第10話「赤い髪と赤い瞳……それは誰の色だったのか……?」



「余は見ての通り、銀色の髪とラベンダー色の瞳をしている。

 あやつの母であるオクタヴィアの髪の色は茶色、瞳は翡翠色だった……。

 決定的なのは、成長したべナットの顔が、オクタヴィアにも余にも似ていなかったことだ……」


陛下は苦渋に満ちた表情でそう語りました。


それではベナット様は……!


「その時になって余はようやく側室が托卵たくらんしたことに気づいた。

 余は、ルミナリア公爵に彼女の人間関係を調べさせた」


お父様はこの件に、そんなに昔から関わっていたのですね。


「ブラックウッド男爵家の三男が、赤い髪に赤い目をしていた。

 そやつの顔はベナットによく似ていた……。

 ブラックウッド男爵家の三男は、オクタヴィアの幼馴染で、かつて二人は恋仲だったらしい……」


陛下は苦しげな表情でそう語りました。


ベナット様は、オクタヴィア様とブラックウッド男爵家の三男との間にできた子供だったのですね。


彼には王家の血が一滴も流れていなかった……。


衝撃的な事実に、私は体の震えを隠せませんでした。


「王太后の葬儀の時、側室への監視が緩くなった。

 オクタヴィアはその時に、ブラックウッド男爵家の三男と通じたのだろう……」


陛下は眉間にしわを寄せ、辛そうにそう語りました。


信じていた側室に裏切られたのです。


当時の陛下が感じた苦しみは、相当なものだったに違いありません。


「余はブラックウッド男爵家を取り潰し、

 側室と通じた三男のスカルドと当主夫妻を処刑した。

 男爵家の血縁者を幽閉した」


国王の側室に手を出したのです。そのくらいの処罰は受けて当然でしょう。


むしろ、一家全員拷問の末、公開処刑にされなかったのが不思議なくらいです。


「その時、オクタヴィアの実家であるムーレ子爵家も取り潰し、

 子爵家の当主夫妻を処刑し、子爵家の血縁の者を幽閉するべきであった。

 王家の血を引かぬベナットを、処刑すべきだった」


オクタヴィア様は、陛下の側室でありながら他の男性と通じたのです。


彼女の実家である子爵家は、そのくらいの罰を受けて当然でしょう。


「だが当時の余は愚かだった。

 二年間、我が子として育てたベナットに情が湧いてしまった。

 幼いあの子を殺すのは可哀想だと思ってしまった。

 オクタヴィアが他の男と通じたのも、余に子供を見せてあげたい優しさからだと……そう思いこんでしまった」


陛下は後悔と苦悩の表情を浮かべていました。


ですがどこか……亡き側室への愛情に縋っているようにも見えました。


当時、ベナット様は二歳。可愛い盛りだったはず。


二年間自分の子供として育てた幼子を、殺すのは忍びないと思うのは……人として仕方ないことかもしれません。


しかし為政者としては、あまり褒められた決断ではありません。


「余は愚かにも、ベナットを生かしてしまった……!」


自分の血を引いてなくても、陛下にとってべナット様は、実の息子と変わらないくらい大切な存在になっていたのでしょう。


陛下は成長したべナット様にも甘かったですから……。


「オクタヴィアは、ベナットを出産して直ぐに亡くなっていた。

 なので彼女を処罰することはできない」


死後、罪が明るみになった者は、墓を掘り起こし首を跳ねることがあります。


陛下は、それをなさらなかった。


陛下は、側室であるオクタヴィア様にも甘い方だったのですね。


「彼女の実家であるムーレ子爵家は、この時に取り潰すことができた。

 しかし、ベナットを王子として育てると決めた以上、彼の実家を取り潰すことはできない。

 体裁が悪い。

 べナットの将来にも関わる」


べナット様を王子として育てることは、彼の母親の罪にも、彼女の実家の罪にも、目を瞑ることになります。


隣にいる父を見ると、険しい表情で陛下を見ていました。


父も、陛下の決断を正しいとは思っていないようです。


「王家の血を引かぬベナットを生かすためには、王位継承権を持つものと結婚させるしかない。

 そこで、白羽の矢が立ったのが、王族の遠縁でベナットの同じ年に生まれたアリーゼだ」


陛下は縋るような目で私を見ました。


私とベナット様が婚約したのは五歳の時でしたが、彼との縁談はもっと前から進められていたようです。


「べナットは王子として育てるが立太子させず、

 アリーゼとべナットの間に生まれた子を立太孫させ、

 跡継ぎとして育てる計画だった」


べナット様が十八歳になっても立太子せず、立太子の話すら浮上しなかったのは、この為だったのですね。


「そなたの意見を全く考慮せず、べナットとの婚約の話を進めてしまった。

 申し訳なかった」


私がべナット様と婚約するとき、私の意見を聞かれることはありませんでした。


彼との婚約を決定事項として知らされ、顔合わせすることになったのです。


「どうか、ルミナリア公爵を恨まないでくれ。

 余が、『ベナットとアリーゼをどうしても婚約させたい』と、ルミナリア公爵に頼み込んだのだ。

 当事者であるそなたの意見を聞かずに、婚約の話を進めてしまったことを、どうか許してほしい」


貴族や王族の婚約は、十歳から十二歳頃に取り決められます。


婚約は家と家との結びつきとはいえ、結婚ともなると、相手との相性も大切になってくるからです。


ですから、己の意見がはっきりと言えるようになる、十歳頃に婚約をする者が多いのです。


私の婚約が五歳の時に決まった理由がようやくわかりました。




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