第2話 地方都市

 私のお気に入りの散歩道は、駅から少し歩いたところにある美観地区だ。正確には景観地区というらしい。この辺りは静かで、早朝は観光客もいないから、散歩にはうってつけなのである。また、駅に戻ればカフェやそれに準ずる店もあり、なかなかに栄えている。こういう場所のことを「地方都市」と呼称することを私は高校生になってから知った。初めて聞いたときは、SF漫画のタイトルか何かと勘違いしていた。

 平穏な朝の散歩は、時折サカナに話しかけられる日があり、その時はいささか面倒だなと思う。サカナとは美観地区に抜けるまでの商店街に位置している、佐中商店の店主のことだ。なぜ、サカナかというと、名字の佐中をもじったのと、店主の顔が魚そっくりのぎょろ目であることをかけあわせたのだ。サカナはいつも自分の子ども時代の話をする。

 サカナの子ども時代、この辺りは今よりも栄えていた。特に、初めて新幹線が開通した時期の人の多さは、さながら渋谷のようで街は大賑わいだった。今はもうないが、サカナが物心つく頃にはホテル如月が駅の隣にそびえていて、サカナはその一階にあった商業施設のゲームセンターでよく遊んでいた。しかし、奥の方にあるアーケードゲームはいつも上級生が陣取っていたので、まだ小学3年生で体も小さかったサカナは友達と一緒に、ゲームセンターの入口にあった十円ゲームで遊んでいた。同じような十円ゲーム機は近所の駄菓子屋にも設置されていたが、サカナはわざわざ家から20分も歩いて商業施設に足を運んだ。賑やかしい感じが好きだった。

 駅の表側にはホテル如月があったが、裏には遊園地があった。正確には公園であった事を、サカナは大人になってから知った。入り口のゲートを通ると、西洋風の建物がいくつも建ち並んでいて、色とりどりの花やレンガ造りの家々がカナダの村を思わせた。サカナは家族で出かけるときは決まってその遊園地に行った。コーヒーカップやジェットコースターに乗った。観覧車はいつも退屈で、今でもあまり好きではない。サカナが思春期を迎えて家族と出かけることが減ってきた頃、遊園地は廃園になった。最後の営業日に友達と遊園地に行き、満足するまで遊び倒した。その友達から誘われて、サカナと友達は大阪で会社を立ち上げた。小さな印刷会社はサカナが38歳になるまで続いて、39歳の年に倒産した。サカナは逃げるように大阪を後にして、友達は未だに連絡がとれない。もしかすると、借金のとりたてやに殺されたのかもしれないとサカナは声を潜めて言う。それから、サカナは職を転々としながら今の奥さんと出会う。サカナは奥さんの為にも定職に就くことを考え、地元に帰ってきて家業の商店を継いだのだという。家族は、何も言わずに家を出たサカナが帰ってきたことを喜んだ。

 サカナはそこまで話すと、ふんと鼻息をたてて昇りきってしまった朝日を見上げる。それから店の奥に戻って大きな握り飯をひとつ私に渡し、若い者は朝から食わんといかんよと言い大声で笑う。私はこれからのスケジュールを頭の中で立て直しながら、それを頬張った。

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