第4話 2007年10月 パチモン店長、神保町から歌舞伎町へ
自分が話題にあげた銀英伝の件は完全にスルーされてたので大橋社長はきっとヤン・ウェンリーなんていっても、ちんぷんかんぷんなんだろうなあ、と邪推しつつ、著名人コレクターに谷村新司がいるんだぞってことが性欲まみれの若年男性層の間では幅広く知られていた「ビニ本」の時代に訪れて以来数十年ぶりの芳賀書店内へ。
しかし学生時分と違って親子三人手狭な社宅という住環境だし、それにしたって妻子が寝静まったあとに、ADSL回線使用のPCで無修正エロ動画見ようと思えば無料で視聴可能だし、棚にずらりと陳列された主にDVD等の「円盤」中心の実体を伴う商品の数々は眺めるだけで過ごした。
そういえば学生の頃にひょんなことから母方の叔母が自分の下宿を覗きに立ち寄った日があって、目ざとくその芳賀書店で入手した「ビニ本」数冊を「あらあらあら」とか言ってみつけられたことがあったのを思い出し、その叔母は血縁ではないので、バツがわるいと同時に複雑な感情も一瞬めばえたものの、特に何も起こらなかったんだよな、といろいろとあたまのなかをかけめぐる。
ましかし、今も昔も芳賀書店のみが主目的で神保町に行ったことはなく、というかむしろ99%芳賀書店には寄らない仕組みを自分は構築していたわけだ。
でなきゃ、社宅のなかの物置と化した一室に、世界文学大系の端本の近代劇集やら現代劇集みたいなものがあるわけがない。
ビニ本時代とは何もかもが違い過ぎている店内風景を目の当たりにして驚愕したくらいだし。
大橋はデザイン会社仕様なのかなんなのか、収容能力高めに見えるのはもちろんだが、それでいて小じゃれた感じ漂うカバンに、購入したエロコンテンツのあれやこれや、まあほぼDVDばかりを無造作にしまいこんで、嘉数さんはいいんすか?じゃ、まあ、サクッと行きますか、と、素早く店外に出てタクシーを探し始める。
さすがの大橋、「社長宅」ともなると、鍵のかかる「書斎」とかあって「盤」も高級オーディオビジュアルセットとかで視聴可能なんだろうなあ、というか確か自宅にそういう装備あると自慢してたのを聞いたことあったな。ヘッドフォンもプロミュージシャンがスタジオで使うようなの持っているとかいないとか。
付き合い長いので、そういうそこそこ細かい「個人情報」も多少は把握しているうえ、「マイペース」なのは周知のこと。そもそも芳賀書店にいきなり行くというのもおかしな話といえばおかしな話なんだが、業界内のあれこれの付き合いで、突拍子も無いことする者をいくらでもみてきたので、この程度のことは特に驚くにはあたらない。
ん?で?どこに行くつもりなの?と訊くと、
「歌舞伎町でいいんじゃないっすか。皆さんお馴染みの」ときた。
当時自分の勤務先の本社社屋が牛込柳町だったこともあり、店長会議の後、流れで歌舞伎町界隈のスナックに寄る機会多数で、何件か馴染みの店があったのだ。店長連中の。大橋も何度か付いてきたことがあり、自分たちと同じように「常連」となっている店もあり、わけても道産子ママが経営する「知床」が気に入っているようで、有無を言わさず「じゃ、知床ってことでいいっすよね」と上機嫌で行先を決めて、見定めたタクシーに乗り込むやいなや「歌舞伎町。オスローバッティングセンターのところまで」と声高らかに運転手に告げた。
「そういえば、なんでしたっけ?銀河の英雄がどうした、あれは、いいんすか?」
案の定、銀英伝のことなどそっちのけのマイペース大橋であったが、
自分もジャグラーで負けていていまさら出費かさむ行動はとりたくない、のと、
「社長」大橋、と合流できたのを「これ幸い」に感じていたのは動かし難い事実。
こちらの懐事情が寒いのはわかってるくらいの間柄なので、
「知床」の支払いも今の自分の財布の中身の半分も出せばオッケーだろうとサッっと計算済み。(「知床」に限らず店長連中で行くような店は一晩のめやうたえやの大騒ぎで過ごしても一人頭1万6~7千円くらいであった)
この状況で社長よく現れてくれた!ありがたやありがたや、
というような現金かつスケールの小さい思惑も渦巻いてたので
「あ、銀英伝うんぬんは急いでないから」と小声で、バツがわるそうな感じがでないように意識してなめらかなトーンで返答した。
まあとにかくその時分は販促絡み広告がらみのパチ屋出入りのデザイン業者はそりゃもうかつての織物業の「ガチャマン」(織機の動作音の「ガチャ」と「1万円」をかけた好景気を表す俗語)とか東北や北海道沖のニシン豊漁で潤う漁村とかに匹敵するくらいの入れ食い状態であっただろう、と今振り返るとしみじみ思うもの。
なのでいざとなったら「悪い!社長!さっきのジャグラーで金ない!」って開き直ってもいいかな、とすら算段してたし、またそうしたからといって特に申し訳ないとも思わない、というような時代の空気だったのだ。
そうこうするうちに10分弱くらいで歌舞伎町のなかでもやや大久保寄りのバッティングセンター付近に着き、まだスナックの類が開くのには早い時間帯だったので、これも馴染みの中華屋でラーメン餃子にビールという王道の取り合わせで腹ごしらえ。
大橋とのサシのみ早くもスタート、なわけだが互いに飲兵衛なので違和感もこれといってなく、いつものようにとりとめもなくあれこれ話す。
とにかく業界内の飲酒派というものは「いつでもどこでもだれとでも」飲める奴と飲める機会に居合わせたらなにはなくともとりあえず飲み始める、のがごく自然の流れであって、特に「大橋嘉数派」みたいなものがあるわけでもなく、実際自分と大橋が社内外の垣根を超えて熱い友情で結ばれている、というわけでもなく、飲めるなら飲む、という以上に特に深い意味はなにもなかった。
実際、大橋の会社が進める「インターネットの有効活用コンサルティング」の商談において自分に決裁権があるわけでもなんでもないし、そもそもビジネスライクな話題になる余地皆無というかまあ、ビジネスうんぬんよりは、その場にいない共通の知人の話題になるっていう万国共通の流れ。それもまあ悪口陰口的なものになって爆笑し始めるっていうありきたりの流れ。
手近なところで、「世界観」強調のコンサルタント畑中の件から。
まあ、大橋の立場からすると畑中と敵対関係であるはずもないんだが、どこの業種でもよくある「現場の長」VS「外部コンサルタント」の構図が我々のところでも見られているのは大橋もとっくに察知済みで、ほとんど面白がるくらいな調子で
「どうなんすかね?あのひょっとこ眼鏡のすっとこどっこいは?相変わらず大ぼら吹きまくりなんすかね?」などと早くもエンジン全開。
「いやいやいやいや大橋さん、どうにもこうにも穏やかじゃない口ぶりですねえ、そんなんじゃついていけませんねえ。こんな宵の口からねえ」
と、とってつけたような返しをしてからすぐさま流れを急変させて
「ま、そもそも世界観世界観って二言目にはそれかっ!?って話なわけでして」
と自分も即リミッター解除した。
しかしながら畑中の悪口ってのもあちこちで言い飽きている面もあって、
なんのかんのでいつのまにやら話はあっちこっちへ飛んだりしてるうちに、
あっという間に19時台に突入。そろそろ道産子ママも開店準備終えて、
カウンターのなかでマルボロふかしながら「あーえーいーおーうー」と発声している頃であろうと、中華屋の会計をほろ酔い加減で済ませ(大橋が)て隣の建物のエレベーターに乗り「3」のボタンを押した。
カランカランとベルの音を響かせつつ「知床」の店内に入ると、
道産子ママが、あらあら今日は随分早いし身軽な感じじゃないの嘉数ちゃん?
ん?それに比べ何?大橋ジャンクションは大荷物じゃない?相変わらず景気よさそうねえ。といつもの調子の出迎え。
ホステス4,5人、見知ったいつものメンバーだな、と思いきや、
なかに一人だけ「新顔」いるなあ、と大橋も自分もすぐに気づく。
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