第6話 回想西川口1989 7月 1R

 てんでバラバラの者どもを浜井さんがいつものように当意即妙な話術で一方向にまとめあげようとしていた。

 

 この集まりのバラバラさ加減はそりゃもう半端なものではなく、出身地沖縄から北海道、マンガだと梶原一騎からBL、うわばみから下戸、大食漢から菜食主義とかまあそんなような具合であって、現にこの会合が始まる前にもミュージシャンの葛西とオーディオマニアの鹿取が「コンサートの演奏はCD内容に沿って忠実にやるべきなのか否か」で激しく対立し、殴り合い一歩手前な状況であった。

 

 音楽マニアの比率が高くない集まりな為か、ライブ感アドリブ感重視の葛西よりも「CD忠実再現」を主張する鹿取の方に加勢する者が多く、しかも女性陣の大半がそちらに流れ「そもそもなんでギター壊すのよ。あまつさえ燃やすとかなんなのよ」というような身もふたもない話になってきたところで浜井さんが階下の事務所からのっそり現れてその場の火種は消えた。

「え?何々、またわんこそばに意味あるのかないのか、とかで揉めてるの?まあまあそれは一旦置いといてとっとと決める事決めちまおう。で嘉数君進捗状況は?」

と振られる自分。浜井さん「わんこそば」とかぶちこんでくるところがニクい。

これは言外に大食漢かつ早食い大得意の自分の陰口でまたまたもりあがってたのかおまえらニクいねえちくしょうめこんにゃろめ、っていうようなニュアンスもこめられているわけだ。そのあたり度量の広い人物なのだ。

「あ、はい。とりあえず秋津か分倍河原かどっちか取れそうでルールが緩そうなのが秋津で料金安いのが分倍、まあ料金の差は数百円なので人数頭割りだとほぼ変わりは無い感じですかね」

およそ一か月半後に実施を目論む草野球の場所確保の話だ。

「スパイク着用ユニフォーム統一必須じゃない秋津で決まりだな。で、バーベキューも出来る?と」

「ええ、そのへんは大丈夫っす」

「じゃ秋津決定ってことで。道具一式は大丈夫?」

「持参組と元野球部3名調達分で有り余るレベルっす」

「じゃ嘉数君明日にでも秋津申し込んどいて」

1989年初夏の話なので申し込みは電話で翌日行ったのだった。


 浜井店長が姿を現すまで「実演はどこまでCD通りにやるべきか論争」が繰り広げられていたこの場所はパチンコホールの2階バックヤードの従業員休憩スペースである。


 階下の300台規模のホールの広さの3分の2程度、上にも居住スペースがあり十二分にゆったりした6LDKの間取りで畳の部屋、会議室、台所、浴室も備えている贅沢な施設だ。TV、ビデオデッキ、CDプレーヤー含めたAVセットもあった。会社で作った研修ビデオを視聴したりするのに効力を発揮するわけだが従業員の福利厚生にも役立つ。


 台所と続きの食堂スペースでこの打合せは行われていた。所はJR京浜東北線西川口西口の駅至近交差点の角地で店の名は「テキサス西川口」

 この時分は紛れもない「繁盛店」であり10軒あるチェーンのなかでも最上位の営業成績を3年続けている基幹店で、四半期ごとそして年度末に表彰を受け、高額の特別賞与を獲得し続けており、店長を筆頭にアルバイト、駐輪場清掃警備のおじさんに至るまで経済面では店舗成員皆が我が世の春を謳歌していた。

 

 なのでバイトのリーダー的存在の是川君が「みんなで店休日に野球やりましょうよ」とアツく呼びかけた時に、野球に興味のない者たちにも「周辺で飲み食いできるのなら大いにけっこう!飲みながら応援してあげるわよ応援するぜよ応援するでごわす」というポジティブなノリが伝播し、なんだかんだで費用頭割り徴収の内訳もグラウンド確保等の野球本体に関わるものより食材&酒類調達の飲食代が大半を占めることとなったのだった。

 

 何はともあれ飲酒最優先という層の者、社内というか店内恋愛のからみで休日に意中の相手と過ごせるという考えの者、単に家にいたくない者、等々の思惑が様々に交錯して店舗総員32名のうち24名参加ということになった。

 それにしても浜井店長がこれに乗ったのは何故か?なのだがそれはもう是川君を有望な人材と見込んでいて、ゆくゆくは社員登用それも店舗役職幹部候補に!という腹積もりがあったからだ。

 

 パチンコホール業界全体、従業員の定着率は甚だ悪く、それは営業成績良好なこのテキサス西川口も例外ではなかったのだ。使えそう馴染みそうな人材はとにもかくにもどんな手を使ってでも囲い込んでおきたい、といった状況だったのである。

 「人材」引き込んで、「定着」させれば、それが査定の高評価につながる、と。

実際浜井店長はアマ無線部出身者で野球不調法の人であった。


 で、いまこれを書いている時点から振り返って、こんにちあり得ないよなあ、

とつくづく思うのは、「店休日」、しかも新台入れ替え実施の有無に関係なく、地域の組合の申し合わせによる「店休日」というものが隔週ペースで平日に曜日を違えて競合店同士で順繰りに設定されたいたというところ。

 なので、一時に大勢の参加人数を必要とする草野球の試合開催も容易く可能な時代だったのだ。


 ま、あとはコンプライアンスその他もろもろ、まだ組織全体の管理項目がゆるゆるだったというのもあって、そこそこリスクのありそうな店舗成員多人数参加イベントであっても、特に「本社」に話を通すとかなんとか一切せず、「私事」で押し切ったってあたり今現在じゃもう無理かなとも思う。

 

 閉店作業終了後の終礼を「お疲れ様でした」の唱和で締めて、遅番勤務従業員が三々五々2階更衣室に向かう流れを追い越し、先行するようなかたちで、

食堂スペースの座面柔らかめな高級パイプ椅子6脚を、野球参加希望者が占め始め、徐々に諸々の会話がスタートして、「実演はCDを再現すべきか否か論争」が当初葛西と鹿取の間のみの片隅で始まり、という流れまで概ね述べてきたわけだが、

その日の野球準備会合に参加した総員数は後からきた浜井店長、先に準備を始めていた幹事の自分を含め、葛西鹿取を足して8名であった。

 座面柔らかめな高級パイプ椅子が全員に行き渡らない人数だったのだがとにかくその場にいた者たちを順次紹介しよう。


 葛西、鹿取は西川口現地採用でアルバイトから正社員になった地元青年たちだがアルバイトとして働く以前は全く接点のなかった者同士であった。

 齢22と23の1年違い。社歴3年と4年。最終学歴は共に高卒で各々地元の県立工業高校と県立普通高校とで種別も違えば偏差値レベルも10以上違っているようであってそれは互いに罵り合う時に言葉の端々に自然と出てくる。

 

 偏差値がより高い方の鹿取が偏差値がより低い方の葛西を煽るという毎度の図式なのだが、周囲は偏差値問題に関して当人たちのようにはまるで拘りがなく、

さらにいえば論争を聞く限りにおいて大概偏差値がより低いサイドの葛西の方が言葉に淀みがない印象であって、

さらにいえばホール実務においても先程からの実演CD比較論争のケースと違って葛西の方が周囲からの評価が高い。

 ホール実務は専ら「呼び出しランプ」の取り合いが主体であってそうなると生来持っている運動神経のレベルに左右される面があり、

二人の間に生じた能力差は単純に運動神経の差であった。


 葛西はヤンキー、鹿取はオタク、というそれぞれの生活傾向があるのはこの場では周知の事実であった。見た目に関しては葛西は長身痩躯で秀麗、鹿取は若干肥満気味の中肉中背でごく普通の顔立ち。

 葛西はヤンキーで運動系の者ではあるものの「元野球部」の括りではないしそもそも部活を真面目にこなすタイプではない。

 なのでまあロキノン寄りというか、あれこれ踏み外してこそのロックですよーというノリ。所属バンドでの担当はベース。

 一方オーディオマニアの鹿取がそのこだわりのオーディオで聴くのはクラシックが主で軽音楽はカーペンターズとビートルズとスイングジャズのみという嗜好。

 わりと厳しめな吹奏楽部に中高6年いてクラリネットを吹いているうちに慣れ親しんだという流れのようだ。

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