第7話 回想西川口1989 7月 2R

 さて、会合参加者8名のうち当夜その場にいた女性は4名なのだが「ギター壊すの燃やすのって何?どゆこと?」と言ってたCD忠実再現支持派筆頭みたいな態度を示していたのが地元採用枠の正社員事務員白根さんで当時齢24独身。


 小柄でも大柄でもない体躯で目鼻立ちはっきりしていて化粧っ気は薄目の率直な物言いをするタイプ。この店の二大女性派閥の一方の頭目とみなされている人物である。派閥の後輩の面倒見はよい。もっとももう一方の派閥の頭目の人もそうなのだがそれはあとで触れる。

 

 白根さんはパチンコやパチスロには全く興味はなく、地元職住接近を求めた結果ここにいるって来歴。地元商業高卒、入社6年目で、定着率の良くないこの業界においては、十二分に「主軸」メンバーとしての発言権を持つにふさわしい貫録を備えるに足る年数と言ってよかろう。

 

 コンテンツ消費の好みは典型的なF1層であって、サブカル方面に詳しくなろう、是非なりたい、といった気持ちは露ほども持ち合わせておらず、男性タレント好みはあくまで面食い、音楽好みはフェミニンな感じのオフコースor小田和正といった具合の王道メジャー消費者。いろいろと小うるさくて真逆な嗜好を持つ姉妹のあいだで育ったために「世の中にはギターを壊したり燃やしたりするやつもいてさらにそれを見ておもしろがるやつもいる」というようなことも、知っているには知っている、という感じか。

 あたしにゃわけわからないけど、みたいな。てかいま鹿取と意見が合うのは癪だけど、みたいな。

 普段であれば、元ヤン長身痩躯の葛西の方に、何かと肩入れすることが多いイケメン好みの白根さん、やはり根が正直なのでこの場では忖度せず、ライブ感アドリブ感に寄せず、準備万端キッチリかっちり譜面通り仕事します的な生来の自分の性向を吐露したような流れになったわけだ。電卓叩くのもとにかく速いし間違わないし。


 そしてパイプ椅子には座らず、白根さんの右横に立ってはいるものの、その左半身は着席している派閥頭目の右半身に密着し、時折肩を揉むような仕草もしたりなんかして、親し気な雰囲気を醸し出しつつ、話し合い自体に口は挟まず、ただ笑顔で聴く、うなずく、のみでいるのがバイト歴4カ月、齢19、青森から上京し上野駅経由で西川口にやってきたりんご農園の次女、景品場担当及川さんである。

 

 168cm長身の高校バスケ部出身のバリバリアスリートで若さとしなやかさと明るさ全て備えた外見と、朴訥とした喋りのギャップで、常連男性客のハート鷲掴みのみならず、当たり前のように店内人間関係にも様々な波乱を現に起こしかけているアグレッシブな人材である。

 

 諸経緯あり白根派に属することになったということがこの会合の態度でもまるわかりだ。とにかくそれまでのところ「素直で明るい」という「よい評判」以外は誰の耳にも入らず、実際に仕事の覚えも速いし、業務の遂行にも全く遅滞ないので、浜井店長の社員登用候補リストに名前は入っている。

 

 先ほどからの「ライブパフォーマンスは先行発売されているCDの内容に沿うべきか否か」論争ではそのうなずき具合で鹿取白根のアドリブ否定論支持にまわっている様子。白根さんと同様にパチンコ、パチスロそのものには何の興味もなく、プライベートで遊技することも一切ない。


 そしてアドリブ否定派の女性従業員がもう一人。

白根さんの左隣の椅子に座っている、バイト歴2年景品場担当臼井さん齢21で既婚者。赤羽から電車で通勤している。ややアンニュイで影のある謎の美女といった雰囲気を醸し出していて、その場に居合わせた女性のなかでは唯一の喫煙者で銘柄はセブンスター。アドリブ重視か譜面重視かに関しては、白根さんが持論を述べている時にアンニュイに首を縦に振っているような動作をしていたので、まあそっちについたのだろう。というかどっちでもよさそうな感じにも見えたが。


 既婚者だからなのかどうなのか、年齢の割には何か風格さえ漂うようなオーラを発している。結婚相手も若く、独立独歩の自営業なので、その経営の助けになるようにと社員並みのシフト貢献度で働いている、という話なのだがそれは人づてに聞いた話だし、実際のところの詳しいことはわからないし、何かとっつきにくいところのある人だ。

 

 少年ドラマシリーズとかだとファシズム側の生徒会長役っぽい感じというかなんというか。しかし仕事に関しては着実堅実迅速でその点周囲からの信頼は厚い。この人もパチンコ、パチスロ無関心派。で、ややこしいことではあるが白根さんの隣に座ってはいるものの、この人は白根派ではなく、もう一方の女性派閥のナンバーツーなのだった。そこいらについてはまた追い追い触れることになるのでいったん置く。


 女性陣でただ一人、ライブ感アドリブ感重視路線で、葛西と命運を共にする姿勢を見せたのが、葛西の後ろに立っている、バイト歴7カ月景品場担当小岩井さん齢27で、この人は代々木アニメーション学院を出て、プロ声優を目指し、その合間にバイトもしている、というパチ屋勤務にはままあるパターンの芸術家の卵。

 

 私服は完全にロリータファッションなのだが、制服に着替えると髪留の有無やら化粧の具合も全く変えてくるので、そんな背景を持った人物だという印象は受けず、むしろ落ち着いたシックなアダルト感すら漂っているくらいなのだった。

 

 店舗内女性派閥に関しては中立無所属で、たった今、葛西の後ろで「ロケンロールよねBURN!よね」とか言いながら中指立てたり舌出したり、っていうような茶目っ気見せたりもしていたが、葛西と特段仲が良いわけでもなく、なんとも掴みどころがない人物だ。でこの人もパチンコ、パチスロ全くたしなまない。この夜この場にいた女性でパチンコ、パチスロ打つ者はゼロ名なのだった。これで当夜会合参加者のうち浜井店長と自分以外の人物紹介は終わり。以上男2名女4名。


 野球の場所を確保する際の電話連絡は帰宅後実施ってなことを先に述べたが、  それは店から徒歩8分ほど、ウシガエルの鳴き声響き渡る菖蒲川沿いに位置する、鉄筋7階建て借り上げ社宅の自室固定電話からである。

 大学入学の際に実家の親に加入権7万円を出して貰った自分名義の物である。

でここで、何故おまえが「テキサス西川口」にいるのか?といった大元の部分を記すことにしよう。


 浜井店長の呼びかけにあったように自分の姓は嘉数。名は康之。身長170ジャストで体重は当時55切るやせ型。学生時分の演劇サークルで「ニセ野田秀樹」と言われたこともあって、まあそうゆう感じの見た目。

 マッスル的マッチョ感は皆無。がしかし自分でいうのもなんだが野田秀樹との比較ではやや2の線の顔面だったのでまあまあモテたしいろいろあった、とだけ言っておく。明治男の祖父の代に沖縄から本土に移住した家系であって、移住初代によくあった「改姓」はしなかった類の家の者である。

 そういった経緯なので今現在沖縄県現地に親戚友人知人は無く、ただ名前が沖縄風なだけ、という流れ。ということでよく遭遇する名札チラ見からの「うちなーね?」って話しかけてくるパターンの場面では「いやもう完全にこっち育ちなので方言もなんもわかりません」と返す仕様。


 質実剛健を希求する家系で沖縄風相互扶助気質は唾棄すべきものって方針で移住二代目あたりから貫かれているものがあるらしく、事あるたびになんなんだこれは帝国陸軍のノリなのか?っていうような場面の印象が強烈に残る幼少期を無理矢理過ごさせられた。戸塚ヨットスクールとかJR西日本日勤教育あたりに匹敵しうるレベルとでも言おうか。

 

 渓谷の清流の水面に向かって5~6メートルの高さの岩場から「男なら躊躇なく飛び込め!」みたいなことを笑いながら無理強いする、みたいな。

こりゃもう戦時中の国策映画そのものの行動だ。で抗えず頭からではなく脚からドタバタしながら嫌々飛び込んでやっぱり嫌だったし別段爽快感もないし二度はやりたくないとしか思わない、みたいな。

 

 この家は自分が通った小中学校の友人知人見まわしても当世珍しいと言わざるを得ない「子沢山」一族で兄二人に妹一人の構成。つまり三男なのだが周囲の期待を全面的に裏切る文弱全開の日々を過ごすうち、疎まれる度合いも苛烈極まる状況になってきたので、なんとなくフェードアウトするように高校卒業と同時に実家を出た。

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