第2話 2007年10月 銀英伝納品直後のパチモン店長
新台釘調整作業実施時は眼精疲労を感ずるところ物凄く、職業病ともいえる慢性の腰痛の具合も気になるし、「入れ替え」の諸作業諸々の進行については副店長以下に全部丸投げして時を待つ。
「運搬」「取り付け」などの肉体労働には一切参加せず、ホールコンピュータ直結プリンターから排出された各種データの用紙やら、前述の釘配列図数種やらを交互に睨んだり、タワーPCのデスクトップ上にエクセル帳票のあれこれを開き、上下左右に意味なくスクロールしながら、ただ『銀河英雄伝説』の取り付けが終わって釘調整が出来る状況を待つのみで過ごした。
店長いろいろ考えてるんだなあ、と思わせる雰囲気を作ることに終始腐心しながら。
そして「取り付け終わりました」の声を聴き、聴いた瞬間ではなく、2,3秒おいて「うむ」という表情と仕草でスチール机の大きな引き出しからハンマーその他の必要道具一式を取り出し、悠揚迫らぬ動作、のつもり、で設置場所まで向かう。
ハンマー叩いては止め、釘間サイズや角度を測り、玉を打ち出しその動きを追う、そしてホールコンピュータのデータを確認する、これらの工程をひたすら繰り返すのが「試し打ち」の時間。
デジタル図柄回転中や大当たり中その他長めのリーチ演出中に、台枠スピーカーからドヴォルザーク、ワーグナー、エルガー、マーラー、ブルックナー等のオーケストラ曲が鳴り響いて、ああそういうテイストなんだ、と初めて知るくらいにその時は銀英伝に詳しくなかったけれど、むろんそんな素振りはみせず、「そうそうそうこの境地なんだよね」というような表情で居続ける。
この業界は知識マウントで勝ち続けなければならない空気に満ち溢れているのが常だ。まあもっともこの頃は「ああこいつ知ったかぶりじゃん」ってのがバレバレなのを自覚しながら余裕しゃくしゃくの表情でしらばっくれる、とか平気でやってたわけだが。
するうち、真後ろの列の調整を担当している副店長の有馬が「なんか、これ地味っすよねえ。稼働一カ月持ちますかねえ」と訊いてくる。
「うむ。3日様子見て、ダメとなったら、あとは野となれ山となれでいこう」と言質を取られない曖昧な答えを返す。
「まあ、そうっすねえ。もう週末はいつもの週末くらいな閉め方でいいかもですねえ」と有馬。
この場合の「いつもの閉め方」には互いの暗黙の了解は出来ていて、「ゲージ棒」という、両端にパチンコ玉が付いている金属製の棒の一方の1・03cmサイズの「ゲージ玉」が、ヘソ(スタートチャッカー=入賞するとデジタル図柄が動き始める穴)釘の根元で「かする」程度まで閉める、ということである。
その際もう一方の先端に付いている1・08㎝サイズの玉をゲージ棒クルッとひっくり返す動作で釘の根元にあてがって、「完全に乗っかって間を抜けない」ことを確認する動作までがワンセットな流れ。
03掠らせ、08乗せ、みたいな。
とにかく顧客遊技中に玉が釘間にひっかからないギリギリのレベルまで閉める、と。場合によっては一瞬「釘間にひっかかったかな」と思わせておきながらも、スルスルっと、下方に回転速度を徐々に速めながら落下させる、と。
こうする場合の意思統一手段として自分が部下に発するのが03ミリの数字部分を強調した「じゃ全部ゼロサンで」である。
軽い調子でうたうように「はいっ!オールゼロサン!以上!」と、にこやかに発することも多い。当然ヘソにいたる「道」の釘も玉が外に逃げるようなマイナス調整だ。
(※この時代、「ゲージ玉」の03サイズと08サイズのみで
ヘソ釘の調整を終えるというような「大雑把」な作業の仕方は全国的にはなされていなかっただろうと思う。というのも工場出荷時点で板と釘、双方の品質にかなりムラがあるのは業界全体では周知の事実であり、釘の根元閉めたサイズと先端の開いた部分のサイズが寸分たがわず一致するわけではなかった。先端の開いた部分を計測する器具は「板ゲージ」というもので11・25~14・00くらいの幅で扇状に12枚程度折り重なった形状。根元03玉掠らせたとして先端のサイズが全部同じになるとは限らないということだ。なので個別の台ごとの癖をなるべく早く知り「板ゲージ」で先端測るのか「ゲージ玉」で根元だけ気にするのか、適切なのはどちらかなのかを判断せねばならなかったのである。さらに言えば、年々盤面の形状が「液晶」や「役物」の進化で複雑化し、ヘソ釘のサイズの影響無関係な「勝手に勢いよくヘソに玉が寄ってくる」ような癖ある個台が出現し始めた為、道釘のどこをいじるのが効果的なのか探らねばならない状況が多々あった。なので釘調担当者に指示を出す際には釘サイズではなく目標スタート数を告げる場合が多かった。「じゃ58で」という場合は「分5・8回」「60で」は「分6回」、つまりデジタル図柄が1分間にどれだけの回数まわるのか?回したいのか?を目安にしていた。が、ここでは便宜上このようなことは描写上すべて省いた。今後も省く※)
「新台」の釘調整をしている段階でこのように釘を「閉める」方向の話でもちきりになる、っていうのはつまり「ヒット」機種と呼べるような稼働は見込め無さそうなので、無駄に「開ける」こともなかろうて、とその時、現場でほぼ即断した、ということだ。これが正しかったのかどうかは後刻述べることにする。
「そういえば、なんか変なベレー帽みたいなのと白スカーフと宝塚みたいな服届いてましたけど、なんなんすか?」とハンマー振るいながら有馬が訊いてくる。
ああ、こいつは銀英伝に詳しくはないようだ、と、ややホッとしながら、「うむ、なんだか登場人物の衣装のようだな」と答える。「へえ、またコスプレっすか。次から次へと大変っすねえ。田所あたりが着る感じっすか?」「いや、それはまだ決めてない」「そうっすか。まあおれはないっすよね。この体型っすもんね」と体重100キロ超の有馬がお気楽な調子で言うのでよっぽど「いや、おまえだ」と脅してやろうかとも思ったがそれはやめておき、
「ふむ。まあ明日点呼の時にくじ引きでもするかな」と適当に示唆して茶を濁す。
この流れだと「いや、実はおれが着るんだよね」とは言い出しにくい。
店長会議であくびをしていたらそりの合わないコンサルタントの畑中に目をつけられ、ここはひとつ店長自ら範を示してもらいましょう。ねえ嘉数さん?やりますよね?と言われ、引くに引けない状況になってしまった、という、その経緯をここで暴露する気持ちには到底ならない。
自分のせいで他の店長も「全員強制ヤン・ウェンリーコス」とか言えるはずもない。いずれわかることだとしても。
さて睡眠時間ほぼ1~2時間で済ませた翌営業日、
「CR銀河英雄伝説」導入初日12時開店直前、コンサルタント畑中の指示通りに「先頭に立って」ヤン・ウェンリーコスで入場客を迎え、
その様子を前回「エヴァ」新機種導入時に「顔」で選んで「カヲル君」コスやらせた社員の田所に「証拠写真」(店長として先頭に立って汗流してますよ、という)として撮影させ、入場列がはけた瞬間に更衣室まで駆けていって普段の制服に着替え、
その後の業務遂行は「通常運転」でこなした。
本社の部課長なり、コンサルタント畑中なり、が来ていたらそうはせず「はい、よろこんで」とばかりに閉店まで着ていただろうが、そうはならずに済んでよかった。客も従業員もコーヒーレディーも警備員も清掃員も皆失笑だったし。
「その格好のわりに腹、出過ぎなんじゃないですか」みたいな。
そんな屈辱の時間長く過ごさずに済んでほんとうによかった。
コンサルタントも部課長もこういう「全店一斉導入」の時、
どこの店に行くとか行かないとか事前には当然知らせてはこない。
なんとなく「来ない」んじゃないかな、と希望的観測にもとづいて
さっさとヤンの役柄降りたんだが、閉店まで誰も姿を現さなかったので
「賭け」に勝った格好になったのだった。
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