第4話 仲間

『食べてもいいかい? もうこの体も限界に近いんだ。餓死寸前だったからね』


え、ええ、わたくしは食べ方が分からなかったからいいんだけど。……あなたは何者ですの? どこから聞こえてくるの?

蝶々の羽を生やした大きなとかげはヴォーパルラットの体に取り付き、くちばしのようになっている口から小さな火をはいてヴォーパルラットの体の一部分を焼いて、見た目より鋭いらしい爪で焼いた部分を切り裂きながら食べていました。


『ああ、俺は今はフェアリードラゴンに取り憑いてるだけの者さ。俺を取り憑かせてくれたら生き長らえさせてやるとの約束でな。今こうやって約束を守ってるところなんだ。こいつ狩りがへったくそで餓え死にしかけてたんだよ』


今の戦闘の騒ぎでこのフェアリードラゴン以外の何かが近寄ってきていないか、キョロキョロしながら会話しています。……あれ? 会話してないわよね? 聞こえてきたと思ったけど、頭の中に響いてきてるだけっぽいし、わたくしも考えただけでまだ口に出して言ってないのにそれの返事が来たし。


「ということは、このフェアリードラゴンさんと今会話してるあなたとは別者、ってことね?」


『そうだ、察しのいい嬢さんで助かるぜ。俺は……そうだな、あんたが分かる程度で説明するなら異世界から来た精神寄生体、ってところだ』


「いせ……? せいしんきせ……?」


『分からなかったか。まあ別の世界からやってきた目に見えない者で、精神を糧にしてるってことだ。で、ものは相談なんだが、あんたに取り憑かせてくれないか?』


「いやよ」


なんだかよくわからないものに取り憑かせてくれと言われて、すぐに納得する令嬢がいるものですか!



『ま、まあそれはそうなんだが。あんたにもメリットが多い話だぜ。詳しい話を聞いてみちゃくれないか?』


フェアリードラゴンは怒涛の勢いで食べながらそんなことを言ってきます。取り憑かれてはいるけどフェアリードラゴン自体の意思もあるようね。それに今のわたくしは生き残ることが先決だし、メリットがあるというなら聞いてみましょう。


『ああ、ありがとう。俺もこのままだと餓死してしまうかもしれんところなんでな。まず俺があんたの精神に取り憑くことで俺が持っている知識、特に魔法なんかが便利だな、を全部あんたに教えることができるようになる。その際あんたの記憶も俺が見られることになるけどな。次に今やっているように俺とテレパスで会話できるようになる。あとちゃんとした声帯と言語を持っている相手となら普通に会話もできるようになるぞ。フェアリードラゴンは残念ながらその案件に入ってないんだけどな。だから俺とは会話できるがこのフェアリードラゴンとはできない』


なるほど。異世界の精神寄生体とやらが持っている知識がどんなものなのかは想像もできませんが、今のこのサバイバルな状況だと役立つかもですわね。それに言語を持つ魔物とも会話ができるようになるのは大きなメリットですわね。さっきのサソリとかとも話せるかな? サソリには言語ないですわね。


『そうだな。ああいう奴らとの会話は無理だな。フェアリードラゴンみたいにある程度の知能があれば言語はなくても意思の疎通ぐらいは出来るが。それと俺の持っている知識、あんたらにとってはすげぇと思うのも多いと思うぜ? あんたの持ち物で判断すればな。精神に取り憑く、いやリンクと言おうか。リンクの契約をしてくれれば俺は生き長らえられるし、あんたも必要な情報が得られると思う』


「リンクでも取り憑きでもいいですけど、わたくしのデメリットは何があるんですの? この子を見る限り、あまりなさそうなんだけど」


『ああ、今はけっこう俺が、こいつが死なない程度に我慢しているからな。フェアリードラゴンの精神程度では俺には足らないってだけさ。あんたみたいな人間なら十分だし、あんた意思強そうだからうってつけだ。デメリットはそうだな、俺が精神をある程度いただくので少し感情が麻痺するかもしれん。そこまで悪影響はないはずだけどな。あとさっき言ったけど、あんたの記憶も俺には見えてしまう、ってところだな。すなわち俺に隠し事は出来ないってことだ。もちろん俺が見ないことを選択することも出来るからプライバシー全部がさらされるってわけじゃない。興味ないしな』


「それってすなわち、あなた次第ってことよね? わたくしがあなたを信用できるなにかの保証はないのかしら?」


『保証か。保証は何もないし、出来ないなぁ。信用してくれ、としか言えない』


「……そうですか、……一方的にそういうのを破棄できるなら考えますわ」


『おお、もちろんそちらが拒否すれば俺はリンクも取り憑きも寄生も出来ないし、途中で切ることも可能だ。精神ってのはやっかいなんだ。だから面倒くさくても本人の許可を得て契約しなきゃいけないんだ。もし一方的に出来るのなら無理やりすればいいことだろ?』

……確かにそうですわね。論としては間違ってないと思うし、誠意も見えます。わたくしにも得、というかこれを逃したら生き残る可能性が減りそうですし。味方は多いほうがいいですし。それにもう寂しいのもいやですわ。


「わかりましたわ、いつでも一方的にやめてもいいのなら、契約するわ。これであなたも生き延びられるのでしょう? わたくしが生き延びる手伝いをお願いしますわ」


『ありがたい。助かるよ。あんたが今なんでここにいるのか知らないが、切羽詰まってるってのは想像できる。出来得る限りのことはするぜ。ここであんた以外の人間を探すのは厄介そうだし』


十分に食べ終えたのか、フェアリードラゴンが飛んでわたくしの肩に乗ってきました。足の鋭い爪を食い込まないようにしてくれています。クァと小さく鳴きましたわ。

フェアリードラゴンに気を取られていると頭の中で光が爆発したような気がしました。さっき言っていた契約が結ばれて、リンクがはられたのかもしれませんね。


けどなにか変わったのですか? どこも変わった感じはしませんが?


『あんた自身は変わらないさ。常に俺があんたの側にいるってだけだな』


わたくしはあんたという名前ではございませんわ!


『そうだったな、アクレシア・ノイラートお嬢様。俺はあんたをなんて呼べばいいかな?』


「お好きなように呼ぶといいわ。けど親しいものはシアと呼んでいましたわ」


『そうか、じゃあ俺はこれからアクレシアのことをシアと呼ぶことにするよ』


「あなたの名前はゲルンズファ、ですか。あまり聞き慣れない名前ですわね」


『そりゃシアから見たら異世界の名前だからな。どうにも分類できないと思うぜ』


「それもそうね、長いからルファと呼ばせてもらうわ」


『へんなところで切るんだな。まあいいさ、シアが呼びやすいならそれでいい。あと基本俺は呼ばれないと出てこないことにするぜ。いつもペチャクチャ話しかけられても困るだろ? アドバイスするときは別だけどな』


ええ、分かったわ、そうしてくれると助かるわ。


フェアリードラゴンがくちばしでわたくしのほおを軽くつついてきました。なにかしら? これは……なついている、と判断していいのでしょうか? わたくしの側にいれば食べ物が手に入ると思ったのかもしれませんね。ええ、いいですわ。わたくしには今、仲間はルファしかいませんし、そのルファは見えない存在ですからね。あなたがいてくれたら少しは寂しさもまぎれるかもですし。


「常に食べ物を渡せるわけじゃないと思いますが、それでいいならついてきてくださいな、フェアリードラゴンさん」


わたくしの言葉が理解できたのか、大きくクァと鳴いて頭を擦り付けてきました。もともと爬虫類や両生類をそれだという理由だけで怖いと思ったことはなかったですから、可愛いですね、この子。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る