第6話「アリバイの証人」
べナット殿下は再び私の方を向き、眉を吊り上げてそうおっしゃいました。
「殿下、先ほどから申し上げておりますが、私には教室を抜け出し、他のクラスに行くことなど不可能なのです」
「それを証明できるのか!?
無理だろう!?
彼女のクラスに行かなかったことを、証明できないならお前が犯人だ!」
べナット殿下の理屈はめちゃくちゃです。
私にはミュルべ男爵令嬢をいじめる動機がありません。
そのことを何度説明しても、べナット殿下は納得しないでしょう。
ここは証人に登場してもらうしかありませんね。
「べナット殿下、私がミュルべ男爵令嬢のクラスに行ってないことを、今から証明いたしますわ」
「えっ……? 証明できるのか?」
べナット殿下は、私が無実を証明できるとは思っていなかったようです。
彼は、目を大きく開けて口をポカーンと開けていました。
「はい、殿下。
学園にいる間、私には王妃殿下付きの護衛がついておりました」
学園に入学する時のこと。
王妃殿下は、私の護衛も兼ねて数人の女性の近衛兵を貸し与えてくださいました。
彼女たちがいるので身の安全は保証され、学園から王宮までも素早く移動することができました。
「で、でまかせを言うな!
べナット殿下は、口では威勢のいいことを言っていましたが、酷く動揺しているようでした。
その証拠に、彼の目は大きく見開かれ、口元は引きつっておりました。
そもそも私に、三年間で王子妃教育を終えるように命じたのは王妃殿下です。
彼女が私に護衛を貸し与えても、何の不思議はないと思います。
「嘘ではありません。
王妃殿下が私に貸し与えてくださった護衛は、この会場におります。
私の後ろに控えております」
私が振り返った先には、青色のクラシックなドレスをまとった女性が四人いました。
彼女たちは私と目が合うと、一歩前に出てべナット殿下に頭を下げました。
王妃殿下が私につけてくださった護衛は四人。
彼女たちは、いつも黒の動きやすいドレスを身につけていましたが、今日は卒業パーティーなので、場の雰囲気に合わせ別の色の華やかなドレスをまとっているようです。
彼女たちはとてもパーティー会場に馴染んでいました。
彼女たちの職業を知らない人たちは、彼女たちを学園の関係者か教師だと思っていたかもしれません。
「王妃殿下から貸し与えられた四人の護衛が、私に付き添っていました。
なので私が教室をこっそりと抜け出し、他のクラスに行き、誰かの教科書やノートや制服を破るなど不可能なのです」
王妃殿下の護衛がついてきていてくれて、本当に良かったです。
「皆さん、私のアリバイを証明してくださいますよね?」
私は振り返り、護衛の方々に尋ねました。
「はい、もちろんです。
ルミナリア公爵令嬢」
私がそう尋ねると、護衛のリーダー格の女性が凛とした態度でそう答えました。
これで私のアリバイは完璧に証明されました。
「そっ、そんな馬鹿な……!」
べナット殿下は動揺しているのか、視線が定まらず、口元が震えていました。
彼の顔色は青を通りこして白くなっていました。
「その人達が嘘ついてるかもしれないじゃない!
アリーゼ様のアリバイの証明になんかならないわ!
彼女たちにお金でも握らせて、無理やり証言させてるんじゃないんですか!?」
ただ一人、ミュルべ男爵令嬢だけは、私の護衛の言葉を疑っているようでした。
男爵令嬢は眉を釣り上げ、私の背後にいる護衛を睨んでいます。
彼女たちは王妃殿下が貸し与えてくれた護衛です。
その護衛に暴言を吐くなど、ミュルべ男爵令嬢は勇気があります。
いえ勇気というよりは、無謀と言うべきですね。
世間知らずもここまで来ると恐ろしいです。
ミュルべ男爵家では、娘にどのような教育を施してきたのでしょう?
躾ができていない令嬢を、学園に通わせるのは、家の破滅に繋がる恐ろしい行為です。
身分の高い相手や、その方に仕えている護衛などに、暴言を吐き、相手を傷つけるようなことをして、「罪になるなんて知りませんでした」では許されないのです。
「レニ、口を慎め!
相手は
「王妃殿下がなによ!
王太子のべナット様の方がずっと偉いんだから!
べナット様の権力で、そんなおばさん黙らせてよ!」
ミュルべ男爵令嬢の言葉に、会場内の空気が凍りつきました。
シーンとした静けさが会場内を包み、それが次第にざわめきに変わっていきました。
会場に集まった人々は「あんなこと言って大丈夫なのか?」「ミュルべ男爵令嬢は命が惜しくないらしい」と小声で呟いています。
王妃殿下は現国王陛下の正室で、隣国の国王の妹です。
対するべナット様は第一王子と言っても側室の息子。
彼の母親は子爵家出身で、既に亡くなっています。
力関係が王妃殿下の方がはるかに上なのです。
それに、聞き逃せない言葉が一つありました。
「べナット殿下、ミュルべ男爵令嬢があなたを『王太子』と呼んでいましたが、あなたが『自分の身分は王太子だ』と彼女に伝えたのですか?」
そうだとしたら由々しき事態です。
べナット様は、床を見つめ、唇を噛み締め、額に汗を浮かべていました。
「あなたはまだ立太子していませんよね?」
私が尋ねると、べナット殿下がびくりと肩を震わせました。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
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