第3話 ずっとも!
初めての友達は、保育園で私にミルクをかけた。その行動が子ども特有の突発的な暴力性だったのか、私のお漏らしをかばってのことなのかは今となっては分らない。でも、明確にその日から友達になったことを憶えている。かか(これは友達のあだ名だ)にその事を聞いてみると、全然憶えていないと唖然としていた。
小学生になってからも、かかとは毎日のように遊んだ。私が貧血で偶に立ちくらみを起こすと、かかはそばによってきて私の手をつないでくれた。その過保護さからかかはかーさんと呼ばれ、いつの間にかみんなの親のような存在になっていた。かかは裏表のない明るい性格だったので、どこにいても友達が出来た。私は人見知りで声も小さく、私の友達の殆どはかかの友達でもあった。でも、かかはどれだけ新しい友達ができても、私といてくれることがとても嬉しかった。
私たちは夏になると勉強会を開いた。かかは勉強が嫌いで、宿題もやりたがらなかったけれど、私が誘うと喜んで取組んだ。かかは頭が悪いわけではなく、一度説明すれば大抵の問題は解くことができた。ただ記憶力が少し弱くて、理解したことを直ぐに忘れてしまうのだった。
そんなかかもなんとか受験戦争を乗り越え、私と同じ公立高校に入ることが出来た。その頃、高校デビューしたかかはずっと憧れていたギャルになっていた。短く折ったスカートに、キラキラシールのようなネイル、髪も茶色に染まっていて涙袋はぽってりとしていた。口紅が赤すぎたとかかは笑っていった。笑うと、長いまつげが瞳に覆いかぶさって真っ黒になった。私はかかが進化したのだと感じた。もともと色の黒いかかにギャルはとても似合っていた。改めて、自分のもさっとした芋っぽさに気が付いて少し恥ずかしくも、寂しくもなった。
当然といえばそうなのだが、かかは学年が上がる前に退学処分となった。かかがいなくなってから、かかの周りにいた友達が私をいじめるようになった。ひどいときは体の目立たないところを蹴られたりした。理由を聞いても、陰気臭くてイライラしたとかなんとなくとか、理由というにはあまりに曖昧で幼稚な答えだった。
私は高校を休学することになった。家から一歩も出られなくなり、所謂ひきこもりになったのだ。かかは両親との軋轢から、家を出て連絡もつかなくなってしまった。私はかかが居ないと何もできないのだと、暗い部屋でリストカットをしながら思った。かかが私の手を取って、一緒に近所の商店街でマーブルチョコを買う夢を何度も見た。かかを私が独占できた時代の夢だった。
結局、高校には復帰できないまま、私は18歳になった。両親は私に少しでも、社会と接点を持ってもらおうと知り合いの店で働いてみることを進めた。個人経営の喫茶店で常連ばかりの店だし、店長さんも社会福祉に熱心な人だからと言われ、私はアルバイトで働くことになった。働いてみると、思ったよりも暖かい職場で私でもなじむことができた。最初は簡単な食器洗いから始めて1年がたつ頃には接客ができるようにまでなった。かかが進化したように私も少し成長したように思えた。
私は通信高校に通いながら、喫茶店でのアルバイトを続けていた。私がカウンターをふいていると、煙草を吸っても構わないかと声をかけられ、喫煙可能である旨を伝えようとした時だった。振り返るとかかがいた。かかは、私にはじめ気が付かなかった。私はかかと最後に会った時よりも幾分か瘦せていたし、少しだけ化粧もしていたから気づかなかったのだと思う。かかは煙草に火をつけると、なかなかテーブルを離れない私に今日、この街を訪れた理由について話した。連絡もせず、急に姿を消してしまったこと、そのせいでつらい時期に傍にいてやれなかったことを謝りたい親友がいるのだと言った。謝っても許してくれるかどうかは分からないと机の灰皿に向かって言葉と煙を吐き出すかかに、私ははっきりと全然気にしてないし許すと答えた。かかが驚いて顔を上げたとき、ようやく私に気づいた。私はかかにまた会えることが出来て嬉しいと伝える前に、涙が止まらなくなって膝をついてしまった。 かかが焦って私に手を伸ばそうとしたとき、机が揺れて珈琲についていたミルクが私にかかった。それが、確かに優しさだったことが、今の私にはよく分かった。
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