パチモン店長

辻タダオ

第1話 2007年10月 パチモン店長、ヤンとの出会い

 ヤン・ウェイリーのコスプレをしなければならなくなっていた。

ヤン・ウェイリーとはその時期に自分が勤務していたパチンコホール企業の全店舗に一斉導入された「CR銀河英雄伝説HA1X(平和)」というパチンコタイアップ機種のその対象作品『銀河英雄伝説』の登場人物である。


 物語の設定上、ヤンは宇宙の「戦場」における「軍人」なので、任務中の軍装のコスプレである。宇宙SF作品ではあるがその軍装はメカニックな外観ではなく、ベレー帽にスカーフといったような取り合わせの自然素材風味な装いのタイプのものである。帝国的威圧感はない側のやつ。パルチザン風のやつ。

 

 自分も『銀河英雄伝説』の題名くらいは知っていたが、といって詳細はしらない、という、よくいるそこいらの小市民だった。

 SF、アニメに関する造詣が深いガチなオタク層からみれば「雑魚」に分類されて当然の者であった。

今は「銀英伝」かなり深いところまで把握したのでそうは呼ばせない。しかしまだ「免許皆伝」にまでは至っていない、といったところか。


 2004年の『新世紀エヴァンゲリオン』パチンコ化がきっかけとなり2006年の『冬のソナタ』で拍車がかかったタイアップ、版権モノ機種リリースの雨あられは「常態化」し、むしろ版権モノでない方が珍しいくらいの局面に突入。

エヴァ、冬ソナ以外では『北斗の拳』等がその後も長く今に続く「定番」機種となった。


 タイアップの対象となるのはドラマ、アニメのみならず、マンガ、映画、歌手、スポーツ、プロレス、ゲーム、その他、過去現在問わず少しでも耳目を集めた実績のあるものはほぼなんでもかんでもパチンコ、パチスロになる流れ。


 これは「店舗現場労働者」視点から仰ぎ見ると実に憂慮すべき事態であった。

とにかく次から次へどんどん新機種が出てくるので「入れ替え」の機会が飛躍的に増大し、自分のような「店長」以下、末端のアルバイトにいたるまで店舗現場の長時間労働が「通常運転」と化したのだ。


 旧台撤去→新台設置の際の肉体的負荷もさることながら、新台導入=新商品の投入であるがゆえの「販促」に関わる労働時間もかなりのものになる。


 メーカーから付属で納入される販促用POPその他各種掲示物の使用だけではいかん!!他店との差別化図るにはプラスアルファ何かせねばならん!という本社営業部門や外部コンサルタントの声が支配的となり、ついには店で営業に携わる者は誰しも対象コンテンツの内容を「全把握」せねばならぬ!という暗黙のルールが形成されていた。


 そう、それはあくまで「暗黙」のルールである。正式な指示命令などは一切でていない。洋の東西問わず企業社会にはありがちな話であろう。

 企業社会だけではないか。数年に一度会う親戚の話では教職員も細かい事務作業や親対応とか「教える」以外の仕事が大変多いと聞くし。


 とにもかくにもパチンコ店スタッフたるもの、「冬ソナ全話観了」「北斗の拳全巻読了」「エヴァは映画版まですべて観了」くらいは当たり前にやっとけ、と。

 で、ほんとうに律儀にそれを実行するのだった。大方の同僚上司部下の人たちは。


 これは実にすごいことだ。何であっても即座に吸収できる若さや、もともと旺盛な好奇心を備え持つアクティブシニアの力、みたいなものも手伝っている側面もあるんだろうなあ、と感心しつつ、自分はそれをほとんど未達の状態でやり過ごしていた。


 TVアニメのエヴァ全26話だけは観ていた。自宅(社宅)でテレ東再放送時に録画していたので。しかしこれはパチンコ化、パチスロ化するはるか以前のプライベートのことなので「たまたま」の話である。

 そしてそれも妻が「なんか流行ってるっていうし面白いらしいし」という理由で録り貯めたものであって、自分が率先して主体的に取り組んだ物事ではないうえに、見終わって「エヴァオタ」になったわけでももちろんない。

 「ああ、なるほど時代風俗としてまあまあ面白かったな」レベルの受容の仕方で終わっていたのだ。


 その頃の日常ルーティーンは、仕事、プライベートのパチorスロ、酒場放浪、野球観戦(大阪近鉄→東北楽天)、ピアノ弾き語りソロでの音楽ライブ活動、幼児の一人娘を連れての家族近場観光、でほぼ固まっていたので、アニメその他の映像コンテンツ受容に傾注する余力はなかった。


 北斗の拳はジャンプ本連載の学生時分にリアルタイムで享受していたあの強烈な記憶だけで十分だったし、冬ソナは3話くらいまでTSUTAYAでDVD借りて観て、撮影がスタジオで行われているのであろうと推測される場面で、

その照明の具合やセットの雰囲気に、リアル放映時によく見ていた「ダウンタウンのごっつええ感じ」のコントっぽいものを感じ、

「トカゲのおっさんまだかな?キャシー塚本先生まだかな?」などとあらぬ方向に思考が飛んでしまって集中出来ず、中途で放棄してしまった。

 ちゃんと見れば面白いんだろうなあ、でもまあ、あとでいいや、という感じでずっと未見のまま。


 そんなこんなで物凄くはっきりとした信念があるわけでもなく、無精ゆえ「大勢に従わない」結果を招きがちな自分なのだった、というよりも「やる気」を無くした「ダラ幹」になりきっていたということでもある。

 

 新人社員の頃からそういう勤務姿勢ではもちろんなかったのだが、時を経るにつれそうなった。よくあることだろう。

 

 業界人らしい業界人になろう、いってみれば「プロ店長」とか、

「カリスマ店長」とか、そういう存在になろう!といった気持ち絶無で、

のんびりいきましょうや、もう本物のちゃんとしたキリっとした大人の業界人じゃなくていいです、パチンコパチスロだけに「パチモン」でいいっす自分。

みたいな心のありよう。


 何故そうなったのかというと、実に単純な話パチンコ、パチスロともに入社当時と比べ「好みの機種」がほとんど無くなり「取り扱い商品」に愛着を抱くことも無くなった、と、これに尽きる。


 わかりやすく他業種のことであげつらってみると、ムード歌謡がたまらなく好きでレコード会社に入ったものの、時は移り変わってムード歌謡の部門はまるごとなくなり、じゃ君はヒップホップ部門担当ってことで、と言われ、路頭に迷うわけにもいかないので指示には従ったものの、どうにも身が入らない、みたいな、そういうことだ。原子力やりたかったのに風力かよっ!みたいな。


 仕事の種類違えて考えても、誰の身にもあり得ることであって、それこそ、みんなちがってみんないい、のだろうが、思ったほどみんなちがってない類のことであろう。


 さて『銀河英雄伝説』全店一斉導入となり、自分はその当時川口市西川口にある一支店の店長だったので、納入の夜は「適正な釘間サイズ」を決める「新台の釘調整」構想を練るのにまず集中。


 これに関しては事前に各方面から釘間サイズ明記された数種類の釘配列図を調達しており、それらを参考に試し打ちしながら「基準」のゲージを決めるのが通例。

 意外に難儀な作業である。


 社内の店長連中のなかでももう年かさの範疇で、正直なところ趣味のピアノ弾き語り音楽活動を指して「嘉数かかずさんは芸術家だからねえ」とちょっと嫌味な感じの微笑み含みで「会社に対する忠誠心のなさ」をチクリと経営中枢にいる上司に示唆されたりなぞして、首のあたり涼し気な雰囲気を嫌というほど感じる日々の真っ只中でもあり、ハンマー握り始めた「若手」の頃とはうってかわって毎度毎度気乗りせず。


 しかも今般は「全店一斉導入」なので、先行導入店の「後輩」店長に気安く電話して、実データを訊いて参考にし、「自分の頭で考える」手間をショートカット出来ないこと確定な状況であった。

 10年前ならこの「ゼロから考える」ことに「燃える」ところだったのであろうが、最早そのような「情熱」はすっかり失せていたのだった。



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