第9話 フリーダ
「集落の外の広場にゴブリンの死体を集めました」
コボルドの一匹が報告してきました。
「ありがとう。明日ぐらいに燃やすわ」
「え? 食べないのですか?」
「え? 食べるの?」
やっぱり魔物とは感性も文化も違うようですわ。同じ肉だと言われたら確かにそうですけど、人間、少なくともわたくしは人型のものを食べるのに抵抗あるわ。
地面に降りてなんか遊んでいたクァルにも聞いてみます。
「クァルは、さっきのあれ、食べる?」
「くぁー!」
大きく一鳴きしました。……うん、分かりませんわ。お腹空いてないだけかもしれませんが、全然食べようとしてませんし、クァルも食べないみたいね。うん、クァルがそんなの食べたら可愛がるのも難しくなりそうだし、食べないということで。
「あなた達も他に食べるものがあるなら食べない、ってことでいいかしら?」
「……はい、分かりました」
もう一匹が報告してきました。
「食料であればあちらの倉庫に溜め込んでいるはずです」
おー、集落だものね。もちろんあるよね。コボルドに案内された小屋に入ってみます。
中には葉っぱが大量に吊るされていて、ところどころにお肉が吊るされています。明らかに鹿などの四足獣の足の肉とか、よくわからない肉の断片などが。足の肉はわたくしでも食べれそうね。けどこの謎の肉は怖いわね。間違いなくあれだったら燃やすんだけど、そうでないならコボルドのご飯でいいよね。
床には大きめのツボもおいてあって、そこには葉っぱが詰め込まれているものや、石が入っているものがありました。何に使うものなのでしょうね?
コボルドたちを呼んで、今日の夜食べる分を取るように言います。わたくしは小さめの動物の足の肉を持って小屋を出ます。
「あなた達、ここには水があるの?」
コボルドに聞いてみます。
「はい、食料庫の隣に水小屋があり、そこに水を貯めています」
水を溜め込んでいるということは水源近くにはないのかしら。でもさすがにゴブリンたちが使っていた水を飲む気はしませんね。今日は水袋の水で我慢しましょう。
「フリーダ。あなたこのお肉料理できて?」
持ってきた肉と背負い袋の野営キットに入っていたナイフを渡します。
「はい、できます。料理しないと、あたし、食べれない」
「それじゃこの肉を料理してもらえるかしら? わたくしとフリーダ、あなたの二人分をね」
料理をフリーダに任せてわたくしはクァルの分の肉と、未だに檻の中に閉じこもっているコボルドの分の肉を取って、水小屋にコップがあったのでクァルに持ってもらって、檻へ向かいます。
檻の中の小さなコボルドは伏せて寝ていましたが、わたくしが近づくと鼻をひくつかせて起きました。
「あなた、怪我してるの?」
クァルに持ってもらっていたコップを小さなコボルドの前に置いてもらって、そのコップに肉片を入れます。
小さなコボルドは明らかに肉を見ていますが、興味なさそうに振る舞っています。とても、態度がおかしいですね。わたくしでも分かるレベルです。
「食べていいわよ。水がほしいなら言ってね」
貴重な水だけど、また取りに行くのも面倒だし、そう言いました。
肉を入れて、一歩引いたら、お肉に飛びついてきましたわ。とてもお腹が減っていたのかしら?
「食べながらでいいわ。怪我をしてるの?」
角度的に遠くからは見えない位置が黒に染まっていたからです、黒というか赤黒いというか。これが血だったら重傷なのでは?
「怪我はしていた。もう治りかけている」
まあ、やっぱりそうなのね。ゴブリンたちに奴隷にされてたって言ってたしそのせいですか。
「傷が痛かったのね。食べ物持ってきて正解だったかしら」
「……ありがとう。もう何日も食べてなかった」
「ゴブリンたちは食事もくれなかったの?」
「……」
他の個体より小さい、怪我をしていたコボルドは、何かを言いかけて、ためらいました。
「話してくれないかな? 今のわたくしは状況がよく分かってないの」
「おいらの食べ物を取ったのはあいつらだ。ゴブリンたちはあいつらよりましだったと思う。こき使われたけど刺したりしなかったし、食べ物もくれた」
あいつら? まさか?! 思わず振り返ってしまいました。三体のコボルドたちは肉を食べながら騒いでいました。いつの間にかコップが彼らの前にあります。お酒でも飲んだかのようです。
「そう、あいつらさ。おいらはあいつらにいつも食べ物を奪われた。この怪我もあいつらが刺してきたんだ」
人間の世界にも、学園でもあった、いじめですか。魔物だからかより暴力的ですが。
「あんた、見た目は怖いけど、ゴブリンよりも優しい。だから言う。あいつらは信用しちゃいけない。ここを奪ったゴブリンを恨んでいたし、たぶんあんたも恨み始める」
「ここって、もしかすると最初はあなた達が住んでいたの?」
「そう。ここを作ったのはおいらたちさ。あいつらはゴブリンが攻めてきた時、逃げ回って生き残ったズルい奴らだ。ゴブリンにも取り入っていたくせに、一匹暗殺して、犯人を勇敢に戦っていた戦士に押し付けていた」
そういうところは人間と変わらないのね、魔物も。
「わかったわ。幸いあっちは気づいてないみたいだし、しばらく様子を見させてもらうわ。もう一緒にはさせないようにするから、もうちょっと我慢して」
「諦めていたから、いいよ。食べ物さえちゃんとくれるなら」
生きる気力を失ってるみたいね。けど食欲はまだ残っているみたいだから、たぶん大丈夫よね。
「クァルはここで見守っていてくれる?」
クァと一言鳴いて返事してくれましたわ。こちらの意思は伝わってる様子なのは助かりますわね。
しっかりと燃やすために首を焼いている焚き火に薪を追加します。焼け残るのが一番困るからね。
ここの焚き火にもコボルドたちが騒いでいる焚き火からも離れたところで肉を料理してくれているフリーダのところへ戻ります。
「いけそうかしら?」
「蒸し焼き、時間かかる」
へぇ、蒸し焼きなんですの。焚き火の周りには枝に刺された肉が二本、焼かれているけど、確かにこれでは足りないだろうし、渡した肉の量ではありませんね。焚き火の中に肉を入れているのでしょうか?
フリーダの隣に座ります。夕暮れになって寒くなってきましたし。本当は使い方が違うのだけどハンモックを取り出して地面にひきます。人ひとりが横たわれる大きさがあるので、フリーダの方にも伸ばします。そして率先してそれに座ってみせます。
「これがあれば冷えませんよ」
「汚れる。あたし、汚い」
そういえば髪の毛がくっついているような感じですね。洗浄の魔法って他人に使えましたっけ? まあいいですわ、使ってみましょう。
「少し目をつぶって息を止めていて」
短剣を抜いて左手に構えて、洗浄の魔法を使います。魔力はフリーダの頭の上でかざした右掌に集中させます。魔力がフリーダを覆いました。他人にも使えるみたいですね。
洗浄の魔法の効果が終わるとわたくしはびっくりしてしまいました。汚れてるなーと思っていた黒っぽい髪は実は銀髪で光り輝くものでした。肌の色もちょっと焼けてるのかなと思ったら、透き通るような白く美しい肌の持ち主でした、フリーダは。着ている服も綺麗になりましたが、完全にフリーダの格に負けています。フリーダにドレスを着せてパーティーに出たりしたら皆からの注目間違いなしですわ。
「見違えたわ! フリーダ」
「とても、すっきり。頭、かゆくない」
フリーダが微笑みましたわ。よほどすっきりしたみたいですわね。今まで一度も水浴びとかしていなかったのかも。そういえば怪我をしていた子もあの三人組も薄汚れてはいましたね。落ち着いたら全員洗浄した方が良さそうです。怪我の子は今すぐしてあげたほうがいいとは思うんだけど、あの話が本当だったら目立つのは危なさそうだしね。あの三人組はまだ騒いでいます。まあ自由にしてくれていいんだけど、忠誠がどうのこうの言ってたくせにわたくしのところにはこないのね。
……初期にはそういう子も学園にはいましたね。わたくしにあれこれお世辞を言うくせに何もなければ近づきもしてこない子たちが。わたくしの家の格しか見ていなかったのでしょうね。……わたくしにわたくし個人を見てもらえる魅力もなかった、と言えますね。今なら分かりますけど。
! いけない、つい落ち着いたら過去のことを考えてしまいますわ。今はそれは必要のないことです。今必要なのは……。
「そろそろ食べられるでしょうか?」
「串焼き、いける」
フリーダが串肉を取って、大きな葉っぱの上において何かを振りかけました。……緑色の葉っぱを砕いたもの? のようです。そのあと串焼きの上で白っぽい石をぶつけてはこすっています。何をしているのでしょうか?
「何をしているの?」
「葉っぱ、岩塩、味、つけてる」
ああ、葉っぱは香辛料か何かであの石は塩なのね。料理は訓練ではしたことありませんでしたから、昨日やってみた料理もけっこう散々でしたし、今回もフリーダに頼んでしまいましたが、今後は自分でも出来たほうが良いですよね。
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