第3話②
「綾佳〜大丈夫だよ〜!」
一緒に来ていた子が、彼女を励ます。大きく深呼吸を終えた私は、その様子を見ていた。
「うんっ」
励まされた彼女は、私たちのほうを振り向いた。その反動で、黒髪が艶を増してつるんと宙を舞う。そして、彼女は大きく頷いた。その仕草はとても可愛らしくて、、、。これが咲人の恋する人なのだ。とても勝てそうにない。勝負する気はないけれど、到底勝てるとは思えなかった。いや、同じ土俵にさえ立てられないのかもしれない。
「あ、健吾くん来たよ」
その声で私は顔を上げた。本当だ。おぼつかない足取りで健吾が彼女の前に来ていた。健吾が来たことにより、その間には緊張感ができた。まぁ、そりゃあそうだろう。好きな子に告白するのだから。
(良いな。私にもそんな勇気がほしい)
とか思いつつも、私は咲人に告白することを選ばないだろう。咲人の気持ちを尊重したいから。でも、勇気はほしい。矛盾している私の気持ち。それから目を逸らしたいがために、彼女と健吾に集中した。と、ちょうど健吾が口を開きかけていた。
「あ、綾佳さんっ!俺は、ずっと前から綾佳さんのことが、す、好きです!良ければ、俺と付き合ってもらえませんか!」
みんなが二人を守る中、健吾は震える声で、けれど彼女のことが好きだという強い気持ちを表す声を上げ、手を彼女に差し出していた。その気持ちに、彼女の答えは、、、。
「あ、あの、そ、その、は、はいっ。よろしくお願いしますっ!」
彼女が告白をオッケーした瞬間、その場が一気に華やかになった。みんなが喜んでいるのだ。どこからともなく、おめでとう、という言葉が飛び交う。みんなの反応に、彼女と健吾は頬を赤く染まらせている。可愛らしい反応である。これにて健吾は告白に成功した。その反面、咲人が失恋した。彼女は、前から健吾のことが好きだったのだろうか。今日の昼休みの彼女の様子は、告白されるのを知ってまんざらでもない様子だった。私はというと、告白が成功して嬉しいような、咲人のことを想うと嬉しくないようなはっきりと判別のつかない気持ちになっていた。みんなはもちろん喜んでいる。ただ一人を除いて。みんなが彼女と健吾に駆け寄る中、建物の影から一人、逃げていく姿を見た。きっと咲人だ。見に来ていたのだ。この告白を。目の前で、間接的に、思いきり彼女に振られたのだ。振られたのは、咲人のせいじゃない。誰のせいでもない。多分、それを咲人も分かっているはず。けれど、やはり失恋した痛みは大きいのだろう。現に逃げようとしている。今、咲人にかけられる言葉はない。ただ、無性に咲人に会いたくなった。だから、私も逃げる。人目を避け、咲人の行った方向に走り出した。
(いた!)
見つけた咲人の手。私は、思いきり手を伸ばし、咲人の右腕を掴んだ。すると、咲人はその場で立ち止まり、こちらに振り向いた。
「なに?」
咲人のいつもの穏やかな声。いや違う。悲しんでいないように見せるための仮初の声だ。
「手、離してくれる?」
弱々しく、震えている声。平然を装っていることがバレバレである。
「逃げない?この手を離したら、咲人が逃げそうで」
そんな咲人の様子を見ていたら、いつものように強気な声になってしまった。しっかりしてほしい、と願ったからかもしれない。女なんて星の数ほどいるのだ。そこまで落ち込まなくても良いではないか。
「、、、逃げないよ」
ぼそっと呟やかれた言葉。その言葉を信じて、私は咲人の手を離した。離してから、咲人の目を見るために、斜め上を見上げる。いつのまにか、私の背を抜かした身長。今は私のほうが見上げるようになっていた。
「身長、高くなって良かったね」
今更自分は何を言っているのだろう。違う。これを言いたいわけではない。言いたいことはもっと別にある。けれど、なんて言い出せば良いのか、分からないのだ。今コミュニケーション能力が一番欲しい。
「そう、だね」
案の定、二人の間に気まずい空気が流れ始めた。沈黙は私の性には合わないため、別の話に切り替えようとする。
「あ、あのさ!そういえばさ、数学の課題終わった?」
違う違う違う違う。遠のいてしまったではないか。何かを口に出そうと思ったら、勝手にこれが出てきてしまったのだ。我ながら阿保である。
「終わったけど」
それでも咲人は普通に答えてくれる。
「あ、そ、そっか」
「どうかした?」
どうかしてない。多分、私は普通だ。
「別にどうかしてないよ。同化したら、どうかしちゃってるね!あ、あはは、はは、、は、」
「、、、」
再び、二人の間に沈黙が流れた。
(ガチ終わったよこれ)
結論、普段ダジャレを言わない人は、ダジャレを言わないほうが良いということである。これが、究極の失敗例だ。これではまた逆戻りではないか。いや、最悪の状態である。ダジャレを言わなければ良かった。反省してももう遅いのだが。
(もういいや!)
「ねぇ、あのさ!」
「ん?」
「健吾くん、告白成功したね。彼女、嬉しそうだったね」
「、、、うん」
やばい。絶対言わないほうが良かった最後の一言。咲人の顔がどんどん曇ってくる。あぁ、私は罪を犯してしまった。
「か、悲しい?そうよね。咲人、あんなに彼女のこと好きだったもんね」
「、、、」
咲人は何も言わない。
「大丈夫だよ。そんなに悲しまないで。別に彼女だけじゃないって。この世に咲人を見てくれる素晴らしい女性がいるよ」
特に私とか。まぁそれは言わないけど。
「、、、」
だめだ。びくともしない。もうどうにもならないのだろうか。
「、、、雪華に何が分かるの。失恋した僕の気持ちなんか分からないでしょ?」
「え?」
「僕がどんな気持ちで毎日過ごして、告白を見てたなんて知らないでしょ?変に慰めの言葉もいらない。大丈夫?、なんかじゃないよ。大丈夫じゃないよ。僕がどれだけ彼女を想っていたか。雪華みたいに、誰もが失恋してもそう簡単に前向きになれるわけじゃないんだよ」
静かに咲人は言い放つ。私は、咲人を知っていると思っていた。優しくて思いやりがあって、人見知りで、怖がりで寂しがりやで。長い時間を咲人と過ごしてきたから、分かっていると勝手に思っていた。それは、ただの私の思い違いにすぎなかったのか。分かっていたのは、表面上だけだったのか。でも。でも、咲人だって、私の気持ちなんか何も知らないではないか。言っていないから、知らないのは当たり前なのだろうけれど、咲人だって何も言わないから、私分からない。私は失恋したら簡単に前向きになれる?そんなことはない。私のどこをどう見てそう思うのだろう。
「まだ私失恋してないから!適当なこと言わないで」
まぁ、毎日失恋してたみたいな感じだが。とりあえずはしていない。と願いたい。
「だけど、雪華みたいに強いわけじゃない」
私が強い?好きな人に嫌われるのが怖くて、告白する勇気もない臆病な私が?
「私なんか強くないよ」
「そう?僕には強く見えるよ。失恋してもすぐに前向きになれそう。僕はそんな前向きになれないよ。だって、相手のこと、本当に好きだったんだから」
前向きになれそう?私が相手のことをそこまで好きじゃなくて、振られてもすぐにお気楽でいられるということ?私の何を知ってるの?何を見てるの?私はそんな単純な人じゃない。こんなにも、私は複雑な気持ちを抱えているっていうのに。これこそ、咲人には分からないと思う。
「雪華も恋をしてみたら?少しは分かるんじゃない?」
頭にきた。もう無理。私の頭の中で何かがぷつっと切れた。
「咲人だって、私の気持ちなんか何も知らないじゃない!」
急に声を荒げた私を見て、咲人はどこかはっとしたような顔をしていた。
「私が強い?何を馬鹿なこと言ってるの。一人の人にどれだけ振り回されても、昔も今も好きで好きで仕方がなくて、でもその人には好きな人がいる。その人の惚気話をずっと聞いてる私の気持ちに気づいてくれたことなんてないでしょう!?私がどんな気持ちで接していたかなんて、分からないでしょう!?毎日失恋したかのように過ごしてた!もし今日の告白が失敗して、次にその人が告白して成功したらどうしようとか、でもその人に幸せになってほしいから、自分の気持ちを閉じ込めようとしたことなんて何度もある。その前に、どれだけ私が自分を磨いても、どれだけその人の力になろうとも、私のほうを一向に向いてはくれなかった!惨め。本当に惨めだった。私がしてきたことは全て無駄だったんだって見せつけられてるみたいだった。今もそう!こんな気持ちになるなら、咲人を好きにならなければ良かったっ!」
私の頬に、一雫の涙がこぼれ落ちた。
「!」
咲人は何も言わなかった。言ってしまった。全部ではないけれど、咲人を傷つけてしまった。八つ当たりをしてしまったのだ、私は。今度こそ、私はもう咲人の隣にはいられない。もう、どうしようもないのだ。この気持ちは。捨てよう。もう苦しみたくないから。
「、、、じゃあね」
今は咲人の近くにいたくなかった。私は一言呟いて、その場を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます