三話 元巫女、仕事を始める

 次に目を開けた時、鈴は見慣れない場所にいた。木で作られた建物で、鈴はその隅に敷かれた布団に寝かされていた。見知らぬ少女が1人、傍に座っている。

「ここは、どこ?」

 かろうじて鈴が出した声は、自分の声とすぐに認識できないほどに掠れていた。

 少女は無言で湯呑みに入った白湯を差し出してくる。飲めということのようだ。


「ここはあたしの家。あんた、あのあと寝ちゃったんだよ」

 少女は冗談めかして運ぶのが大変だったとぼやいたあと、

「おじさんは帰ったからね」

と付け加えた。

 その声を聞いて、鈴はこの見知らぬ少女が『莉衣さん』であると思い出した。鈴は弾かれたように正座をする。

「ご迷惑をおかけしてすみません、莉衣さん。 そして遅ればせまして私、鈴って言います!」

 一息で言い切ったあと、鈴は咽せた。

 『莉衣さん』は

「そんな畏まらなくても莉衣でいいってば」

と、からからと笑う。

(莉衣さん、本当によく笑う人)

 鈴はぼんやりとそんなことを思った。

「大丈夫、長旅で疲れたんでしょ。あたし、父さんと母さんに知らせてくるから」

 そして、すぐさま、

「明日からは家の仕事、手伝えってさ」

と伝えに戻ってきた。


 翌日、鈴はようやくこの家の主人と奥さんに会うことができた。

「鈴ちゃん、今日からよろしくなあ」

 主人が言う。奥さんの方も、

「女の子が増えると華があるねえ」

とからからと笑う。

 どうやら、莉衣に負けず劣らずの気さくな両親のようだった。

「はい、よろしくお願いします」

 鈴の声は強張っていた。


 莉衣の家は、この街で繁盛する商店であった。

「奥にある芋、全部この重さの通り持ってきてちょうだい」

「はいはーい」

「そっちのお客さんは……、ああ、常連さんだね。いらっしゃい」

 次から次に指示も客もやってくる。視界の隅では、莉衣が主人や奥さんの的確に的確に答え、さらには接客までこなす姿が見える。

 だが、鈴はここにきたばかり。任されたのは倉庫の商品の整理であった。

 時折主人や莉衣が商品を取りに来る。置かれたものは食品であったりちょっとした日用品であったりする。

 鈴が見たことがあるものも、見慣れない物体も、この場所にはたくさん置いてあった。


 やがて、仕事を始めて数日が経った。まだ倉庫にあるものを全て把握できたわけではないが、仕事には慣れ始めていた。

 その日もいつも通り仕事を始める。だが、とある棚の前で鈴の手は止まった。

(あれ、これって……)

 思い出が溢れてくる。

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