第4話 YouTube

 大学一年生の夏。特別にやることもなかったから、youtubeを始めることにした。母親はめんどうくさがりな私の身を案じてか、かなり多く仕送りをくれるので幸いお金には困ってなかった。インドアで遊び惚けるほうでもなかったので、機材を買う費用は週2回の古本屋でのアルバイト代から出した。本当のことを言うと、母の仕送りではなく自分で稼いだお金を、自分の所有物に使ってみたかったのが動機だったりする。

 父の存在感の薄さとは裏腹に母は昔から過保護で、つかまり立ちを始めた私の傍にクッションをたくさん置くせいで、かえって転びやすくなったり、中学生でスマホが解禁されたときも、ネットや利用時間に制限をつけられて鬱陶しかった。それくらい心配性で、私がなにをするにしても安全第一でリスクはとらせないような人だった。

 母が明確に大きなリスクをとったのは、私を出産するときだった。母は母子ともに危険を伴う出産になる可能性が高いと医者から言われると、焦る父とは対照的にその場で決心をしたらしい。中絶はしないにしても、なぜあの時自分があそこまで腹をくくることが出来たのか、今となっては母自身ですら不思議に思っている。

 私は買ってきたカメラに触れてみた。表面が滑らかで、思ったよりも軽い。三脚につけてたててみると、店頭で見たときよりも幾分か立派に見える。試しに録画を開始して、音声チェックを兼ねた撮影をしてみる。カメラに向かって話すのは思ったよりも難しく、思うように言葉が出てこない。赤の他人と話すときのような気まずい感じがして、ついつい天気の話をしてしまう。外は溶けるほどの灼熱で、そのせいか蝉の死骸がいつもよりも多く感じられる。10分くらい喋べって、カメラの録画を停止し撮った動画を見ると、まだ3分少々しか経っていない。トップユーチューバーの方々は毎日のようにこんなことをしているのかと思うと、くらっときた。

 無料の動画編集ソフトをおとして、早速編集をしてみるがこれが難しい。字幕を全てにつけると大変だし、野暮ったくなるし、効果音だってありすぎるとうるさい。BGMはフリーのものがたくさんあるが、その数の多さからなかなかしっくりくるものが見つからない。結局、たった3分の動画を編集するのに膨大な時間がかかり、ふと時計をみるともう6時間が経とうとしていた。

 私は新たにアカウントを作り、どきどきしながら初投稿をした。youtubeに私が編集した動画がある。その中で私が一生懸命天気の話をしている。何が面白いのか全然分らない動画なのに、私はなぜか自身が湧いてきて、明日には1万再生はされるだろうなんてことを考えている。そうなると、母にばれるかも知れない。心配性の母は私の生配信にも張り付いて、チャット欄をパトロールし出すかも知れない。嫌だけど、嫌な気はしない。ああ、母らしいなって思うだろう。考えている内に、私は眠ってしまった。

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