第7話 綺麗事
ルファはそういうけど、最初から敵なんているのかしら? わたくしは聖女と敵対したつもりはないけど、敵認定されたっぽいし、あるのかなぁ? けど同じ魔物であるフェアリードラゴンのクァルとは仲良くなれましたわ。クァルの頭が手の届くところまで伸びていましたので喉をさすってあげます。気持ちよさそうにクァルは目を細めています。
『クァルは魔物でもどちらかといえば動物だからな。動物にも個体差はあるが、だいたいシンプルに餌をくれるものは味方、餌にしてこようとするものが敵だ。けど言語が使えるほどのものなら、そうだな、考えに共感してくれるものが味方だし、逆に考えをおしつけてくるものが敵だ』
あら、わたくしは聖女に敵と思われるようなことをしてしまっていたのね。けど言葉に対してこの反撃は強すぎないかしら? ああ、これもルファがいう敵に容赦はするな、ってやつかしら?
『先程の様子を見る限り言語を持つ魔物みたいだが、それのやっかいなのは魔物にとって人間は敵だという思い込みだ。人間にも魔物は敵だという思い込みがあるみたいだがな。さらに実際に魔物にとって人間が餌である場合も多い。それでも友好的に行くかい? 相手からは最初から敵認定されていても』
そこまで言われると悩むわね。わたくしは別に博愛主義者ってわけでもないし、むしろ変な博愛に反対していたぐらいだしね。
とりあえず集落を見つけて、そこから判断しますわ。
『くれぐれも気をつけてな』
その一言が身にしみてきましたわ。わたくしの考えを改めさせようとするのではなく、わたくしを気遣ってくれた方って誰がいたでしょうか? ああ、聖女に出会う前のハインツ殿下がそんな方でしたわね。許嫁であったということもあるのでしょうが、わたくしになにか言い含めるでなく、純粋にわたくしに気遣ってくれていましたわね。たったの一年半でずいぶんお変わりになられてしまった……。
『今はその時じゃない。考えるな、対処してくれ』
そ、それもそうね。今は過去にあったことを思い出して感傷に浸っている余裕はありませんね。令嬢として生活していた頃は考える時間ばかりでしたけど、今は考える時間などないですわ。むしろ考えるな、とまで言われてしまいます。……言われているうちが華ですわね、足跡を追って集落を見つけましょう。
わたくしにでも分かるはっきりとした足跡が続いていますね。隠そうという気すらないほど油断しているみたいですわ。ところどころで足跡が消えていますけど、すぐ先に見つかるので見失うことはありませんでした。
しばらく足跡をたどっていくと、また開けた場所に出るようですわ。けどその場所は明らかに人工の柵で覆われていました。
「こ、これは……もしかすると、人間が」
『いや、これぐらいなら多くいるさ。それに、見てみろよ、あれ。あれを見ても友好的にいこうと思えるかい?』
あれってなんなんですか? むー? 門のところになにか見えますね。けどわたくしの視力じゃよく見えません。すでに眼鏡と同様の効果のある魔法はかけているのですが、その風属性の魔法の出力をあげます。そうすると望遠の魔法になるんです。というか眼鏡の魔法が望遠の魔法の威力を抑えたものなんですけどね。
望遠の魔法でそれを見て、声を出しそうになってしまいました。門の両端には人間の頭がささっていたのですから。
ここから見て奥の方は白骨化してるしゃれこうべですが、手前の方は半ば腐ってますが、男性の頭ですね。ひげらしきものも見えますし。
「これは……とても仲良くしようとは思えませんね。……気分が悪いです」
『おい、ここで吐くなよ。俺がもっと今の感情を麻痺させてやるから冷静になれ』
すぐにものすごかった怒りが収まってきます。逆に体に魔力が満ちてきます。なんでしょう、これは?
『今全力でシアの精神をもらったからな。俺のものになって魔力になっていっているんだ。俺はシアとリンクしているからな、シアの魔力が増えていることになる』
頭が冷えてきましたので、もうわたくしの精神を削り取るのはやめてください。こんなところで廃人にはなりたくないですから!
『分かってるって。シアに逝かれたら俺もやばいんだからな。ちゃんと見切ってるぜ』
ふー、胃のむかつきは今ようやく収まってきました。でも、わたくしでもこんなに怒れたんですね。見ず知らずの方ですし、たぶん国外追放を受けた犯罪者なのでしょうけど、それでも、あんな目に合ういわれはないはずです。食べるだけならまだしも、晒し者にするのは違うと思います。
『たぶん晒しているつもりはないと思うぜ。威嚇、だろうな』
それでも、です。確かにルファの言う通り、分かり合える気は吹き飛びましたわ。
『で、どうする?』
「ここを乗っ取る、というのはどうでしょう? 柵の中に建物もあるみたいですし、わたくしが再利用できそうです。柵に覆われているのもいい感じですし」
『とてもいい考えだと思うが、中にいるだろう魔物は皆殺しにするのか?』
「……ええ、たぶん。だって人を食べるのでしょう? 猛獣を檻もなしに飼うようなものじゃないですか。こちらには猛獣を飼育し、使役する余裕もありませんし、それに……」
『それに……?』
「ルファはわたくしの心も読めるのではなくって?」
『シアがちゃんと言葉にするのが重要だ』
「分かりましたわ。それにここにいる魔物を放っておいたらいつわたくしも後ろから刺されるか分かりませんし、犯罪者ならまだしもわたくしのような方がまた国外追放されて、あの方のような目にあう可能性を残しておきたくありませんわ」
わたくしが嫌いだった綺麗事です。けど本心からそう思うのですから仕方ありません。……聖女も本心でこういう慈善を思い描いていたのでしょうけど、実現不可能どころか別のところがおかしくなってしまうと容易に想像ができることでしたが。……ああ、今は聖女は関係ありませんね。
「皆殺しにできなくても数は減らせるでしょうし、かけるものはわたくしの命ぐらいですわ。命をかけてもやらなければと思っています」
『俺の命もかかってるんだけどなぁ。まあシアが本心でそう思ってるのは分かるから、俺も手伝うけどな』
クァルも鳴かずに大きく口を開けました。クァルもやる気のようですわね。
自分の思いに巻き込んでしまって申し訳なく思うと同時に、こんな無謀で自分に利益のないことでも手伝ってくれるという方々に出会えたのは良かったと思います。……学園ではそういう方とはついにお会いできませんでした。わたくしの言動が悪かったことも含めて、不幸なことだと思います。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます