五話 元巫女、学ぶ

「月光苔、紅映草、黒影藤……」

 パラパラとページをめくる音が響く。部屋の片隅で鈴が薬草についての本をめくる音だ。

「鈴?すーずー?」

 莉衣が声をかける。だが鈴は答えずにページをめくり続ける。しばらくして、読むことに疲れた鈴が顔を上げる。それでようやく、鈴は莉衣の存在に気がついたようだった。

「ああ、莉衣さん、居たのですね」

「やぁっと気づいた。ねぇそんなに集中して何を読んでいるの?」

 僅かに覗いた頁には、植物の絵と説明が書かれている。

「薬草について少し調べ物をしていたんですよ。学んでおけば、巫女の集落に戻った際、前よりも役に立てると思うんです」

「そっか」

 鈴の言葉を聞いて莉衣は納得したような表情になった。

 それを見た鈴は語り始めた。

「少し、長くなってしまうのですが……」

鈴は幼い頃から巫女の集落で育ってきた。

 巫女の集落では、巫術の得意不得意が評価に直結する。それは、ありとあらゆる神聖な儀式に巫術が必要となるためでもある。

 だが、それよりも国や村の災いを予期し人々を守る占いの時、傷ついた人々を癒す時。『人々を守り癒すためには巫術が必要』だということが集落の常識。守りも癒しもできない巫女は落ちこぼれ。

 鈴も常識だと思い込んでいた。

「占いも癒しの術も上手くできなくて、ずっと周りに迷惑ばかりかけていたんです」

 だが、倉庫で思い出した。ちゃんと、大巫女は鈴に、巫術を使わずに人々を守り癒す方法があると教えてくれていたのである。

 巫術がだめならば薬草で。


「ですから、せっかく莉衣さんのおばあさまが残してくれているのですから使わない手は……」

「どうして?」

 思わぬ返しに鈴は、え、と呟く。莉衣の顔は純粋な疑問に満ちていた。


「どうしてそこまでして、周りの人を救おうって、巫女の里に戻ろうって思えるの?ここには修行できたって言ったって、その扱い……」

 莉衣への答えは、鈴でも自分が信じられないほどスラスラと出てきた。それは、鈴の本心からの言葉だった。

「この街で新しいこと、暖かいことをたくさん知りました。それで気づけたんです。巫女の集落でも本当に優しい人がいる、私が幼い時に助けてくれた人たちに、何かを返したいって」


「なんか、安心した。初めて鈴の本音、聞けた気がする」

 そう言って、莉衣はニッと笑うのだった。

 それから間もなくして、鈴は薬草について本格的に学び始めた。鈴は巫女の集落での経験も活かし、どんどんと知識を吸収していった。

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