第6話 人間の敵

森の中なので正確には分からないけど、太陽も真上を超え、沈み始めている気がします。沈むにはまだかかるでしょうけど、もうお昼は過ぎたってことね。朝ご飯は食べなかったからお腹すくのは当然ね。不意に鳴るお腹を慌てて抑えます。


『よお、さっそくのゲルンズファさんのアドバイスだ。さっきフェアリードラゴンに取り憑いていたときに人間がそのまま食えるものを見かけたぜ。残念ながらフェアリードラゴンには食えないものだったからスルーしたけど。フェアリードラゴンに案内頼んだからついていってくれ』


「フェアリードラゴンが案内してくれるのですか。それはありがたいのですが、毎回フェアリードラゴンというのは長いですね、それに種族名ですし。わたくしに向かっていつも人間って言っているようなものですわ。短い名前がいいですね。……クァルとかどうでしょう?」


飛んで離れていったフェアリードラゴンが振り向いて、またクァと鳴きました。ついてこい、という意味なのかその名前でいいという意味なのかイマイチ分かりませんわね。聞くタイミングを間違えてしまったかもしれません。けどわたくしが気に入ってしまいました。しばらくクァルで呼んでみることにして全然反応してくれなかったら改めることにしましょう。


「クァル、待ってください」


慌ててクァルのあとをついていきます。飛んでいるもののあとをついていくのって森の中ではかなり難しいのですね。何度も木の根にひっかかって転んでしまいそうになりました。苦労してついていったのですが、クァルはわたくしのスピードにあわせて飛んでくれていたらしく、見えなくなってしまうことはありませんでした。


ふと辺りが開けた場所に出ました。

中央に大きな穴のあいた切り株があり、その周りには草が茂っていますね。その草の中に赤いものがたくさん見えます。


「あれは……水いちご?」


サバイバルの授業で習いましたし、何度もおやつとして食べたことがあるものです。とても水分が豊富なのにあまーい、美味しい果実ですね。これは嬉しい発見です。ありがとう、クァル、ルファ。


辺りをキョロキョロと見渡して何もいないのを確認してから、水いちごに近づきます。結構背の高い草になってるのですね。それにわたくしが見知った形じゃないのが多いですね。歪んでるというか。でも香りは今まで食べたのよりずっとしますわね。美味しそう。形が比較的整っている実を見つけたのでそれを取って食べてみます。口の中に甘い汁が広がります。


あら、水いちごってこんなにおいしかったかしら? おやつで食べたのよりずっと濃い気がします。自然のものだからかしら? とても美味しいです。甘いのに喉がすっきりした感じがするのがこの水いちごのいいところですね。二ツ目、三つ目と食べました。


背中、というかポニーテールが若干かかってしまう位置に固定している毛布にとまったクァルが後頭部をつついてきます。何かしら? ん、切り株の向こうから何かが近寄ってくる気配? 足音が聞こえてきています。


『シアも気づいたか。何かがここに近寄ってきてる。ゆっくりと音を立てないように下がって森の中に隠れるんだ』


クァルが最初に気づいてくれたようですね。鳴かずに知らせてくれたのは、この子思った以上に賢い子のようです。いえ、今はそれどころじゃありません。四つ目を取ったところでしたが、その少しかがんだ姿勢でゆっくりと後ずさります。槍を水いちごを見つけたときに小さくして直しておいたのは正解でしたね。


無事森まで下がって木陰に隠れることができました。持ったまま下がってきた四つ目を隠れながらいただきます。ですがせっかくの甘くて美味しい果実が緊張で味を感じませんでした。まあ四つも食べたのでお腹も膨れましたし何より喉が潤ったのが幸いです。

しばらく木陰で隠れていましたが、切り株の向こうの草が揺らめいているのが見えますし、鳴いているような声も音がしているといった程度ですが聞こえますので、向こうに何かが来ているのは間違いありません。クァルも毛布の上におとなしくとまってくれています。


『こちらには気づかず行ったようだな』


しばらく隠れ続けていると、ルファがそう言いました。ずっと見張っていたつもりだったのに気づきませんでしたが、確かにもう草は動いていませんし、音も聞こえず、気配もありません。


『何が来ていたんだろうな』


「鹿とかかしら?」


鹿とか見たこともありませんが、知識としてこういう森の中にもいることは知っています。


『かもしれんが、確認しておくか?』


「そうね、そうしましょう」


今度は慎重にあまり音を立てないように、先程の切り株近くまで行って、裏側まで回ってみます。

わたくしでも分かるレベルのはっきりとした足跡がついています。人間みたいな、けど小さな足跡が三体分、わたくし達が来た方向とは逆に森に伸びていっています。その部分の水いちごは収穫されてしまったようで、なっていたはずだけどなくなっているという状態でした。


『これはここに水いちごがあると分かっていたという動きだな。……ということはこの足跡の向こうにこいつらの集落があるかもしれんな』


……確かにそうですわね。たったこれだけのことで、そこまで分かるものなのですね。


もしかすると聖女にとってわたくしは、今のわたくしにとってのルファだったのでしょうか? けどわたくしはルファの言うことに納得できました。自分では想像できませんでしたが、言われたらなるほどと思えました。……この違いはなんだったのでしょうか? わたくしは分かりやすく平易な言葉で言ったと思うのですが、そういう話ではないのかもしれませんね。


今はそんなことを考えている余裕がある時じゃないですね。


「すぐにここから離れたほうがいいかしら?」


『いや、逆だな。足跡をつけて集落を見つけるべきだろう。何がいるのか知らんが集落があるのなら絶対付近に水があるはずだし、他にも暮らしやすい何かがあるはずだ。だからシアが必要なものはこの先にあるぞ』


「でもそれはその方々のものじゃないのですか?」


『自然に誰それのものなんかねぇよ。万一川があってそいつらに川は俺達のものだから近づくなと言われて従うか?』


そ、その方々が管理されているのでしたら仕方ないと思いますが。


『お嬢様だったんだから仕方ないが、今の生きるか死ぬかという状況で知らない他の者なんかの言うこと聞いてたら死ぬぞ? しかもおそらく相手は魔物だ。元から人間の敵だぜ?』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る