


 さて文弱の自分は体育系すべて不得意ではあったが、マンガ少年だったので野球を知ってるのか知らないのかと言われれば、かなり知ってるとは言えた。マンガで覚えた知識だけでも。

 なのでドカベンの里中の投球フォームと山田の打撃フォームの形態模写をして見せたら是川くんから「嘉数さん何?けっこうイケるくち?」と一瞬期待を寄せられたんだけど、キャッチボールで速攻ボロが出たんで「そうゆうわけなんで、いいっすおれ、補欠で」と即離脱を宣言し、グローブを他の野球に飢えてそうなメンツにすぐ回した。準備会合の時「有り余るレベル」と断言したんだが、蓋を開けてみたらグローブの数はキャッチャーミット除いて10個とギリギリだったので。

 

 「幹事」としては用具不足気味という事態はばつが悪いのもあり、バーベキュー準備の方にすぐに回った。回ったのだが、そこはそれ、今はもう「二大派閥」がどうこうって感じ全くなくなってる白根&笠原の女性社員応援専門メンバーふたりが、後輩たちにテキパキ指示だして、どんどん事を進めるので、自分が出る幕ないなこりゃ、って感じだったし、はいはいはい男どもは邪魔しないでもう好き勝手に飲んじゃってて、なんだか酒持ってき過ぎっぽいし、とか言ってたし、同じように手持ち無沙汰な、端から見学派を決め込んでる浜井さんの横に座って早速クーラーボックスから350ミリリットル缶ビールを取り出して飲み始めた。

 浜井さんはもう500ミリの開けてたし。うんうんいいねえこうゆうのもね、健康的だよなあ、と上機嫌。


 ということで私事の遊興娯楽ではあるが一応店舗の責任者である浜井さん、そしてこの催事の幹事たる自分はなんとなくベンチ横でビール飲みながら事の次第を見守るような過ごし方になった。示し合わせたわけではないが。阿吽の呼吸ってやつか。


 試合の方は大概適当な進行。メンバーの出入り自由、審判は互いのチームで手の空いた者が交代で務める、打席にいかにもたどたどしいド素人老若男女の場合、マウンド降りて下手投げ、「四球無し」ルールでバットに当たってフェアゾーンに飛ぶまで打席続く、とかそうゆう感じ。まあ打席の雰囲気でこいつ経験者だなって時は真面目に緩急つけて投げるっていうような。

 で、アスリートの19歳及川さん投打に大活躍し、赤羽から通ってくる既婚21歳アンニュイな臼井さん直前まで何も言ってなかったけど実はソフト部出身ってことで右に左に打ち分ける。

 美女木側がカラオケ8トラック機械もってくるのでアナウンスよろしくって段取りを是川君がすすめてた声優小岩井さんは急遽のオーディション予定が入って欠場。

誰も責める者はなく8トラ機械はただ美女木側のバンの中で休眠するのみ。

 かと思えばデッド・オア・アライブの「Brand New Lover」が鳴り響く店舗ホール内で、それを一旦消音させる「定量放送対応(羽根モノや一発台の予定数終了時の対応)」実施の際の、景品場での挙手動作が可愛くてキュンです、って流れで、共に熱狂的及川ファンになった葛西&鹿取が、各々勝手に楽器を鳴らしまくるっていうカオス状態。


 そして問題の宮内。13時台には姿を見せず。しかし所沢の面々と連れ立って見学にくるのは確定事項。浜井さんにあの両替機誤差の夜に確認して知った。釘調や設定変更してるところを邪魔するかたちになったが、何も言いよどむこともなく教えてくれた。まあ自分は「幹事」なわけだし。というか釘とか設定の一端を垣間見せてもらう名目で話かけてみたんだが、それも気前よくサラっとコツを手短に話してくれて、ああおれも早くハンマー握りてえええ、と声に出したくらいだったが、まあまあそんなに焦らずともすぐにやれるし、こんなのは仕事のほんの一部だよ、といつものように重苦しいところ何もなしに言ってた。そして今日ただいま、ちょっとした追加情報を浜井さんから得る。ちなみに浜井さんには笠原宮内間の諸問題については何も知らせていないし、会話の流れから推察するに知っている様子は感じられない。


 「宮内、どこから野球のこと嗅ぎつけたのかと思ったら、是川くんの友達ってのがほれ、そうそう向こうの美女木チームで青いユニフォームの青年いるでしょ、詳しくないけどあれは西武のかな、あの青年、所沢のバイトなんだってさ。たまたま偶然なんだけどね。ははは。」ってことで、宮内からの二夜にわたっての電話連絡の内容をまとめると「店のメンバーで店休に野球ってのはなかなかいいアイデアだな。ウチもやってみようかなってのあるし、ちょっと見物させてもらっていいかな。基本休日だし、互いに気を使わない感じでさ」ってことだったようだ。


 電話が二夜にわたったのは、多分笠原さん来るかどうか探るのに怪しまれないようにしたんじゃないかと自分は踏んでいる。ま、なんにせよ宮内野球来訪を浜井さんが断る理由は特にない。で、カッチリ時間を決めた風でもなく適当に現れるよ、と。


 でこの「宮内がくる」ことは浜井さんと釘&設定談義終えたあと可及的速やかに白根さんに電話で知らせ、その日は休みだった笠原さんにもすぐ伝わった。


 次の夜終業後、駅前のチェーン居酒屋天狗で3人で飲んだ際に、笠原さん忸怩たるものがある様子も見せていたが、実はね、と新たな展開を示す事実を我々二人に告げた。


 「実はね。あたし是川君に告白されたの。是川君、宮内とのこと薄々知ってた感じだったから、あたしからちゃんと話したんだ全部。でも笠原さんのこと好きな気持ちに変わりないです。つきあってください、だってさ」ときたので、我々白根嘉数総員二名期せずして同時にのけぞった。

 あ、そうなの、そうなんすか、みたいな。なもんで宮内来たら来たで気分はいろいろ荒れるかもしれないけど、もう是川君もいるし大丈夫、と。

 ここまで聞いて、まあそうですかそうですかごちそうさまでした、ってなり、自分と白根さん共々、野球当日はあれこれ気をもむこともないし、そうと知ったら笠原&是川の言動追うのも楽しいかな、みたいな。

 そして笠原さんはこのことを宮内には何一つまだ伝えていない。もし宮内きたら是川君と仲睦まじくしているところ見せつけてもいい、くらいな心の大転換をすでに済ませていたのだった。


 さて野球の現場に戻ると、試合も酒宴もいい感じに温まってきた頃合いの14時少し過ぎ、10名程の小集団が散歩がてら風情でバックネット裏にやってきてベンチシートやキャンプ用テーブルなんかを設置し、バーベキューというほどの大仰な感じはなく、乾きものとオードブルと洋酒中心なしゃれた雰囲気で昼下がりからの小粋なパーティー始めましたっていう、しゃなりしゃなりとした仕草で、観戦するでもしないでも、という風情で、ワサワサと談笑し始めた。


 過日宮内情報をくれた新卒同期の春日は所沢でのパチンコ実習時期が終わり、池袋のカラオケボックス実習に移ったあとなので当然そこにはいない。

 

 浜井さんが所沢一行に気づいてすぐに歩み寄っていったので自分もついて行き、挨拶をする。「初めましてテキサス西川口入社一年目嘉数と申します」宮内は「ああ、嘉数君ね。うん、お噂はかねがねってところだよ。がんばってるみたいじゃない。まあ一緒の職場になることもあるかもしれないしよろしく」とごく自然に手を差し出してきたので握手をする。まあ、まあ、今日は休みだしお互い堅苦しいこたあなしでね、って感じで、それ以上話したり、まして酒酌み交わしたりするような雰囲気は作らず、美女木チームの幹事にも話を通して顔つないだりなぞしたあと、すぐに自軍ベンチの方に戻った。うーんこの「宮内」、どこかで見た顔だな、ああもしかしてあの「宮内」か!?といぶかしむ気持ちを抱きつつ。





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