一話 落ちこぼれ巫女、集落から追い出される

 『星祭』まで、あと二年を切ったとある秋の日のこと。

 一人の少女が緊張した面持ちで豪華な部屋に足を踏み入れる。

 少女の肩で切り揃えられたウェーブのかかった茶髪が、歩くごとに揺れる。少女は名前を鈴と言う。


 輝くほどに白い石材でできた廊下には、ところどころ星空のような深い藍のタイルが嵌められている。

足元に敷かれたカーペットは長い毛足が容易く足を包み込んでしまうほど柔らかく、それは鈴にとって滅多にない経験であった。


 だが、どんなに美しい光景も、鈴の心を落ち着かせることはできない。

 鈴はこれから叱責されるに違いないと思い込んでいるからだ。


 全身をこわばらせた彼女の前に、一人の老女が現れる。白髪をきっちりと結い上げた彼女は、歳をとっていながら威厳のある見た目をしていた。

 彼女は、伝統と格式を重んじるこの集落の長である。

「大巫女様……」

「鈴、また巫術を失敗したそうだね」

その言葉は、鈴の心を深く抉った。

「……はい」


「鈴、この集落がどんな場所なのかお分かりかい?」


 大巫女は鋭い眼光を鈴に向ける。鈴にとってそれは分かりきったものであった。


 石造りの館から大巫女の住むこの館に来るまでの間ですら、他の巫女たちから何かしらの儀式に使うものを運ばされたり、他の巫女の過失を被せられたりする。

「みんな迷惑しているから、消えな」

 そう言われることも、嘲笑されることも一度や二度ではない。


 この巫女の集落では当たり前のことだった。なぜならば鈴が巫女としての役割を果たせない落ちこぼれだからだ。


 声を震わせながら、鈴は答えた。

「ここは、巫女達が暮らす、集落です。 この国を占ったり、人々を癒すのが役目」

 そして、もうほとんど泣きそうな声で、鈴は最後の一言を絞りだした。

「だから、巫術を使えない私は、ここでは役立たず、なんですよね」

 鈴の頬を一筋の涙が流れる。


「そうかい、アンタにとってここはそんな場所だってのかい」

 不機嫌そうに大巫女は呟いた。

「そうだ、アンタはずっとここで育ってきた。この集落の外を大して知らないね」

 鈴には反論の一つすらできなかった。

「アタシは今回は、叱りはしないよ」

 大巫女がぴしゃりと言った言葉を聞いて(その通りだったことなど一度もない)と鈴は身を固くした。


「この集落を出て街へ行きな。これは鈴、アンタが自分を見つけるための修行だよ」


 大巫女の言い放った言葉、それは鈴を追放すると言っているに等しい言葉だった。

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