七不思議

「羽場七不思議っていうのは名前の通り、羽場市にある七つの妖怪怪奇についての話のこと」


「まあ、それは名前から何となくわかるな」


とはいえ、ここ数ヶ月この学校で過ごしてきて、そんなものがあるとは聞いたことがなかった。勿論、俺がそういう事情に疎いことは自明の理なので、そこに違和感はないのだが。だが七不思議なんてどの学校でも大差ないだろう。大抵、トイレの花子さんとか動く人体模型とかそんなところだ。いや、でもこの七不思議は学校ではなく市のものなのか。市の規模の七不思議とは聞いたことがないが。

まあ、トイレの花子さんなどのような単純なもの、紗香の目に留まるわけがない。彼女が目を付けたからには、他にはない面白い点が存在しているんだろう。


「七不思議は『冗子さん』、『入り口がない部屋』、『猩々緋の鹿』、『幽霊屋敷』、『人魂背負いの血濡れ男』、『ネガティブ星人』。で、あと一つが不明」


「不明って何だ」


「不明は不明。分かんないの。それもまた、面白い点だと思わない?」


「まあ、分からなくもないが。ていうか、全部聞いたことないな」


俺が想像していた七不思議とは全くもって様相が違う。全部が全部七不思議っぽく不思議なことに関係がありそうな名前はしているが、全てが聞いたことがなかった。紗香が食いつくのも納得といったところか。


「で、全部解決するだなんて言わないよな」


「そんなことしないわよ。私が動くのは、無風部に依頼があったときと、私の身内に危機が迫ったときだけよ」


まあ、以前そんな信条を聞いたことがあるようなないようなと思いながら、俺は問うた。


「で、今回はどっちなんだ?」


「前者。無風部に依頼があったの」


この羽場高校の、ある意味相談所のような役割を果たしている部活、無風部。その無風部には時折面倒事が持ち込まれる。警察沙汰になることも少なくはなく、羽場市の中でも認知されている部活なのである。そんな部活に持ち込まれたとなると、必ずとんでもないことに巻き込まれる。それが俺の人生経験が告げる危険予知反応だった。


「七不思議のどれだ?ネガティブか?血濡れ男か?」


「『幽霊屋敷』よ」


屋敷、か。この街で屋敷と言われると思い当たるのは神無の館であろう。この街には神無というさびれた館がある。そこには誰も寄り付かないため、幽霊屋敷と言えば幽霊屋敷であるが……………。


「言っとくけど、神無じゃないわよ」


「まあ、それだったらすぐに解決だもんな。というか、七不思議の件を依頼するってどういうことだ?どんな依頼内容なんだよ」


「それが、ちょっと面倒でねー。匿名での依頼なの」


「無風部って匿名でも頼めんのか?」


「出来るよ。無風部舐めんな。それで、誰からの依頼かは分からないけど、七不思議を全部解き明かしてほしいって依頼が。しかも、順番まで指定してきて」


俺は相変わらずだと思いながら笑う。無風部のことだから相当面倒くさいことが起こっているとは思ったが予想以上だ。七不思議を全部解き明かす、か。


「随分と長丁場になりそうだな。霧遙と頑張ってくれ。応援してるよ。それじゃ」


「それじゃ、じゃないわよ。琢磨も来てよ」


「俺が行って何になるってんだ。お前みたいになんでも推理できるってわけじゃねえんだぞ。特技と言えばピアノが弾けるだけの、イケメンクールボーイだ」


「後半の方はともかく、そのピアノを弾けるのレベルは、かなり一般から逸脱してる技能だと思うけどね」


「そりゃそうだが、少なくとも妖怪探しには役に立たねえぞ」


確かに俺はかつてはプロのピアニストとしての道を期待されていたが、……………まあ、その道を捨てたわけじゃない。ただ、親によって舗装されていた道からは確実に踏み外している。音楽学校ではない羽場高に通っている時点でそれは明確だが。俺はそれでいいと思ってる。俺が憧れる音楽は、少なくとも音楽学校では得られない。そんな自分語りはともかくとして、だ。


「一応言っておくが、俺は土日の土はフリーじゃない」


「日曜日に行く気満々じゃん」


「なんでそうなる。ただ、俺は自分のスケジュールを話しただけだ。そんなこと言ってると日曜日に予定入れるぞ」


「えー?琢磨サイテー」


「サイテー、じゃねえよ。分かった、分かった。そんな顔されたら了承するしかないだろ。日曜日は付き合うよ。どうせ暇だったしな」


「琢磨サイコーじゃん」


「軽いな!お前の褒め言葉」


紗香は朗らかに笑う。まあ、楽しいならいいさ。それに俺も、面倒だ面倒だと言いながらも、こいつ率いる無風部(ただしこいつ含め二名)の持ち込む非日常を楽しんでいる節がある。そもそも、ピアノ漬けにされていた俺にとって、こんな日常はかけがえのないものだ。だから、そんな大切な日常に味付けをしてくれる紗香には助かっている。そんな照れくさいこと、本人には絶対に言ってやらないが。

そろそろ次の授業が始まるので、紗香は前に向き直る。他の生徒たちも席に着き始めた。そして、授業が始まる数瞬前、紗香は振り向いて聞いて来た。


「土曜日は何すんの?」


「林と一緒にジュールデパート行く。流石に溜まった貸しをここらで清算しておきたくてな」


「女子とデートした翌日に別の女子と遊びに行くとかやっぱ琢磨サイテーじゃん」


「お前の言い方もサイテーだよ」


そんな軽口の後、国語の授業が始まった。国語は苦手なので、少し嫌な気がしていた。ただ、俺の前の席の女は頭がいいので、普段から振り回されてる分、助けてもらうことにしよう。

そんなことを考えていた。

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革命が奏でるブルレスケ 彼理 @hiri-perry

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