四話 元巫女、思い出す
『鈴、よく見て覚えておきな」
『はい、大巫女様』
それは、かつての巫女の集落での記憶。今の容姿よりもいくつか若い大巫女が、すり鉢やらの器具を使っている。その隣で覗き込むのは幼い頃の鈴だ。
『大巫女様、この草はなあに?』
鈴は、小皿に乗せられた苔を指差す。時折青白く光るそれを、鈴は興味深そうに見つめる。
『これはね、痛みを和らげる薬草さ。 名前はね……」
もう少しで思い出せそうだが、大巫女との先の会話が思い出せない。
「鈴、どうしたの?」
後ろから莉衣の声がかかる。一点から動かない鈴に対して心配したようだった。
「ごめんなさい、莉衣さん」
慌てて鈴は莉衣に詫びた。
鈴を見た莉衣の表情が緩む。
「ああ、何もないなら大丈夫だよ、……もしかして、その薬草、巫女の里で見たの?」
「はい。 でもどうしてここにあるのですか?」
鈴には、この焦点と薬草のイメージが繋がらなかった。朝に見せられた商品の中にも、薬はなかったはずだ。
「おばあちゃんが、ここで薬を売っていたんだよ。今は父さんたちが引き継いで商店をしているけどさ」
「そうなんですね」
莉衣によれば、彼女の祖母は多くの知識を持っていて、紙に書き残しているらしかった。
「私はあまり見ないし、詳しくないけれどね。そうだ、後で巫女の里での話してよ!」
莉衣は頼まれたらしい商品を取り終えると、
「また後で」
と元気よく言って去っていった。
鈴は薬草の棚から離れて、見慣れない商品の整理を再開した。だが、鈴の心の中には大巫女との思い出の中にある薬草について調べたいという気持ちが湧き上がっていた。
鈴にとっての長い一日が終わる。
見知らぬ人が大量に行き交うこと、誰も巫術を使えないこと。商店でものを買うということすら、周りの集落からもらったものや自分たちが作ったものだけでやりくりする巫女の集落ではあまり見ない文化であった。
仕事終わりに莉衣が鈴を迎えに倉庫へやってきた。
「初仕事、ご苦労様」
「ありがとうございます」
「母さんがご飯作るってさ」
鈴はそのまま倉庫を出て行こうとした。
「ちょっと待って! これ」
莉衣が鈴を呼び止める。そして、一冊の古い本を鈴に渡す。
「莉衣さん、この本は……?」
「おばあちゃんが残してくれた薬草の本だよ。 鈴、興味がありそうだから」
「ありがとうございます、莉衣さん」
鈴は大事そうに本を抱えた。
2人は並んで倉庫を出た。
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