第8話 鬱陶しいやつ

「もう少し待ってくださいね。降ろして弔いますから」


さらされている頭二つにそう声をかけ、門から堂々と入っていきます。すぐにぎゃっぎゃという鳴き声みたいな声を発しながら緑色の人型の魔物が三体、武器をもって現れました。


『ゴブリンだったようだな。自動翻訳入ってるから相手が何言ってるのか分かるはずだぜ』


「人間だ!」

「食い物が向こうから飛び込んできた」

「メスみたいだ。柔らかいかな?」


ギャッギャという耳障りな鳴き声が自動で変換されて言葉として理解できます。……舐めきってますし、やっぱり人食いみたいですね。


「門にかかげている頭を降ろしてください」


自動翻訳されているはずのわたくしの言葉を一瞬理解できなかったのか、しばらくしてから反応がありました。笑いという態度で。


「獲物がなにか言ってるぜ?」

「お前もそこに行くんだよ」

「うまそう」


辺りを伺います。他にも武器を持ったゴブリンが十数体建物から現れています。それに端の方に木で組まれた檻みたいなものがいくつか設置されていますね。その中に、犬の頭を持った人型が数体、それにどう見ても人間の少女にしか見えない子が閉じ込められています。ゴブリンたちに捕まってしまった魔物と、人間の子供、でしょうか? 子供まで国外追放に?!


さすがにそれはないと思いたいですが、助けないと!


「こいつ武器持ってないよな?」

「早いもの勝ちだな」

「おれ右腕食いたい」


武器なら腰に短剣を下げているのですが、鞘に入れてるから認識していないのでしょう。槍は掌に隠れるレベルに小さくしているので見つけられないのは当然ですけど。


食欲が一番旺盛だったゴブリンが飛びかかってきます。手にしている武器は手斧ですが石製でした。石器なんか使ってるようなやつらに鋼鉄を使ってる帝国貴族だったわたくしが負けるわけにはいきません。

舐めてかかってきてるせいか、学園での戦闘訓練で想定されていた敵よりも動きが分かりやすく遅いです。槍を一瞬で伸ばし、心臓があると思われる場所を一突きにしました。


「ぐぎゃ?!」


情けない声をあげてそのゴブリンが倒れます。へらへらしていた他の二体が叫んで襲いかかってきました。

さすがに二体同時は厳しいかな? と思いましたがたいしたことありませんでした。なんだかとてもゆっくりに見えます。連携も何もない攻撃だったからだと思いますけど、攻撃を避けて、短剣を左手で鞘から抜きつつ、首に斬りつけることすら出来ました。そしてもう一匹も攻撃される前に右手だけで操る槍を置いただけでそこに自ら突っ込んできて自滅していました。


一瞬で三体やられたのを見て、遠巻きにしていたゴブリンたちが一斉にこちらに向かってきます。


柵から離れた広場にゴブリンが集まってきたので、サソリのときにためらった火球の魔法を使います。自分でもびっくりする大きさの火球が生まれてゴブリンたちの足元で爆発しました。……一瞬でゴブリンたちが壊滅してしまいました。自分でやったくせに引いてしまうほどの威力です。生き残った僅かなゴブリンたちもクァルが吐いた炎、ブレスで息絶えていきました。


『俺が手伝うことなかったな』


「そうね、でもさっきの火球の魔法の威力、ルファのおかげでしょ? さっき魔力がどうのって言ってましたし」


『ああ、そうだな。その魔力を使ってついでに各種身体強化も行ったけどな』


あらやっぱりそういうことでしたか。わたくしがこんなに強いわけないですものね。けどそれならもう少しそれを維持してくださいね。首を降ろしてあげないと。


門の横に立てられていた槍状の竿を降ろします。白骨の方はともかくもう片方はすごい臭いです。地面において薪になるものを探しました。薪が蓄えられていたのでそれを少し失敬して安置した頭の周囲を囲むように置いて着火の魔法で火を付けました。しばらくすると囲むように置いた薪が崩れ、頭とともに燃え上がります。わたくし自身はろくに信仰していませんが、帝国の国教になっている宗教の定める祈りを捧げました。そのまま全て灰になるまで燃やして、その灰はどこかに埋めましょう。


燃え尽きて全てが灰になるのには時間がかかるでしょう。その間に木の檻に閉じ込めらている少女を助けましょう。


『自動翻訳は効いたままだぜ』


「新しい、ご主人、さま?」


少女はうごうごと聞いたことのない、どちらかといえば唸り声のような声でしゃべると、そう聞こえてきました。あれ? なんかおかしいですね?


「いえ、わたくしはあなたを助けに来ただけですよ?」


そういって手を出します。出入り口はすでに開放しました。


「助ける? 何を?」


首を傾げている少女。なんか違和感ありますけど、なんなのでしょう?


「まあ、とりあえずそこから出ましょう」


「はい、ご主人、さま」


ふと見てみると、少女が尻尾を振っていました。え? 尻尾?! そ、そういえば違和感があると思っていたら人間の耳がなくて頭の上に毛むくじゃらの犬のような耳が生えていました。ずっと髪型だと思いこんでいたわ。え? 何、この子?


「忠誠を誓いますので、我らにも開放を」


戸惑っていると、隣の檻に入っていた犬の頭を持った毛むくじゃらな人型の魔物がそんなことをいってきました。

初手で忠誠とか言うのは逆に信用ならないんだけどなぁ。まあとりあえず開放してさしあげますか。


『コボルドだな。この犬頭』


檻の中には四体のコボルドが入っていて、三体が出てきました。一体だけ何故か出てきませんね。他より小さいし怪我でもしてるのかしら?


「出たくないです」


牢屋の引きこもり? まあいいわ、後で。今はこの三匹のコボルドをなんとかしないと。


「ありがとうございました。ゴブリン共に奴隷にされておりましたので助かりました。そのゴブリンより強いあなたについていきます」


なんか言葉は殊勝なこと言ってくれていますけど、尻尾がたれてますね。さっきの女の子は尻尾振ってくれていたんだけどなぁ。これって恐怖で支配ってことかしら。

まあ今はいいわ。人手が増えたのは助かるもの。


「ではゴブリンの死体を一箇所に集めてもらえますか?」


「わかりました」


三匹と一緒に少女も行こうとしたので、慌てて呼び止める。


「あ、あなたは待って、止まって」


きょとんとした顔で少女が止まりました。


「とまった」


とても従順な子ね。少女だった頃のわたくしみたい。今のわたくしからはとてもそうは見えないと思うけどね。


「あなたの名前はなんていうのかしら?」


「鬱陶しいやつ」


……え? 今罵られた? こんなかわいい小さな子から鬱陶しいと言われるなんて……。


『待て待て、今のは自動翻訳のミス、というか彼女の名前はコボルドの言葉でそういう意味らしい。この子見た目は人間っぽいけどたぶんコボルドだ。異世界でもそういうのがたまにある。ゴブリンとかが有名なんだけどな』


えー? この子がコボルド? どう見ても獣耳と尻尾が生えているだけの人間の女の子なんだけど。でもコボルドと一緒にいて同じ言語を話してるしなー。


「鬱陶しいやつ、って名前はあんまりだから変えていい?」


「ご主人、さま、従う」


人間の声帯ではしゃべりにくいのか、翻訳されても片言ですね。たぶんコボルド語を片言でしゃべっているのだと思います。


「そうね……あなたの名前はフリーダ、これからはフリーダって呼ぶからね」


「わかった。あたし、名前、フリーダ」

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