第7話「優雅にカーテシーをする」



「うるさい!

 俺は第一王子で、現在の国王のたった一人の息子なんだ!

 いずれ立太子するのは確実!

 ちょっと早めに王太子を名乗っても問題ないだろう!」


べナット殿下は顔を上げ、開き直った態度でそうおっしゃいました。


問題大ありです。


立太子していないにも関わらず、自らを王太子と名乗るなど、身分の偽証罪に問われても不思議ではありません。


ですが、べナット殿下の立太子が遅れているのは事実。


歴代の国王は十二歳から十六歳で立太子しています。


べナット殿下は、十八歳になった今も立太子していません。


それどころか、彼が立太子の儀を執り行う話すら出ていません。


貴族の中には、「陛下は隣国に留学された王弟殿下を立太子させるつもりでは?」と噂をする者もいるほどです。


国王陛下の弟であるラファエル様は現在二十六歳。


彼は学園を首席で卒業しました。頭が良いだけでもなく、武芸にも秀でていました。


ですが優秀な王弟の存在は、王位継承権争いで国を二分することに繋がります。


王弟殿下とべナット殿下との間で色々あったようで、王弟殿下は現在、隣国に留学しています。


対して、べナット殿下は、幼少の頃、教育係から逃げ出していました。


彼は難しい課題にぶつかるとすぐに逃げ出し、狩りに出かけたり、街に出て遊んだりしてしまうのです。


べナット殿下が未だに立太子できないのは、そのような怠け癖がある者は王太子に相応しくないと、周囲から思われているからかもしれません。


「べナット殿下、身分を偽るのは良くないことだと思います……」


私は彼にそう忠告しました。


「うるさい!

 俺を指図するな!」 


べナット殿下は口の端を歪ませ、不機嫌そうにそうおっしゃいました。


「とにかく、俺はお前との婚約を破棄する!

 そして愛するレニと結婚する!

 お前は俺との婚約破棄に了承すると言えばいいんだ!」


彼はそう言って、目を釣り上げ、私を怒鳴りました。


困りました。婚約破棄は私の一存ではできません。


「先ほども申し上げた通り、殿下との婚約は、家同士が決めたものです。私の一存ではどうすることもできません。 

 そのようなことは私にではなく、国王陛下や、王妃殿下や、父に伝えてください」


勝手にべナット殿下との婚約破棄を了承したら、父に叱られてしまいます。


「そうやってはぐらかす気だな!

 その手には乗らないぞ!

 お前が俺との婚約破棄に同意するまで、俺はお前をここから出さないからな!」


殿下は険しい顔つきでそうおっしゃいました。


私が入り口を見ると、殿下の配下らしき生徒が扉を塞いでいました。


困りました。


今日は早く帰って、ゆったりとお風呂に浸かって、ヘアマッサージをして、パックをして、早めに就寝する予定でした……。


ようやく学園の授業と王子妃教育から解放され、殿下と結婚するまでの間はのんびりできると思っていたのに……。


私の貴重な安らぎタイムが、こうしている間にもどんどん削られていきます。


王妃殿下の護衛を使って強行突破することもできます。


そうなると王妃殿下とべナット殿下の間に、トラブルを生じさせることになります。


ここは父に叱られることを覚悟で、殿下との婚約破棄を了承するしかありませんね。


「分かりました。

 殿下との婚約破棄を了承いたします。

 ですから、私をここから出してください」


私が婚約破棄を了承すると、べナット殿下とミュルべ男爵令嬢は、目を細め、口を吊り上げ、嬉しそうににたりと笑いました。


「ようやく婚約破棄を了承したな!

 いいだろう、今日のところはお前を家に帰してやる!」


べナット殿下は勝ち誇った顔でそう言いました。


「だが、俺はレニの虐めの件で完全にお前を信じたわけじゃないからな!

 必ずやお前の悪事を暴いてやる!!」


殿下は眉根を寄せてそうおっしゃいました。


私のアリバイは王妃殿下が貸し与えてくださった護衛が証明しているというのに……。


彼女たちの証言を信じないということは、王妃殿下に喧嘩を売るようなものです。


彼はそこまでして自分の立場を悪くしたいのでしょうか?


そのことを、ここで考えていても仕方ありませんね。


べナット殿下の許しが出たので、家に帰ることにしましょう。


「それでは失礼いたします」


私は殿下に向かってカーテシーをしました。


私が顔を上げると、べナット殿下とミュルべ男爵令嬢は得意気な顔で私を見下ろしていました。


これから王家と公爵家で面倒な話し合いがあるというのに……どうして彼らは笑っていられるのでしょうか?


特に婚約破棄の原因となったミュルべ男爵家など、王家に潰されても文句は言えません。


どうやら彼らは、それがわかっていないようです。


考えても仕方がないですね、それは彼らの問題ですから。


「べナットとあなたの結婚を、学園を卒業後すぐに執り行いたいの」と、王妃殿下に言われたのが三年前。


家と学園、学園と王宮、王宮と家の行き来で終わった学園生活。


私がしてきた三年間の努力は何だったのでしょうか?


三年間の努力が無駄だったとわかり、どっと疲れが出ました。


そのことは、後で考えましょう。


今日は家に帰ってゆっくりしたいです。


私が入口に向かって歩き始めると、護衛が私のあとをついてきました。


べナット殿下と私の婚約は破棄されるわけですから、彼女たちに護衛をしてもらうのも、今日が最後になるかもしれませんね。


会場を出る時、私はちらりと後ろを振り返りました。


殿下とミュルべ男爵令嬢が笑い合っているのが見えました。






私が二人の姿を見るのは、これが最後となりました。

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