第3話 誰ですの?!
……は! ここはどこかしら? 森? えっと、何度か警戒の魔法が発動しましたが、一番内側の三重目の発動はなく何も近づいてはこなかったということで、そのまま寝直したのでしたっけ? だんだん記憶がはっきりしてきました。最初は寝ぼけていたようです。もう温かい自室や快適でした寮の部屋のベッドで寝ることはないのですね。……少し泣きそうになりましたが、そうなってしまったものは仕方ありません。
幸い毛布やハンモックはわたくしの体温を守ってくれたようです。どこも冷やした場所は……顔は仕方ありませんね。
焚き火はすっかり消えてしまっていました。まだ燃え残っている枝もあるみたいなのですが、……ずっと放置では燃え続けてくれないのですね。一人で野営ってたいへんなのですね。冒険譚の主人公はすごいです。
体は冷えてはいないのですが温かい物が食べたいです。けどまた火をおこしてきのこを食べるのは……、それに二度連続して同じものを食べるのは嫌ですわね。朝は軽く、もらった携帯食をいただくことにしましょう。
なんですの、この硬いパンは。固くて噛みちぎることも困難ですわ。干し肉も硬いですし、冒険者は皆こんなものを食べているんですの?! それに口の中の水分も持っていかれてしまいましたわ。水も飲まないと食べてられませんわね、これ。丸い団子はむやみにしょっぱいですし。ドライフルーツはまだなんとかなりますけど。チーズは表面は硬いですが中はそれほどでもですわね。
これらってあまりたくさん食べれませんわね、顎が痛くなってきましたわ。そんなに量はありませんから少しずつ食べるのが正解ですよね。これからは面倒でも森で取ったものを食べないと。携帯食はそれしかないときだけにしましょう。
警戒の魔法ももうすぐ解けます。そろそろ移動しましょう。焚き火のあとをなるべくバラしてブーツで土をかけておきます。魔物とかに野営のあとを付けられたりしたらたいへんですが、これ以上隠すことも出来ません。火事にならない程度には処理しておきましょう。ハンモックもできるだけ小さく折りたたんで背負い袋に入れます。今日は野営をする場所はちゃんと木々を確かめてからにしましょう。毛布も小さく元のように丸めます。
……これも初めてでしたわね。今まで寝具の片付けなどしたことありませんわ。再び戻った時にちゃんと綺麗に戻っているものでしたから。今まではメイドがしてくれていたのですね。その事実は知っていましたが、実感はありませんでした。
けっこう疲れる作業なのですね。寝汗をかいていると思うのですが、さすがに毛布やハンモックにも洗浄の魔法を使うのは魔力的に躊躇われます。もっと汚れてからでいいでしょう。けどわたくし自身には匂い消しも兼ねてしておいたほうがいいでしょうね。ブーツも履きっぱなしで寝たので洗浄の魔法を使わないとひどいことになりそうですし。
あてもなく森の中を歩きます。森の中に川や池があることも多いでしょうし、そういう場所に当たってくれると助かるのですが、水の音どころか、何とも遭遇しません。いえ、もちろん森の中で対処できないものに遭遇するのは危ないのですが、何とも合わないというのも寂しいというか、わたくししかいないのでは? と思ってしまいます。それはとても心に危ないものなのですね、体験して初めて分かりました。今まで一人で活動するなんてことは学園の中だけでしたし、学園ではどこに行っても誰かしらいました。実家では近くにメイドがいないことなどありませんでしたし。
そんなことを考えながら歩いていると物音がしたので木陰に隠れたのですが今回は正解だったかもしれません。向こうから音を立ててやってきたのは馬ほどに巨大なサソリだったからです。
巨大なサソリがこちらに向かってきます。気づいている感じはないのですが、こちらにゆっくりと歩いてきます。実は気づいているとか? サソリなんか小さいのを授業で見ただけですから、どんな生態をしていて、どんな動きをするのかすら知りませんから行動の予測が出来ません。
じりじりと近づいてくるので、わたくしの得意な火属性の火球の魔法で先制攻撃した方がいいかしら? でも火属性の魔法を使って森の木々に引火しないかしら? となると風属性? 戦いに使えそうなのって風刃ぐらいしか使えないけど、あの大きくて硬そうなサソリに風魔法が効くかしら? 他の属性の戦闘用なんてろくに使えませんし。などと考えてためらっていると、巨大なサソリは急に方向を変えて早足になりました。
あら、まだわたくしに運が残っていたようですね。巨大なサソリは別の方向に獲物でも見つけたのでしょう。このまま隠れてやりすごすことにしました。見えなくなるまで気配を押し殺して隠れ続けました。そしてまた会うことにならようにサソリが消えた逆方向に進むことにしました。
って! 目の前に大きなネズミがいるー?! ネズミですわよねこれ。子羊ぐらいの大きさがあるけど見た目は普通のネズミっぽい。いえ、前歯がすごく長くて尖ってる気がします。で、でもネズミですわよね。自分より大きなものに襲いかかってきたりは……してきたー!
飛びかかってきたのはなんとか避けることは出来ました。けどすぐに振り返って、また飛びかかってきそうです。……あんな前歯に噛みつかれたら一巻の終わりですわ。ぽっくりです。爪もするどいみたいですし、近づきたくはありません。槍を振り回しますけど当たりませんわ。そういえば槍の訓練なんかやったことありませんでした。
何度か飛びかかってくるのを避けることが出来ました。わたくしこんなに素早かったでしょうか? と思いましたけどよく考えてみれば、ネズミはいつもわたくしの顔を狙って飛びかかってくるからのようでした。……それで思い出しました! このねずみ、ヴォーパルラットですわ! 獲物の首筋を狙ってくるという首刈りネズミ。そこらの動物相手ならそれが正解かもしれないけど、人間の首は高い位置にあるし、狙いにくいですよー。だからいつも大きなジャンプで襲いかかってきたのね。
相手の狙いが分かって、空中に飛ぶなら、槍を飛んでくるはずの場所に置けば、相手が勝手に槍に突っ込んでくるはずです! こう見えても女子生徒の中では戦闘訓練の成績は良かったんですからー!
思惑通り、槍にネズミが自ら突っ込んできました。支えている手に嫌な衝撃を受けます。訓練では生き物を刺すなんてことしてませんし。喉辺りを刺したらしく、すぐに引き抜きましたが、ネズミはその場に落ちて、痙攣しています。
……これは止めを刺した方が良いのでは? 気を抜いて逆襲されるのも嫌ですし、このまま苦しみ続けさせるのも嫌な感じがしますし。
あの聖女なら止めなんて考えないでしょうね。わたくしはこんなだから国外追放になったのかしら? けど手当をするのも間違いですし、止めを刺すのが一番のはずです。わたくしはそういう道を行くと決めたのです。幸い腹が見えるように倒れていますし、心臓を一突きすれば一瞬で死ぬはずです。
手が震えます。生き物を殺すなんて初めてですし。しかもこんな大きな生き物を。心臓があると思われる場所を一突きします。非力なわたくしにでも一突きにできました。突いた瞬間ネズミが小さく鳴き、絶命しました。涙が出てきてしまいました。
……確かこのヴォーパルラットは食べられたはずです。けどどうやって食べればいいんでしょうか? そこまでは習っていませんでした。確か従者に解体させればいい、だったはずですが従者なんかいません。殺しただけで食べないというのは、食料も探していたわたくしにはなんとも皮肉な感じがしますが、調理方法を間違えれば死んでいまいそうですし、残念ですがそのままにしておくことにしましょう。襲ってきた方が悪い、ということで。
『食べないのかい、なら俺らがもらってもいいかな?』
ふと、どこからか声が聞こえました。現状とあっている内容です。はっと振り返ると、上の方に何かが飛んでいます。蝶々のような、けどそれよりもずっと大きい……。綺麗な蝶々の羽を生やしたとかげみたいなものでした。空飛ぶとかげがしゃべった?
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